梗 概
シンクロナイズド・ハートビート
ある日、バンドマンの羽田は友人でありオーディオマニアの亀井から自分専用の電柱を立てたと言う話を聞く。羽田が訝しんで聞くと亀井は電源がいかにオーディオにおいて重要であるかと説くが羽田は聞き流す。論争になり亀井は激昂し、終いには互いの音響のブラインドテストで両者の宝物までかける次第となる。
しかし羽田も途方に暮れて家電量販店を物色していると、新オーディオシステムの体験会を開いていた新未来創研の新野浪太という男に会う。やたら売り込んでくるので、亀井との経緯をかいつまんで伝える。新野は、必ずしも「マイ電柱」が荒唐無稽といい切れず、既存の給電とオーディオのごく僅かの相性の悪さを説明する。その事情ならこちらでも賄える、と新野がいうと羽田は一任する。
後日、亀井宅にて新野が用意した方式と聞き比べをする。新野が用意したものとは燃料電池による給電である。仕組み自体は車載の燃料電池を切り出しコンパクト化したものである。数曲流しそれぞれ聴き比べたが、亀井は違いがわからなかったことを認める。改めてなぜここまで追求するのかを聞くと吶々と語り始める。
30年前、二人はバンドを組んでいた。ある日、二人が崇めるX JAPANが解散することになり二人はラストライブに申し込んだが、チケットを手に入れられたのは羽田だけだった。亀井はそのことを克服するために最高の音楽を常に体験できるようにすることを決意した、と。オーディオとはその手段であった。
それを聞いていた新野はある提案をする。それはある機械の組み合わせによる相乗効果による体験の共有の試験である。
一つは元々PTSD治療のためのもので、過去の体験によって生成される脳波に対して、逆位相の周波数で打ち消し、徐々に心的外傷を馴染ませるものである。今回はその技術を逆に応用して、過去の記憶を増幅させることを試みている、と。
もう一つは心臓移植を行う際に、ドナーの記憶が移植先に移ってしまう、という事例の検証用である。こちらを通称「シンクロナイズド・ハートビート」と呼称している。これらの機器はそもそも医療用である。
手順は、両者共X JAPANのラストライブの映像を視聴しつつ、羽田には脳波増幅でかつての記憶をより際立たせ、そして両者の心臓のシンクロさせるというものである。僅かのタイミングであるが亀井はラストライブを擬似体験できるかもしれない。しかし現時点ではどちらも試作モデルである上適合者ではない者同士の場合、検証可能な時間は長くて一分に満たない。シンクロのタイミングは両者に任せる、とつげてライブ視聴を開始する。
ライブが始まり羽田の意識は30年前の年末の東京ドームへ戻る。シンクロのタイミングは明白だった。最終曲の「The Last Song」の終わりの一分、その瞬間亀井は羽田を通じてかつて熱望した瞬間を確かに感じ取っていた。
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内容に関するアピール
話のきっかけはそのまま「マイ電柱」という物を聞き、実際に調べてみたら本当に自分専用の電柱を建てる人、またそれを請け負う業者がいると知り、当初オチのネタとして調べていたのですが、調べれば調べるほど、どうやら完全にネタとして扱うものでもないのかもしれない、と筆者自身が真に受けかけました。
オーディオというのは確かにサイエンスの産物でありますが、追求するとオカルトめいてきます。良いオーディオというものを完全に定量化する方法はありません。
そもそもオーディオの始祖がエジソンですが、彼人もまた晩年オカルトの探究に明け暮れます。サイエンスとオカルトは、切っても切れません。
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