梗 概
鳥類図鑑の日
午前6時:古い雑居ビルの壁は灰色の見本帖のように、染みや影が様々な種類の灰色をしている。殺風景な廊下の先の一室。扉の向こう側は、うす暗い。暗過ぎてよく見えない空間に、大きな灰色の半円形が柔らかに揺れる。
カーテンが一瞬の音を立てて、勢いよく開く。簡易ソファベッドの傍の窓には、何年も前から年中ぶら下がった冬用のカーテンで、分厚く閉じられていた。カーテンが開くと、窓から間接的によわよわしく朝の光が空を伝って入ってくる。まだ昇ってもいない太陽のせいで、冬になる途中の季節の朝はこんなものだ。カーテンが開いたからと言って、外から清々しさが入ってくるものでもない。それでも、部屋の中の灰色の質は、刻一刻と変化する。
山積みになった書籍や書類が散らばる部屋だ。机の上や本棚だけでは収まらずに、雪崩がおきている。物質的な山崩れ。煙草の吸殻も器の上に丘をつくり、点、点、と部屋中に不規則に置かれた空き缶の口にも黒い灰の粉が散らかる。曇った匂いもすでに壁に染みついて、見えない薄い膜で一枚覆われている。
その危うい物影の上で、僅かな光に反射した微細な線が動く。部屋の中で、孔雀が羽を広げていた。細やかな色が揺れる。目の醒める様な孔雀の羽。広げた羽に散らばったいくつもの丸い模様の青と緑と黄色には、ラメが入っている。羽の真ん中にある身体は、首筋から頭に掛けて青い光沢を写す。孔雀の頭は広げた羽全体に比べて小さいが、大きな羽全体よりも小さな頭を動かした方が、その動きは際立つ。
孔雀が羽を広げるのは、雌鳥への求愛のためだけではない。縄張りを保つため、近くにいる対象物を威嚇している。しかし、部屋の中にはさっきカーテンを開いた、その人物の姿が見えない。もはや鳥目の時刻ではない。羽に並んだ目玉が空を見ている。
人の気配ばかりが漂っている部屋は、探偵事務所だった。看板もなく、住人の名前の書かれた表札だけ、小さく控え目に部屋の外に書かれている。住人はいないのではなく、見えないのだ。探偵業に相応しいその性質は、仕事も順調で生活には困らない。必要なモノはインターネットでなんでも手に入る。もともと男のずぼらな性格は、誰に見られようとも頓着しなかったが、透明人間になってからはさらに、見られることを意識しなくなってしまった。しかし、今回の依頼で、脱走した孔雀を捕まえることになった。受けるべき内容の依頼ではなかったのだが、手違いで引き受ける事になった。意外に上手く捕まえる事が出来た。しかし、今回ばかりは依頼品を郵送する訳にはいかない。引き渡しは本日、正午のアポイントになっている。男は不在を装い、依頼主が勝手に孔雀を連れていくのを待てばよい。
しかし、男は今、久しぶりに沢山の目に見られている気分を味わっている。
埃っぽい部屋の中で、くしゃみの音が響く。久しぶりに掃除でもしようかと思い、窓を開けた。
文字数:1181
内容に関するアピール
ルナールの「博物誌」と映画「SLACKER」を合わせた様な構造の話を作りたいと思います。1日の出来事の連なりの中で、各時間ごとに鳥が出て来ます。流れる時間と、鳥と(おそらく出て来るだろう)人などを通して、冬になり始めた頃のある日をまとめます。
朝6時から真夜中までの18章になる予定です。提出した梗概(もはや梗概ではないですが)は、その第1章部分です。
SNSで誰でも予め自己編集した言葉を発信する事が出来ます。それよりも、道端や町や自分の家で、たまたま耳に入って来た、誰かがふっと言った無防備な一言や、たまたま遭遇して目にした状況を、書き留める事を意識しようと思います。
今回は、やりたい事をやるのではなくて、出来る事を伸ばす方向性で課題に取り組んでみる事にしました。
かつて友人は、飲食店のホールのバイトをしました。しかし、フォークを持っていく所をどうしてもスプーンを持って行ったり、オーダー伝票を右から並べる所をどうしても左から並べてしまったそうです。何度言われてもするべき普通の事が出来ない。そういう事もあるかもしれないな、と人の話だと聞いていましたが、SF講座でなるほど、こういうことか、と体験しています。
普通のエンタメ小説を書ける様になりたいと思っていましたが、私にはどうしても無理みたいです。それに、講座にはとても素晴らしい小説を書く人が沢山いるので、私がそれをしなくても良さそうです。
