宝船と堕天の巫女

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梗 概

宝船と堕天の巫女

 技術者は飛行船に引きこもり、技術に使われる側の人間だけが地上で暮らす世界。人気のない陸を歩いていた少女型ロボットのシュリーは、海の向こうに大きな船を発見する。

 シュリーは飛行機能を用いてその船に近づく。船の側面には砲が並んでいたが稼働していなかった。甲板に降り立つとそこには瓦葺の屋敷が並び立っており、古風な雰囲気が漂っていた。

 提灯で彩られて賑やかな風景とは裏腹に静かだった。シュリーは住民の絶滅を直感したが、やがて甲板の先端に一人立っている老人を発見した。

 彼はトシと名乗り、この宝船という船の制御者であると言う。そして彼はシュリーにこの船の誕生から今に至るまでの歴史を語った。

 トシは技術の独占に反対し、天から地上へ降りた技術者だった。彼は同じく天から降りたフクとロクという二人の男と共に、天の技術を伝えるためにこの船を造り上げた。

 そして三人は地上の民から有志を募り、宝船での共同生活を始める。

 恵比寿システムによる全自動漁業、大黒天システムによる全自動農業によって食料は賄われた。毘沙門天システムが兵器を制御して船員を守り、弁才天システムが娯楽によって船員を楽しませた。

 布袋システムは円滑に経済を回し、福禄寿システムは無限の延命さえも実現した。

 ついに理想郷となった宝船の中、三人の技術者は船員たちを相手に技術の継承に取り掛かった。しかし彼らは現状にすっかり満足してしまい、真面目に勉学に励む者はほとんどいなかった。

 だが唯一、真摯に学問に打ち込む娘がいた。その名前はコクヤといい、三人の技術者は彼女に望みを託すことにした。

 長い時が流れた。生きる目的を失った船員たちの中には延命を望まず死んでいく者もいた。三人の技術者も長引く生に苦痛を感じるようになり、コクヤに彼らの最期を見届けるよう頼んだ。

 しかしコクヤは彼らの頼みを拒んだ。血気盛んな彼女の願いは天の技術者を引きずり下ろすことであり、地上に長く留まるわけにはいかなかった。

 すぐに彼女は空を目指して旅立ってしまい、残された三人の技術者は急な別れを惜しんだ。

 また時は流れ、ついに病床に伏したフクとロクは福禄寿システムに頼らないことを選んだ。

 そしてトシだけが残った船にシュリーがやって来たのだった。

 話を聞き終えたシュリーは、彼女を操作する者こそコクヤなのだと語った。

 天に昇ったコクヤは高い地位を目指して努力するうち、知識を広めようとした三人の技術者の偉大さに気づいた。

 そして地上にロボットを派遣し宝船を探したが、とうとうトシ以外の二人とは再会が叶わなかった。

 何にも不自由せず、病にも事故にも怯えずに育ったコクヤは、死別の悲しみを予想できなかった。コクヤは勝手に船を飛び出したことを悔いた。

 しかしトシは彼女を励まし、改めて自身と船の看取りを頼む。コクヤは快諾し、宝船はシュリーと共に海へ沈んでいった。

文字数:1190

内容に関するアピール

 私は他の方と比べてSFの知識もワクワクするアイデアの引き出しも無いと直感しました。普段長編ばかり書いているのもあって、上限16000字という制限も厳しいと感じました。

 ですから世界観に拘るのではなく、簡潔なストーリー構築を第一に心がけました。

 また、SFに疎い私には他の武器が必要だと思い、寺で育った経験から美しい和風の情景を描くことにしました。屋敷の乗った船という設定から宝船を連想し、七福神までアイデアを膨らませていきました。

 トシたちに反発し夢を追うコクヤはまさに私です。親の偉大さを最近実感するようになりましたが、彼らはもう衰弱する一方です。

 延命技術が日々進展する現代ですが、死に直面した者の悲哀と覚悟から目を背けてはならないと思います。

 私はSF、ひいては肥大する技術の中で、命の重さと尊さを訴え続けたいです。

 若輩者ですが、これから一年間よろしくお願いいたします。

文字数:390

課題提出者一覧