時間コンサルタント

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梗 概

時間コンサルタント

時間福祉公社で「時間コンサルタント」をしている東雲涼介は、新規案件の顔合わせのために、「時計ハト」を入れた鳥籠を持ってIT系の受託開発会社を訪れた。しかし対面した乾は古い価値観が根強く、渋い顔をしている。東雲は社会問題化しつつある「時間ハラスメント」についてプレゼンを始めた。

近年、自然の時間の流れ、すなわち「自然時間」で過ごし自然調和性を享受することこそ人間らしい生き方だとする人々が増えている。時計の時刻通りの生活は健康を害するものとされ、勤怠管理やスケジュール、時刻表といった文化は時代に合わないという理由で社会から消えつつあった。そして「三日坊主」や「石の上にも三年」といった時間を区切る言葉を使う行為は、時間ハラスメントと呼ばれている。

そして東雲は、自然時間を導入するために時計ハトを全社員に持たせることを提案した。時計ハトとは、遺伝子編集によっておおよそ一時間おきに鳴くように改変されたカワラバトである。アバウトな時計として使えるので、自然時間の初期導入に向いている。乾は露骨に嫌がったが、東雲は仕事の効率が悪化すれば契約を破棄してよいと提案して了承される。一週間もすると自然時間は社内に浸透して、あの乾ですら時間にルーズになっていた。

仕事帰りに東雲は、大学時代の友人で行動生物学の研究をしている赤月ヒルメの元を訪れる。実は時計ハトは各個体の鳴く時間がバラバラになりすぎて、アバウトな時計として機能しなくなっていた。人々は自分たちにとって都合のいい自然時間を欲しているので、その事実に気付こうとしていなかった。それでも時間福祉公社は、念のためその事実を隠蔽し、専門家の赤月に極秘調査を依頼していた。

東雲は、一部のハトが超光速で移動したために、一般相対性理論に基づいて時間がずれているのではないかという仮説を話してみる。非現実的だと東雲は分かっていたが、毎晩のように超光速で飛ぶハトの夢を見ており、東雲は我を失いそうになっていた。赤月はそれを笑って否定しつつも、時計ハトの遺伝子に異常は見られずお手上げだと報告する。しかし東雲は、赤月が何も調査していないことを知っている。

赤月は「砂漠の民」と呼ばれる移民の出身である。砂漠の民は時間の神「ロロック」を信奉しており、時計を神聖な時間を切り刻む機械として忌み嫌っていた。そこで学生時代の赤月は、時計ハトを作製して各地に放鳥することで、自然時間で生活しやすい環境を強引に作った。そして自然調和運動を裏で主導していたのである。そんな赤月が時計ハトの異常を修正するはずがなかった。

研究室を後にした東雲は、公園でベンチに座り、野生の時計ハトたちにコンビニで買ったパンをちぎって与えた。人間がエゴにまみれた小賢しい陰謀に頭を巡らせていても、ハトたちはそんなことなど気にせずあるがままに生きている。東雲の目には、超光速でパンに群がるハトたちが映っていた。

文字数:1199

内容に関するアピール

SFとは、人工と自然の境界を見つめるものだと思います。ロボットは人間の意識や心の問題を映し出しますし、宇宙は神秘の中に迷いこんだ人間の小ささを教えてくれます。

その中でも私は「人工と自然が溶け合った未来」に興味があります。SFは、科学技術を批判するために自然を褒めて人工を見下すことがあります。しかし現実では人工と自然の境界は曖昧です。カワラバトは飛鳥時代に持ちこまれた外来種ですが、今では全国に生息しています。時計も元を辿れば太陽を利用した日時計ですし、多くの生物が時計遺伝子をもっています。また人間性というものは、教育によって後天的な影響を受けます。教育、そしてその基盤である言語、文字、メディアは人工的な文明そのものです。人間は文明によるサイボーグと見ることもできるでしょう。

人工物が自然と混ざりあい新たな自然を生み出した時、その自然は人間に何を見せてくれるのでしょうか?

文字数:388

課題提出者一覧