そもそも小説という漠然とした言葉に、私が何を求めていたかを考えました。詩の様に高尚なものではなく、随筆の様に身近な共感でもなく、文章を使った創作で(自分も含めた)人を楽しませる方法を考えたいです。
というのが現時点です。また変わるかもしれません。
文字数:719
鳥類図鑑の日
午前6時:
朝方に起きて、二度寝三度寝する間の、6:31から6:33の間の短い時間の不思議がある。起きなければ、という思いと、まだもう少し、という甘えに挟まれる。起きた瞬間に枕元のスマホの時計を見る。少しでも余裕があると安心して、すぐにまたまぶたがコンニチハをする。寝落ちした後、またすぐ、我に返る。その我に返った時、2分前よりも頭のクリアさが格段と違うことで、自分が2分間の眠りについていたとわかる。
夢をついばむ鳥になる前の鳥が、その2分間の夢を食べた後、地面を這って帰っていく。
人間は、鳥がいたから飛ぼうと思ったのだろうか、鳥がいなくても空を飛ぼうとしたのだろうか。鳥でなくても飛ぶ生き物はいる。それらを模倣して今とは違う飛び方を考えただろうか。飛ぶ生き物が一切いない場合の地球の、想像力の現代の形。普遍的な物理的法則が変化する。
午前7時:
古い雑居ビルの壁は灰色の見本帖のように、染みや影が様々な種類の灰色をしている。張り付いたヤモリの頭の上で点っている街灯は、白、オレンジ、黒へと順に繰り返し点滅する。黒に近い濃茶色で艶光りした木製手摺が添えられた階段を、一旦2階まで登る。続く殺風景な廊下の先の一室。扉の向こう側は、うす暗い。暗過ぎてよく見えない空間に、大きな灰色の半円形が柔らかに揺れる。
カーテンが一瞬の音を立てて、勢いよく開く。簡易ソファベッドの傍の窓には、何年も前から年中ぶら下がった冬用のカーテンで、分厚く閉じられていた。カーテンが開くと、窓から間接的に弱々しく朝の光が空を伝って入ってくる。まだ昇ってもいない太陽のせいで、冬になる日の朝はこんなものだ。カーテンが開いたからと言って、外から清々しさが入ってくるものでもない。それでも、ワンフロアの部屋の景色を染める灰色の質は、刻一刻と変化する。
山積みになった書籍や書類が散らばる部屋だ。机の上や本棚だけでは収まらずに、雪崩がおきている。物質的な山崩れ。煙草の吸殻も器の上に丘をつくり、点、点、と部屋中に不規則に置かれた空き缶の口にも黒い灰の粉が散らかる。曇った匂いもすでに壁に染みついて、薄い膜で一枚覆われている。
幸いにも食べ物らしい残骸はなく、虫や鼠が湧くような有機的な汚さはない。無機質に汚れた部屋だった。
その危うい物影の上で、僅かな光に反射した微細な線が動く。さっきよりも少しだけ明るくなった部屋で、羽を広げているクジャクがいた。細やかな色が揺れる。目の醒める様なクジャクの広げた羽に、散らばったいくつもの丸い模様の青と緑と黄色には、ラメが入っている。羽の真ん中にある身体は、首筋から頭に掛けて青い光沢を写す。クジャクの頭は広げた羽全体に比べて小さいが、大きな羽全体よりも小さな頭を動かした方が、その動きは際立つ。
クジャクが羽を広げるのは、雌鳥への求愛のためだけではない。縄張りを保つため、近くにいる対象物を確実に威嚇している。しかし、部屋の中にはさっきカーテンを開いた、その人物の姿が見えない。薄ら暗い室内といえども、もはや鳥目の時刻ではない。クジャクの羽に並んだいくつもの目玉が空を見据えている。
扉の外の表札には、小さく控え目に文字が書かれている。「小島探偵事務所」。人の気配ばかりが漂っている部屋の住人は、いないのではなく、見えないのだ。透明人間の男が住んでいる。生活面で必要なモノは、人に接することなくインターネットでなんでも手に入る。小島のもともとずぼらな性格は、誰に見られようとも頓着しなかったが、透明人間になってからはさらに、容姿を見られることを意識しなくなってしまった。
探偵業は、小島の持つその体質を的確に相応しく仕事に生かしたかのようにように見える。順調な働きぶりで、生活には困らない十分な収入を得ている。しかし、天職に近い仕事によって、稼ごうと思えばさらに稼ぐ事も出来るように思われる。しかし、存在しないものが容姿だけであることはそう簡単な話ではない。
