梗 概
残響
主人公とその妻は、小学4年生になったばかりの娘の咲希を2年前に事故で失い、失意の日々を過ごしていた。ある日主人公は、依頼主の記憶から故人の人格を再現したデジタルアバターを作成する「LIFE COPIA社」の広告を目にする。議論の末、二人は咲希のデジタルコピー「サキ」の作成を依頼する。
ARグラスを通して見える「サキ」は、まるで本物の咲希そのものだった。妻は喜びに打ち震え、「サキ」を本物の咲希と同一視し始める。一方、主人公は「サキ」を愛しながらも、罪悪感に苛まれる。「これは『咲希』への裏切りではないのか」という思いが幸福感の影に常に潜む。
それでも「サキ」との生活は徐々に二人に平穏をもたらした。失われたはずの日常が、少しずつ戻ってきたように感じられた。
しかし「サキ」の作成から約1年後、突如として平和な日々は崩壊する。「LIFE COPIA社」のデータ流出事件が発生。「サキ」もその中に含まれていた。
ある日、無残にもスタンガンで痛めつけられる「サキ」の映像とともに、身代金要求の脅迫状が届く。流出したデータから犯人が「サキのコピー」を作成しての犯行だった。
主人公と妻は、なけなしの貯金を切り崩して身代金を支払う。しかし、それは悪夢の始まりだった。犯人は「サキのコピー」を削除せず、追加の身代金を要求する。また、新たな脅迫者も現れ、「別のサキのコピー」が人質に取られる。際限のない要求に、二人の心は徐々に蝕まれていく。
主人公たちは警察に相談するも、担当の女刑事、篠崎は警察の公式見解として「あくまで流出したのはコピーデータに過ぎず、犯人を相手にしないこと」と助言する。しかし、彼女自身も被害者の感情を軽視した対応に疑問を感じ、非公式に「LIFE COPIA社」の元技術者を紹介し、「誘拐された記憶自体を消去し、全ての連絡先を絶つ」という提案をする。だが、妻は「もし犯人が意味もなく、『サキ』を苦しめ続けたりしたら……」と、その案を拒絶する。
脅迫は続き、「サキのコピー」への暴力はエスカレートしていく。一方で、主人公たちのもとにいる「サキ」は何も知らず、相変わらず無邪気に笑う。その姿を見るたびに、主人公の心は複雑な気持ちになる。「この子さえ作らなければ……」という後悔の念が頭をよぎる。
ある良く晴れた朝、庭で花を眺めるサキの姿に心を打たれた主人公は、突如として悟る。この状況を終わらせる方法は一つしかないのだと。
涙ながらに妻と話し合い、二人は最後の決断を下す。手元のサキのデータを消去し、「LIFE COPIA社」にもデータの完全消去を依頼。そして、犯人たちへ向けた最後のビデオメッセージを録画する。
「これ以上は金を払えない。願わくば、これが君たちのこれからの人生を鎖のように縛り、安らぎを永遠に奪わんことを」
カメラに向かってそう言い放つと、主人公と妻は互いの胸をナイフで突き、永遠の眠りについた。
文字数:1195
内容に関するアピール
本作は「もし大切な故人の人格が複製され、残酷な虐待の標的にされたら、人はどんな感情を抱き、どう行動するのか。その新しい被害者感情に社会はどう寄り添うのか。」を描く作品です。
私が好きなSFは、社会の問題、技術水準、など特定のパラメータを極端な方向に振り切ることで、普段の社会では意識すらされない問題を浮き彫りにするような作品です。
本作はそうした作品の一つであるテッド・チャンによる短編内の「デジタルペットが複製されて虐待される」というシーンに着想を得ています。しかし、彼の作品でそのシーンは比較的些末な出来事として描かれており、ペットをオフラインにすれば虐待は止みます。
しかし、大切な人のデジタルコピーが悪意ある他者のローカル環境に囚われてしまったとき、我々に為す術はあるのか。もしないのであれば、故人を複製する危険性を社会は強く認識しておくべきではないか。そんな思いで本作を考えました。
文字数:393