梗 概
私の親を名乗る権利を、5名に小口販売します。
<あらすじ>
「子育て権の分散所有」が制度化されて10年経った2050年の東京、初台。そこで、不動産テックの企業を経営する安住は妻とともに、岐阜に住む中学2年生、マコトの”小口親権”を出世払いなしの種類株式で、30%所有していた。
株主の権利として、ブロックチェーンの履歴に育成貢献者として記載されることと、四半期に1日休日を過ごす権利と、「お父さん、お母さん」と子どもに呼ぶように求める権利を有していた。
その休日を過ごす権利の行使の日時調整をしようとしていた、ある5月の土曜日の朝のことだった。マコトの”生みの親”であり5%の親権所有者の高橋が、突然アポなしで安住の初台のマンションに訪れたのだ。
驚いた安住に高橋は腹を決めたように、こう言ってきた。「マコトの将来の稼ぎを得る権利を私の分をすべて譲渡するから、『お父さん、お母さん』と呼ばせる権利と、思い出の扱いに関して、一任してもらえないだろうか」
<世界設定>
少子高齢化に対して、子どもをたくさん産み育てることが偉い、という同調圧力と、現代社会の建前上は自由と多様性を基本とする価値観や現状との軋みが限界を越えていた2040年。
と同時に、子どもがほしいが産めない、あるいはそこまでコミットしないかたちの子どもとの関わりを求めた人々も多様な形で増えていた。
はじめは、2027年の「私を小口で応援して!」という小学生の動きが発端になった「親権クラウドファンディング」事件。その響きと小口親権の返礼が大きく炎上したものの、形を変えながら、「条件付き」という安全弁と、親ガチャへの弁明と、「キレイなストーリー」で徐々に受け入れる土壌ができていった。
<背景と意図>
私にとってSFとは何か、というお題を考えて出てきたのは、これだ。
「参加したくなる・フィクション」
社会に対して、代替案や可能性がしっかり考えることがない人の中で、読むことで共感も、反発も生まれる。そして、気づいたら社会に対して、”作り手”や”当事者”寄りのモードになっている。スペキュラティブ・フィクションに近いが、もっと”参加”や”当事者意識”を内包するものであってほしくて、あえてそうした。
そのためには、「信じたくなる・ファンタジー」だったり、「信じたくない・不謹慎話」だったりである必要がある。そのために、ありえないと感じる要素と、あるかもしれないリアリティがキーであり、サイエンスから入らなくてもいいかもしれない。
そういう意図から、今回はあえてサイエンスありきにしなかった。来年からデータサイエンスの大学院で研究を始めるくらいにAIやサイエンスは大事にしていきたい。しかし、あくまでそれは手段であり、それありきではない。一番大事にしたいのは、「参加したくなる・フィクション」。
簡単ではないだろうし、それをやるにはまだ力不足だろうが、少なくともベクトルはそうでありたい。
文字数:1200
内容に関するアピール
子どものAIによる育成、あるいは社会全体や地域全体での子育てという世界観は少なくない。しかし、任意の個人が市場経済で、分散された小口の親権を、ここまで露骨に権利と見返りとともに販売するという設定はあまりないのではないか。
人によっては、耳障りがいい話ではないと思う。しかし、その分、強めに今の社会と今後の未来の抱える潜在的な軋轢と圧力を、半ば強制的にあぶり出し、賛否両論ながら、みなで、
「では、どうあるべきか」
「なぜ、いけないこと、気分が悪いこと、なのか」
「そもそも、少子高齢化の中で、子どもを増やすという圧自体をどう考えるべきか」
などを、普段意識しない観点も含めて考えて、議論し、ときに代替的な未来の断片を一緒に想像する機会をうめるのではないかと考えている。
文字数:329