身体は存在する。そのため、小島が気にするべきは、こちらの見た目ではなく、むしろ、誰からも見られることがない身体の身のこなし方だ。透明な身体は、小島自身がより注意深く自分の外の世界を見なければならない。その努力は、体が見えいてる時はお互いがお互いを見ている為に2分の1で良いとすると、見えない時は一人で4倍の神経を使って周りを見る必要がある。つまり、前方だけでなく、後ろも左右も四方に気を使わなければならない。相手の分の視覚もこちらが補わなければならない。
どれだけ道の端を歩いていても、後ろからやってくる自転車など、現代の都会にヌリカベお化けのような透明人間が歩いているとは思っていないので、凄い勢いの時がある。ぶつかられるとこちらは痛いし、ぶつかった方も驚愕するだろう。
更には、時々小島は自分でも自分の体の大きさがわからなくなり、足を机の角にぶつけたり、引き出しに指を挟んでしまったりする事もある。物を持つ時の距離感覚が鈍い時もある。
車にぶつかると、人知れず自分だけがいなくなるのだろうか。死後に自分の体が再び現れる様なことがあったりもするのだろうか。小島自身もしばらくみていない自分の身体は、どの様に年をとっているのかをたまに想像する。
透明になってからは、小島が自分を確認する方法は、パソコンの中の文字と、独り言をいう声だけになった。言葉だけが自分を確認する方法という事に納得はしていないが、慣れてはいる。パソコンの中だけで仕事をする方法など今更いくらでもある。しかし、実際に表象の身体がない小島にしてみると、それはなんとも癪に障る気がする。
そういう訳で、仕事上、有利といえるかもしれない身体だが、そうではなく、わざわざ外に出るために身につけた身のこなし方を、探偵業に生かしているという始末なのだ。天職などというものは存在しない。
今回の依頼で、近所の家から脱走したクジャクを捕まえることになった。受けるべき内容の依頼ではなかったのだが、手違いで引き受けることになってしまった。依頼文は以下の通り。
小島探偵事務所様
はじめまして。小島様に調査依頼がありご連絡致しました。
といいますのも、私の家で飼っているクジャクが本日いなくなってしまいました。まだクジャクは遠くには行っていないだろうと思い、一番近くの住所の探偵事務所をインターネットで検索しましたところ、小島様の事務所が該当致しました。
つきましては、クジャクを見つけて保護して頂けないでしょうか。もちろん生きたまま怪我のないよう、お願いいたします。
急なご依頼で申し訳ありません。その分報酬は弾ませていただきます。
探偵事務所と便利屋を混同しているのだと思われる内容の報酬は、いつものよくある浮気調査依頼のものよりも、実際に数段と高かった。
引き受けるとも、引き受けないとも返事をしないまま、どのように返事をするべきかを思案するため、おもむろに事務所の近所を散歩する。歩いていると、クジャクが、商店街の裏道に置いてあるゴミ箱に顔を突っ込み、無心に残飯を漁っているところを見かけたのだ。小島は意外に上手く捕まえる事が出来た。引き受けるかどうかを考える前に、依頼を引き受けてしまった。
今回ばかりは依頼結果を調査報告書の様に、依頼主に郵送する訳にはいかない。引き渡しを本日正午のアポイントにした。事務所に依頼主がやってくる予定だ。わざわざ来てもらって不親切だが、置き手紙でも用意して事務所に居ながら不在を装い、依頼主が勝手にクジャクを連れていくのを待てばよい。クジャクを飼い、そのクジャクに大金を払う依頼主の顔も少しみてみたい。
今日はどれくらいぶりかに、自分を訪ねて生身の来客がある。しかし、小島はすでに、久しぶりに沢山の目に見られている気分を味わっていた。羽を広げたクジャクは、近くにいる透明な男を対象物として認識し、威嚇している。羽に並んだいくつもの目玉は、男にとって目玉以上に美しい。依頼者がやって来るまでのあと数時間。お互いに反応し合っているクジャクも、すでに小島にしてみれば客だった。
それにしても、改めて見てみると、事務所の汚さが目に余る。クジャクが美しい羽を広げながら動くたびに、置いてある書類や埃が舞い上がる。
