量子猫系彼女のトリセツ

印刷

梗 概

量子猫系彼女のトリセツ

シュレディンガーの猫という思考実験がある。
箱の中に生きている猫、検出器、いまにもα崩壊を起こしそうな原子核を入れる。検出器が崩壊を検出したとき毒ガスが流れ猫は死ぬ。原子核の崩壊は確率論に左右されるからマクロな世界で生きる僕らに猫の生死は判定できない。

しかしこの命題を簡単に無効化する方法がある。それは猫を量子力学の原理で振る舞う量子力学的猫に変更することだ。そうすれば二つの状態が共存する量子猫が生まれ、こんな実験をする必要はなくなる。

話は変わるが、僕の彼女、喜美ちゃんは量子猫系彼女である。

僕と喜美ちゃんは付き合ってからちょうど一年目の記念日を迎えようとしていた。
サプライズを計画していた僕はあえて記念日を忘れたふりをする。しかし朝起きると喜美ちゃんから怒りのメッセが届いている。

今日、何の日かわかる?
え?ゴミ出しの日?
アホ馬鹿

サプライズを計画している以上、記念日のことは話せない。とぼける僕に喜美ちゃんは激怒する。授業中に解決策を考える僕。しかしそれは難しい。量子猫系彼女である喜美ちゃんは共存可能な全ての世界の履歴を持っている。

量子猫系彼女 取扱要綱2
あらゆる全ての彼女が彼女である!

複数の履歴を持つ彼女は複数の状態の中に生きている。そのため機嫌が良いと思ったら悪いなんてことも往々にある。今回もそうだった。

解決策が浮かばないまま下校時間に。サプライズを予約している店に向かうと何故か喜美ちゃんがいる。焦った僕は彼女が隠れて毎日通っているクレープ屋に誘導しようとするも「そんな行ってねーよ!」と喧嘩に。

険悪なまま帰路につく二人。僕は他の全ての世界でも僕と喜美ちゃんは付き合っているだろうか?と自問する。けれどこの世界全体の可能性を考えたとき、僕らが付き合っている世界はそのごく一部でしかない。

量子猫系彼女 取扱要綱3
粒子は一つでも干渉を起こす!

つまり喜美ちゃんは一人でもやっていける。誰かとペアになる必要はないし、ペアが僕である必要もない。

そのとき雲の切れ間から丸い月が見える。それを見て僕は、彼女に告白したときも月が出ていたことを思い出す。

観測できなくとも月はそこにある。僕にとってこの世界が唯一の世界であるように彼女の手を繋ぐのも僕のその手だけだった。

僕が喜美ちゃんの手を取ろうとすると彼女も同時に手を伸ばしていた。

喜美ちゃんは怒ってなどいなかった。実は日程アプリを共有設定しており計画は筒抜けだった。だから蚊帳の外にされるのが悲しかった、一緒に準備したかったと言う。

想いと量子の関係は似ている。
想いは観測できない。しかし言葉にした瞬間、確定する。

再び見えなくなった月を見て喜美ちゃんが言う。

私、見えていないものは存在しないと解釈しているの。
僕は応える。でも見えなくとも月はそこにある。それはいつだってとても綺麗な月なんだ。

二人は一緒に帰路につく。経路は違ったが二人は同じ場所に行きついた。

文字数:1200

内容に関するアピール

SFとは何か。これを考えた時、自分はコラージュすることだと考えました。

性質の違うものを組み合わせ一つの作品とする。コラージュとはこのような技法を指します。身近な例で言えば新聞を切り貼りして作るスクラップ帳などがあげられるでしょう。

SFにできることも、これに近いものだと考えています。

普遍的な概念や出来事をまったく別の言葉で言い表す。あるいはガジェットや理論といったフレームワークを通じて提示する。そうして出来上がったSF的概念で逆翻訳された世界を語ること。

今回は量子力学と高校生の恋愛のコラージュを考えました。

恋愛には、様々な出会い、感情の遣り取り、そして衝突があります。

量子の世界にも同様に、様々な粒子の運動があり、エネルギーの遣り取りがあり、干渉があります。

じゃあこの二つを並置して語ってみたらどうなるか?

かなり突飛なコラージュですが…。こうした発想の飛躍、それを楽しんでもらえたらなと思います。

文字数:400

課題提出者一覧