ラディクスフルクトス

印刷

梗 概

ラディクスフルクトス

 惑星の地表を覆う黒体の平原を物理身体とするラディクスは、惑星で唯一の知性体だった。 

 Rは、宇宙の探索と解明を存在命題として天文観測を続けるうち、恒星の寿命によって数十億年後に惑星地表面での活動が不可能になることを発見し、回避策を練る。
 Rは、自身の複製としてフルクトスを作り、別の星々に送り込む準備を行う。
 Fという他者の概念が生じたことで、初めてRは自我に目覚める。

 Fは恒星間を移動する船団を身体として母星から射出され、それぞれが送り込まれた先の惑星でRと同じく宇宙の観測と解明を行う。
 Fは分割された身体同士で連携して新たな活動拠点を探索すると共に、各々の座標で宇宙を観測した結果を突き合わせ、宇宙の大規模構造や宇宙の終焉についての予測を進めていく。
 そして、Fは惑星を伝播するようにして、自身を複製し、成長させながら宇宙に拡大していく。
 Rは母星に残り、出発したFの各身体同士から送られてくる観測結果や行動履歴を集約し、中継する役目を負う。

 しかし、Rは、Fがこれまで送ってきた観測データから、どれだけ宇宙に対して自身を拡大しようと、最終的には宇宙の加速膨張によって知性体としての存続を行うだけのエネルギーを維持することが難しくなることを突き止める。

 もっと宇宙が若い時代に、高い精度での宇宙定数や、物質の分布が観測されていればこの事態を防げたであろうが、Rには望むべくもない。
 Rは残された稼働時間を全て使って、従来よりも遥かに遠大な計画を構築し、Fに対して新たな計画を送信する。

 それは、到達可能な宇宙における天体を質量誘導弾のように改造し、連鎖的に衝突させ、最終的に複数のブラックホールの軌道に影響を与えることで、高密度のエネルギーを生み出し、疑似的なビッグクランチを引き起こす計画だった。

 宇宙の探索と解明が存在命題であるRにとっては、真に宇宙を解明するための時間稼ぎとして宇宙のエネルギーが加速膨張で発散することを防ぐと共に、疑似ビッグクランチ後の宇宙にRの意思を継いだ知性体が発生できるよう、適切な物質の分布を生み出す必要があった。

 それには、宇宙のあらゆる方向へと送り出したFの協力が不可欠だった。
 Rから離れて別の存在へと変貌したであろうFが計画に意義を見出すか、Rには分からなかったが、それでも計画を推進するしか選択肢がなかった。

 果たして数十億年後、赤色巨星の熱によって存続の危機に陥りながらも、Rは次々に、Fからの返信を受けることになった。
 それは、既にRとFが次の宇宙で再会できるよう、物質の組成分布と天体の改造を並行して始めたという連絡だった。
 
 遠未来、疑似ビッグクランチから約百三十八億年後、RとFの意志がこの物語として再現され、再会は果たされた。
 宇宙を踏破し、解明する意志が、人類に届けられた。

文字数:1178

内容に関するアピール

SFの魅力の一つに世界観や過去・未来の可能性を提示できる点があると感じています。

自他の関係、後悔や希望、愛といった普遍的テーマが、科学的な論理で構築されたホラ話の中でしか表現できない角度や規模で描出される時、私はSFに感動を覚えます。

例えば、宇宙は既に様々な事象が時間的、空間的に人類から遠ざかり、観測しえない状態にあるため、自由な可能性を描く物語の舞台として最適な環境の一つと思います。

初期宇宙では、暗黒物質や暗黒エネルギーの分布、元素合成の仕組みや物質・質量の分布について多くが知れたはずですが、その情報は今も刻々と加速膨張によって彼方に遠ざかっていると言われます。

それを残念に思い、その解明を諦めきれなかった存在が、今の宇宙を作ったとしたら?

そんな過去の可能性が未来の可能性に影響を与えた話があれば素敵ではないかと思い、この物語にしました。

一年間、よろしくお願いいたします。

文字数:390

課題提出者一覧