彼の十字架

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梗 概

彼の十字架

「ねえ聞いて。『寿命が長くなりすぎるリスクがあります』だって。怖いね」

いつまでも子供のような口調の妻が言った。テロメア再生施術は急激に若返り、その後ゆっくり老いるらしい。私は妻を説得し50歳の記念日に二人で施術を受ける。退院し、これから旅を沢山しようと語り合う。しかし半年たっても妻は若返らない。妻の細胞は施術に不適格だった。私は困惑するも、妻は飄々とする。今までになく彼女が愛おしい。私達はベッドで冗談を言い合う。

十年が経ち、青年の私と老いた妻は変わらず仲良く暮らしている。私はたびたび妻を旅行に誘うが笑ってごまかされる。妻はガーデニングと教会通いを始め、十字の指輪を買った。妻はよく庭で鼻歌を口ずさんだ。教会通いや鼻歌をちゃかす私に、彼女は「全部あなたのためなのよ」と苦笑いした。

やがて、まだ青年の私は病室で横たわる妻に両膝をつく。彼女の手と十字の指輪が私の頬を撫でる。妻は最後の願いを言った。私は何の返事も出来ず、ただ泣いた。

「私のことは忘れてね」

それから何年、いや何十年経ったのだろう。私の毎日は変わらず美しい。妻の庭を手入れし、妻の形見の指輪を磨く。指輪は磨き抜かれ少し小さくなったぐらいだ。時々思う。私の人生は一番の宝に恵まれた。妻は今も心に居る。しかしこの頃、彼女の鼻歌をうまく思い出せない。そんな中、私は些細な事で怒り隣人と揉めてしまう。

あんな振る舞いは私らしくない。私の毎日は変わらず美しい。今日も庭の手入れをする。しかし涙が止まらない。私は彼女の気持ちに寄り添えていたのか。私は倒れ入院した。目が覚める。起き上がる理由がない。

いつしか妻の教会の牧師が現れ、彼女に頼まれていたという手紙を置いた。

あなたのことですから、私を忘れられず悩んでいるのでしょう。きっと毎日、庭の手入れでもしているのでしょう。じじ臭いですよ!そんなあなたにプレゼント。私は天国にいます。天国があるかなんて知りませんけど。でも私は天国にいます。だから頑張って。どうか私に会いにきてください

私は教会を訪ねた。その人らは天国が何処か知っている。私も信仰を得たい。私は祈りを重ね、やがて布教する立場となった。私に救われたと言う人も出てきた。しかし人を助けるほど神への疑念が深まる。立ち上がるのは彼ら自身の力であり、神の力ではないのではないか。私は気づく。信仰とは、与えられていなければならず、得ることは出来ない。

私は教会を去り、今度は私の為に人を助けた。人を助けるのは人だ。天国があるならきっとそこだ。妻の手紙を読み返し、その本当の意味を噛み締める。

いつのまにか私も最期を迎えようとしている。私の十字の指輪は、擦り切れ、もはや何の形でもない。それを誇りに思う。担当医が私に言う。「長かったですね。でも、ようやく天国の奥様に会えますね」。私は答える。「天国があるかはわからない。でも彼女はずっと私の側にいたよ」

文字数:1200

内容に関するアピール

僕のSF観は、設定で非現実をリアルにし、そこで人や何かの行いを超本質的に描くことです。例えば「彼は彼女を百年想い続けた」「彼女は身体を分け与えた」を実際に見せつける。つまりアンパンマン!

人の品格は命が程よく短いから保てると考えます。なので長寿化実現は善人を苦しめるでしょう。信仰はその人らを救えるでしょうが、ある種の頭でっかちには信仰は求めるほど遠ざかります。そいつを救うのが本作テーマです。

本作は信頼できない語り手です。妻とのすれ違いや抑圧された空虚を描きます。神の解釈は実体験です。学生時にシベリアで宣教ライブしてる時にふと思いました(写真と音楽はその時の)。

テロメア設定は深堀りすると物語が散かるので与件とし、社会描写も最低限とします。

僕は作家を夢見つつ一作も仕上げられず、酒を飲んでは入院してた弱虫です。まずはこの処女作を一つの形にして殻を破りたいです。1年間お願いします。プルス・ウルトラ!

文字数:400

課題提出者一覧