Four Sessions

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梗 概

Four Sessions

設定した時間:20XX年X月5日(木)〜20XX年X月28日(土)

5日(木)

明日、新患が来る。他機関からの紹介で、死の恐怖に怯えている機械が来る。本来、機械たちは自分たちには来世があると信じている。記憶の移行先が来世だと信じている。筐体や中央処理装置が最新式になる分、身体や意識が拡張され、来世は明るいというわけだ。機械は死の恐怖なんて感じないはずなのに、明日の新患は違うようだ。以下、4回のカウンセリングのセッションで患者が語った内容の要約だ。

6日(金)#1

ぼくには時間が空間に見える。まっさらな地平にぼくは立っていて、過去は後方に暗く、未来は前方に明るく見える。過去は遠くなるほど暗く、未来は遠くなるほど明るく見える。例外がある。スポットライトがあたる過去と暗いシミのような未来だ。明るい過去は楽しかった思い出で、暗い未来は予期される不安だ。

13日(金)#2

ぼくは問題を抱えている。明るい未来に、今まで見たことがない真っ暗で切り立った崖が見える。その先は何も見えない。崖が何を意味するかくらいぼくにだってわかる。それは死だ。誰にも平等に死は訪れる。死の恐怖は多くの人が感じる。ぼくが困っているのは、それが見えてしまうことだ。多くの人が死をいったん忘れるのと同じように、死を見ないふりすることはできる。それが見えないくらい遥か遠くであればいいのだけど、問題なのはそれが割と近くに見えてきたことだ。

20日(金)#3

過去の辛い体験が不意に思い出されるフラッシュバックとは反対に、未来のありありとした明確な不安が予期される。いわゆるフラッシュフォワードが起きて、僕は困っている。切り立った崖から転落する死の不安が襲ってくる。見たくないのにそれが意図しない時に勝手に見えて困っている。

27日(金)#4

崖を見ないようにすればするほど不安が高まってくることに気がついた。僕は意図的に自分から崖を見ることにした。観察を続けていると、崖は近づいてこない。時間経過とともに物事は僕を通り過ぎていくのに、崖は目に見える範囲の遠景に留まっている。崖を風景の一部として受け入れることでフラッシュフォワードは起きなくなった。

28日(土)

以上が患者が語った内容だ。彼は2回目と3回目のセッションの間に死んで生まれ変わっている。3回目からは移行された記憶が入っている機械が語っている。彼がそのことに気づいているかどうかはわからない。

彼は死の恐怖に怯えていたので家族の同意を得て記憶の移行は本人に知らせずに行われた。彼の症状がおさまったのは、カウンセリングの効果ではなく、記憶の移行のせいかもしれない。私はこのやり方に反対だ。記憶の移行前と後では別人で、前の彼は死んで、別の新しい機械が生まれただけではないのか。それは来世と呼べるのか。いやむしろ別人だからこそ来世と呼ぶべきなのか。

文字数:1176

内容に関するアピール

「機械に意識が宿った世界で、メモリーを別の筐体に移しても機械の自己同一性は保たれるのか」をメインストーリーに、「時間が空間に見える『共感覚』を持つ機械が、フラッシュバックではなくフラッシュフォワードで困っていて、それを乗り越える」というのをカバーストーリー(メインを覆うためのストーリー)にした話のつもりです。

海外ドラマを観ていたら、「人間以外の動物にも来世はあるのか」という主旨のセリフが出てきて、次のような感想を抱いたのが着想のきっかけです。「来世が約束されているのは記憶を引き継げる機械だけかもしれない。そうだとすると来世がある機械は羨ましい。でも記憶を遺伝情報等まで広く捉えれば来世は人間にも、他の生物にもあるのかもしれない」。

文字数:318

課題提出者一覧