あなたが聴いた色

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梗 概

あなたが聴いた色

美穂は、幼少から絵画を学び、愛してきた。しかし、女子高生になったいま、自分の絵に行き詰まっていた。予定調和になってしまい、意外性をどうしても出せなかった。

ある日の放課後、美穂は、音楽室の前で、衝撃に打たれる。流れ出るピアノが、脳内に色彩の奔流を生んだからだ。
――それが、美穂と晴夏が出会ったきっかけだった。

絵描きの美穂と、ピアニストの晴夏は、二人の間だけで行き交う「共々感覚」があることに気づいた。それは、共感覚のテレパシー。例えば、美穂が赤を見ると、晴夏の脳内にはドの音が響く。晴夏がソの音を聴くと、美穂の脳内には緑が浮かぶ。

 

美穂はささやく。「いい海が、聴こえた」
少女は絵の具を溶け合わせると、筆を走らせる。
放課後の音楽室に集まり、ささやきながら創作しあう毎日。「共々感覚」は、5m以内にいるときにだけ発動された。

美穂は、晴夏から受け取ったイメージを描くことで、殻を破った絵画を描けるようになった。脳内に生まれる色や風景を、素直に出力すればよかった。
そして、晴夏もまた、美穂から受け取ったインスピレーションで、斬新な作曲ができるようになった。

 

彼女たちは、独創的な絵画と曲を生み出すプロになった。
晴夏の楽曲に美穂の絵画を起用したミュージックビデオは美しく、再生数と賞を同時に得た。

近くにいないと「共々感覚」は働かないから、卒業後に一緒に暮らし始めたのは自然だった。コミュニケーションは感覚の往復で済まされ、言葉は端的になった。それでも美穂は、晴夏と分かり合えていると思っていた。

 

しかし、あるとき晴夏が入院し、自殺とも事故とも判然としないまま、この世を去った。美穂は、海外の授賞式のため間に合わなかった。

美穂は、インスピレーションを喪失し、絵筆をとる気力を失う。
失意のなか、遺品の中に晴夏が隠していた日記を見つける。

 

その中で美穂は、晴夏の「共々感覚」は衰えて、最後には失われていたことを知る。
実はあるときから、美穂は、自分の共感覚だけで、ずっと絵を描いていたのだ。
美穂は、大脳皮質に眠る感覚野の古い一部が恒常的に刺激され続けたことで、後天的に共感覚を獲得していた。確かに、感覚野のシナプスを発火させたきっかけは、晴夏だった。だが、なぜか美穂だけが、獲得してしまった。

日記のなかで晴夏は、最後までこのことを隠し通し、美穂を芸術家として再起不能にしたい、と願っていた。
「傷跡になれば、美穂は永遠に私を忘れないから」

 

そして美穂は、晴夏が最後につくった音楽を聴く。
自分に共感覚があると信じると、確かに音から風景が浮かんできた。病室の白い壁、緑のリノリウムの床、貧相な灰色のスリッパ。
そのインスピレーションのままに美穂はスケッチをして、破り捨てる。

「晴夏、それでも私は」
美穂は、共感覚を抑え込み、懐かしい想像力を起動させる。
そして、二人がかつて音楽室から見た青空を、描きはじめた。

文字数:1184

内容に関するアピール

私の思うSFの魅力とは、「関係性」だと思います。
時間や距離や次元や様々な常識を超えて、人と人がつながるとき。あるいは、人と人が隔てられるとき。
そのとき、その設定でないと描けない、特別な関係性が立ち上がり、動き出します
(もちろん人でない何かのときもありますし、その対象の発見自体が面白いことも多々)。
その「関係性」はときにとてもエモーショナルで、魅力的に感じます。
SFは、劇的な関係性を生み出すための、優れたギミックがたくさんある世界だと思います。

そこで、今回、関係性を意識しながら書きました。
新しいチャンネルで、二人の感覚がつながる喜び。
相思相愛でありながら、片想いでもある痛切さ。
そうした関係性の妙が、この物語から伝えることができるのではと考えます。

もし実作をする際には、二人の過ごす放課後の音楽室や、同棲する部屋の空気感を通して、関係性の親密な側面を描くことで深みを出せるのではないかと考えます。

なお、この小説で登場する「共感覚」について説明しておきます。
共感覚は、ある一つの刺激に対して、複数の感覚が自動的に生じる知覚現象を指します。 例えば、共感覚を持つ人には文字に色を感じたり、味に形を感じたりします。レオナルド・ダ・ヴィンチ、マイルス・デイビス、スティービー・ワンダー、ビリー・ジョエル、ランボー、宮沢賢治などが共感覚を有していたと言われています。
実作においては、こうした説明を自然に文章に溶け込ませます。

文字数:608

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