本を燃やす

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梗 概

本を燃やす

コンテンツはどんどん短くなり、次々と消費されていく。気がつくと、本というメディアへの需要は年々下がっていた。2040年、政府は書籍を急速にデジタル化するため、「バベルDBデータベース」を開発した。図書の維持費を削減し節税することが目的だった。

東上要とうじょうかなめは図書委員だった。高校3年生の夏休み、学校に併設された図書館で蔵書整理のバイトを引き受けた。この図書館には、昆虫学者をしていた祖父が寄贈した図鑑が保管されている。要はバベルDBに接続された対話型検索エンジン、ライブラリアンを使いアーカイブされた祖父の図鑑を検索し眺めることが好きだった。原本はボロボロだが、バベルDBにある図鑑のデータは鮮明で、子供のころ見たままだった。しかし、図録は要約できないためか、ライブラリアンで検索式クエリを入力しないと、図鑑にはたどり着けない仕様だった。

要の働く図書館も老朽化に伴い、夏いっぱいで閉鎖される。

閉鎖に伴い、大学院から司書の塩川あかりが派遣された。この施設にしかない蔵書をデジタル化することが彼女の任務だ。この図書館には、自然科学、人文学、近代文学を中心に戦後出版された書籍の初版が多く貯蔵されている。書籍がデジタル化されていくことに、あかりは不安を感じていたが政府の方針に反対する立場ではなかった。「司書業務を行うことは本を守ることだ」と要に語った。

ある日、政府高官の岸本が図書館を視察しにくる。蔵書の80%はデジタル化が完了していた。岸本はさら「有用率」をライブラリアンに調べさせる。5%。直近でデジタル化された書籍の95%は「有用性・信憑性が低い」と判断され、事実上検索から除外処理されていた。アルゴリズムにより本が消される、「デジタル焚書ふんしょ」が行われていたのだ。あかりは、自分の仕事が本の検閲を促し消滅させたことに動揺する。

要はデジタル焚書を目の当たりにし、対抗する方法を考え始めた。彼が思いついたのが電子透かし技術ステガノグラフィーを応用することだった。プログラムを画像に隠す技術で、書籍データを画像として認識させ、AIに要約や文字認識をさせない。スキャンした書籍データに電子透かしを入れてアップロードすることでAIを欺く。

しかし、あかりはデジタル焚書を完全に回避するためには、さらなる手段が必要だと気づく。それは、オリジナルの書籍を焼却することだった。もし物理的な原本が残っていれば、再スキャンされ、再び検閲される可能性が高い。オリジナルを消し去ることで新たなデジタル化を防ごうという苦渋の選択を提案した。

 

夏休みの最終日、二人は全書籍のアップロードを完了した。図書館に鍵をかける。

二人は暗くなった川辺で、焚書される確率の高い10冊の本を焚き火台に入れた。彼女は「本を焼く国に未来はあるのだろうか」とつぶやきマッチを落とした。燃える本を見つめた。

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内容に関するアピール

SFと言うと情報統制やメディア規制ものが好きだなと思い、書籍破壊の歴史を調べながら今回の課題を書きました。

その中でも本を焼くと言うテーマ、『華氏451』などディストピアSFの象徴のように扱われています。現実世界でも、書籍破壊の歴史を紐解くと6割は人為的に本が破壊されています。ブラッドベリが想像した未来は今のところ回避していますが、メディアがどんどん短くなって、思考できなくっていく市民の誕生は予言どおりだなと感じています。

リアルに本を焼くことはなくなりましたが、デジタルによって本が消えていく新しい社会問題が発生しています。この問題はどう生まれて、どうなっていくのかSFを使って思考実験をする作業は楽しい時間でした。デジタル焚書はもっと力がついたら再チャレンジしたいテーマになりました。

まだまだ、SFの思考方法がわかっていないですが学んでいければと思っています。頑張って書いていきます。

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課題提出者一覧