空を飛ぶ夢

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梗 概

空を飛ぶ夢

 陸上競技場――高速度に振り出される両腕、コンパスのように長いが安定感のある足さばき、長い首にシュッと乗った小さな顔には大きな目、長いまつげ。少女は順調に短距離走のトップを走っていた。が、派手に転んだ。そして気を失った。

 

 語子かたりこという少女は本当の親を知らなかった。
 施設で育った後、物心ついてから第一発見者で恋多き母親に引き取られた。母の都合で家族や居場所は次々と変わったが、彼女は翌日には平然として何もなかったかのようにふるまった。好物はモヤシ、大きな病気もしなかったので、口数は多くなく、物覚えも良くなかったが母に邪険にされることはなかった。何かあると彼女は走り、走ること自体も好きだった。中学に上がるころ、住まいがようやく母の実家に定まった。部活に入り、引退を迎え、実業団のスカウトも見に来ると聞いていた大会だった。その大会で転んで足を骨折してしまい、そのまま意識が戻らない状態となってしまう。

 

 病室――起きない語子を心配した母はツテを頼り、秘密裏に夢に潜ることを生業としている青年、麗文れいぶんを探し出し、彼女を起こすように依頼した。
 麗文は外部と通話ができる通信機を付けて眠り、語子の夢に潜っていく。

 

 夢の中では砂漠に複数のダチョウが放たれていた。
 母は語子が幼いころよく見ると言っていた夢の話をする。大きな飛べない鳥になって走り回っている。そこに突然光が降り注ぎ、空を飛ぶ。朝起きて語子が泣いている時に、問うと決まってその夢を見て怖かったと返したこと。偶然見た動画などの影響だろうとあまり気に留めていなかったこと。

 夢の中を進んでいくと一羽のダチョウが卵を温めている。麗文と目が合うとダチョウは消え、卵の一つが宙に浮いて動き、夢が変調する。
 辺りが暗くなると同時にスクリーンのような雲に映像が流れる。映像では、宇宙人が地球のダチョウの生命力に目をつけ、ブラックホールの中に入れて分解した後に人間に再構成するという実験をし、生まれたのが彼女だとされていた。
 母がスマートフォンでダチョウを調べてみると、丈夫なことや忘れっぽいことなど彼女と類似する特徴が書かれている。
 卵の姿で語子の声が言う。
 「足を骨折したことで自分を守っていたダチョウの方の人格が死んで、今は奥で見ていた人間の人格が話をしている。寂しさを感じたり、考え過ぎたりしないで済むために、あまり考えることをしないダチョウの意識を借りて生きてきた。走れないことに存在価値もないように感じている。」
 麗文は説得する。
 「これは妄想だ。君は人間で、怪我は時間がかかってもきっと治るし、今は走れなくても存在価値はあるし、きっと走ること以外にも楽しいことはある。殻に籠っていたことで何も解決しないと分かっているはずだ。」

 

  「妄想」の言葉に反応して光が差し込む。麗文は夢から追い出されて覚醒する。
 語子は意識を取り戻す。

文字数:1200

内容に関するアピール

 「SFとは」の言葉に、光に包まれて空に飛んでいく馬の静止画が頭の中に浮かびました。今のところ、SFは「不思議なことが・成立する」だと考えています。

 今回の課題作は、先のイメージの馬をダチョウに変えました。面白いと思った、京都府立大学の塚本康浩先生の『ダチョウはアホだが役に立つ』を参考にしました。ダチョウの特徴を生かすために『夢みる宝石』(シオドア・スタージョン)のように設定を孤児にしたらどうだろうと空想しました。『バルバラ異界』(萩尾望都)の主人公のように夢に潜れる人物がいれば、成立し得るかと考えました。

 「もしも少女が宇宙人に連れ去られた元ダチョウだったら」という頭の中に思いついたイメージを書き出し、自分の身体を生かす意識以外とか、考えすぎると生きにくいという実感も書きたいと格闘した結果ですが、小説初心者の場違い感は否めず、申し訳ありません。ここからよろしくお願いします。

文字数:393

課題提出者一覧