梗 概
かぞくのじかん
宇宙船の中、4人家族が食卓についている。父、母、弟、語り手の「私」。食卓の空気は重苦しい。致命的な事故が数時間前に起こったからだ。行く先を阻む時空嵐を通り抜けるため、船は緊急モードに入り、各自は救命ポッドでやり過ごした。だが嵐を抜けたとき、4人はそれぞれ「違う時間」の中にいた。母は10歳ほどの少女に、弟は逞しく成熟した40代に、そして父は私と同じ20歳ほどの若者になっていた。4人は時空嵐からそれぞれ異なる影響を受けたらしい。
非常時に、父母は事故の責任をめぐり言い争う。同じ時間を生きていたときから既に家族はバラバラだった、と私は幻滅する。弟が声をあげたので、私はコンソールパネルを見にいく。航行予定は3年だったが、燃料がロストし到着予定は不明になっていた。私は眩暈を起こす。この船は人類生存のため、灼熱の地球を脱出した避難艇の一隻。だが、もはや他隻との合流は絶望的だ。それでも懸命にパネルを叩く弟に、私は初めて頼もしさを感じる。
皆が気づいても口に出せない事実があった。到着時期が不明の今、人類生存のためにできることは「船内での繁殖による種の存続」しかない。それを意識し、船内の雰囲気は一変する。色々な問題を抱えた、だがありふれた家族の、裏の面を私は思い知る。同世代の父の振る舞いには権威に隠れた好色さと嗜虐性癖が、年下の母には、強い依存心と弱者を演じて娘さえ操り出し抜こうとする狡猾さが、ありありと見て取れた。私は家族との接触を避けるが、夢の中にまで家族は立ち代わり現れる。私は次第に、父母の面影を宿しながら、彼らと違って純朴な性質の弟を理想化して自分を慰めるようになる。
時間を空費した後、私は異変に気付く。母は日毎に若返っている。そして父は加速度的に歳を取っている。劣情をこめた目で私を見ていた父は、あっという間に中年になり、総白髪になり、会話はかみ合わず痴呆の兆候をみせた。一方、赤子に戻った母は今までで一番幸せそうだった。
もう他の選択肢はないと、私は意を決し弟の部屋を訪れる。だがいざ触れようとすると私の手は弟の体をすり抜ける。私は気づく。嵐でバラバラになったのは時間だけではない。家族4人は異なる平行世界を生きていたのだと。そして弟の属する平行世界には恐らく「私」はいない。だから触れられず声も届かない。
私は、話の噛み合わない父に懸命に問いかける。私は弟に何をしたのかと。覚束ない父の言葉に、幼い頃の記憶がよみがえる。私が、父母の愛情を独占したくて弟を傷つけようとしたこと。その無邪気な残酷さが、弟に深い精神的外傷を残し、父母に恐怖心を植え付けたこと。私もこの家族の一員なのだから、私がそうされたのと同じように、私も彼らを手酷く裏切り幻滅させていた。それすら忘れて厚顔無恥に暮らしてきた。私は声の届かない弟に、父に、母に、必死で呼びかける。声が広い宇宙に吸い込まれるだけだとしても。
文字数:1198
内容に関するアピール
建付けにSFを使い、現実を寓話化したような話が好きなので、「私の読みたいSFはこういうの!」という感じで書きました。
家族の絆というのは、政治的に正しい「家族愛」で結ばれているわけではなく、人の抱える依存癖や特殊性癖のような後ろ暗い歪みが、「家族」という枠組みに押さえつけられて転化したものではないかな~と思っていて、それを胸クソ悪く描写したうえで肯定したい、というのが今回のコンセプトです。
家族における動かしがたい要素「年齢差」をシャッフルすることで、家族の役割の裏に隠れたひとりの人間としてのドロドロを暴露し、それも含めて家族という関係が成り立っていることを書きたかったですが、実際に書いてみてなかなか難しかったです。
文字数:310