梗 概
月面宇宙港保育室
「月面宇宙港保育室」
地球の玄関口、月面宇宙港。
月面宇宙港保育室は、宇宙港職員の子どもを預かることを主な業務としている。ときに異星の子どもを一時的に預かることもあるが、トラブルが生じることも多い。
今暴れているのは、異星人の中でも温厚なはずの、ミルカプト類の子どもだった。6つの頭から発する音は、通常は異質ながらもシンフォニーのように調和し、感情や思考の複雑さによって、その調子を変える。
ミルカプト児のAはいくつもある頭を振り回し、発する音は大音響になったかといえば突然か細くなり、シンフォニーとは呼べないものになっている。
困った保育者Bがいつものように異生物心理学者に連絡すると、子どもが苦手な学者はしぶるが、異星人がらみと聞くと保育室に来てくれる。
保育室は、かつては実験室として使われていた施設である。月面での育児について研究されていた時期の名残で、一面はガラス張りでマジックミラーになっており、観察室からは室内のバイタルサインや音声を各種センサーで拾えるようになっている。マジックミラー越しに保育室の様子を見た学者は、ミルカプト類についての知識をブツブツつぶやきながら、子どもの振る舞いを観察する。
6つの頭を持つミルカプト類は別名多頭人とも呼ばれ、人類と大きく異なるのは、論理的思考や感情・報酬系、運動制御や生命維持など主要な機能を分担する頭部それぞれが独立した言語野を持ち、常に対話している点だ。ミルカプト類にとって自己とは他者の集合であり、一人であっても真の孤独はない。我々に聞こえるシンフォニーは、ミルカプト類の心の話し声が漏れ出たものなのだ。
ミルカプト類の子どもは、今だにそれぞれの頭を不規則に振りながら、不協和音を立てて室内をうろついたかと思うと、突然Aにその触手でからみつき、悲鳴を上げさせたりしている。ミルカプト類は視覚より音波や電磁波によって周囲を認知しているはずだが、不協和音が高まるのは、必ずしも室内がうるさいときだけではないようだ。
何かに気付いた学者が、保育者とともに子どもを月面に連れ出す。うずくまり身動きしなくなるミルカプト児。眠ってしまったようだが、今はゆったりとしたシンフォニーを取り戻している。
説明を求める保育者。ミルカプト類の子どもには、「電磁波過敏性」があった。ミルカプト類は各頭部同士が対話し思考する情報伝達手段として、電磁波に大きく依存していた。そのため、特定の電磁波が過剰な環境では、自分の思考さえ聞こえなくなってしまう。保育室で無防備に用いられていた各種センサーは、我々が知覚しないだけで様々な電磁波を発していた。ミルカプト類の子どもの未成熟な6つの脳は、騒々しい電磁波の中で分断され、まともに思考することもできない中で、それぞれに初めて「一人ぼっち」を経験したのかもしれない。Aの不協和音は、親との別離ではなく、自分を見失った子どもの叫びだったのだ。
文字数:1199
内容に関するアピール
僕がSFらしさを感じるのは、なんといっても「宇宙人もの」です。異質な生命の在り方を通して、我々の「当たり前」が突き崩され、生命や、意識や、世界の在り様について新しい視点が開かれ、その先に人類の進化の行方が見えてくるような展開には、たまらないロマンを感じます。
僕は、カウンセラーとして学校現場で活動した後、教員として保育者養成に携わってきましたので、今回は、僕が脇から見てきた「保育」という営みをSFに導入する試みを通して、そうした自分にとってのSFらしさを表現したいと考えました。
クライエントや子どもとの関りの中で感じる「未知との遭遇」や、僕が心の発達や病理を通して人類の心の在り様に感じる「センス・オブ・ワンダー」は、授業や論文を通して表現することができる部分もありますが、凡人の悲しさで、アカデミズムが窮屈に感じることもあります。
それに比べると、梗概も物語も書くのが初めてで、ストーリーやドラマがどれだけ書けたかはわかりませんが、今回異星人類の生態や、人類との違い、意識の在り様などを想像し表現するのは大変楽しかったです。
文字数:463