たまには掃除でもしようと思い、小島は窓を開けた。さっきまで昇るか昇らないかの陽は、夜の終わりの残る薄紫色と赤色の混ざる西の空から、薄い青色とクリーム色が混ざった新しい一日の始まりの空の色に刻々と変化している。
冷たい空気と埃っぽい部屋の中で、くしゃみの音が響く。
小島はくしゃみの音が聞こえた方に驚いて振り向く。事務所の入り口のドアが少し開いている。小島の空耳ではない筈だが、どこにも姿が見えない。クジャクもドアの方を向いている。しかし、いつも見慣れた空間に、珍しいものはない。小島はもしかするとクジャクが外の冷気に驚いてくしゃみをしたのかもしれないと思い、クジャクが逃げていかないように、入り口の扉を閉めてから、掃除の手を再開させる。
するとまた、さっき閉めたはずの入り口の扉がギィーと鳴る。今度は扉のそばには少女の顔が覗いた。
「誰もいないようだ。ジャックだけがいる」
聞こえてくるのは男性の声だった。
「ほら、やっぱり。事務所は夜は帰ってしまうと、ジャックがほったらかしになってしまって可愛そうって言ったじゃない。ジャックを置き去りにするような神経の人よ。きっときちんとお金を置いて置いたら、それ以上は大丈夫よ。早く連れて帰りましょう。」
「君のその過干渉ぶりに嫌気がさして、ジャックは逃げたのかもしれないよ。」
「小屋の扉の鍵を閉め忘れただけじゃない」
小島は聞こえてくる会話に困惑した。なぜなら、姿が見えるのは少女だけで、男性の姿がどこにもない。声だけが聞こえる。少女は独り言を言っている訳ではない様子だ。誰かと話をしている。ジャックというのは、どうやらクジャクの名前らしい。
「ジャックはどんな様子?元気?怪我はしてない?」
「元気にいつもの緑色の宝石の羽を広げているよ。怪我をしている様子はない。それにしても、散らかった部屋だな。」
2人分の会話の謎は、小島を混乱させた。小島は冷静に目の前を観察する。少女の表情や仕草、会話の内容から、彼女が目が悪いらしい事を知る。目が悪いという事は、小島が透明人間である事は関係がないのかもしれない。部屋の中の、どこか別の場所にいて、物音に気付いて男が現れた、という設定にして、少女に声をかけてみる事は可能だ。しかし、もう1人分の声。
小島の頭に考えが過ぎる。そうこうしているうちに、誰かが部屋の中に入ってくる気配がする。
「いい子だねジャック、さあ、家に帰ろう。」
クジャクが喋る様に声がする、と同時にクジャクが宙に浮く。もしも、同じ透明人間に初めて会っているのであれば‥‥。小島は急に期待と不安が込み上げてくる。声の主としゃべりたい気持ちが湧いてくる。喉まで出かかった言葉は、咄嗟に躊躇して出てこない。
小島は誰かと会話をしたい、という願望を形にするために、男は思い切って声を出す。
「やあ、すみません、どちらさんですか。勝手に事務所に入られると困りますね。不法侵入ですよ。」
クジャクがストンと地面に落ちる。驚いたクジャクは羽をバタつかせて猫の様な声で大きく鳴く。この場所にいて、驚いたのはクジャクだけではないだろう。
小島は相手の出方を待つ。しかし、声の男性も警戒したのか、静かにクジャクの羽音だけが聞こえる。ようやく男性の声がする。
「すみません、小島さんですか。」
「そうです。小島です。あなた達はこちらのクジャク捕獲案件のご依頼主のようですが。」
「姿が見えなかったもので、小島さんはご不在かと思っていました。ずっとこちらに居られたのですか?」
「探偵さんがこちらの部屋にいたの?」
「ああ、そうだったみたいだ。」少女に向かって、男性の声が硬い声で反応する。
「どうして気付かなかったのかしら。」
男性のそれに対する返事はなく、少し沈黙がある。返事をしないのではなく、言葉を探している。男が
「姿が見えないのはお互い様で。いや、そんな、その、なんと言いますか‥‥。もしかして、あなたも透明‥‥。」
と小島が言いかけたところで、クジャクがまた大きく鳴いた。しかし、それは本物のクジャクの鳴き声ではなく、男性の発した不自然な鳴き真似だ、と小島は思った。会話を遮られて、小島は次の言葉をまた失った。
沈黙を引き継ぎ、少女が口を開く。
「小島さん、ジャックを探し出してくれてありがとうございます。約束の時間は今日の正午だったのですが、ご連絡を頂いてから、早くジャックに会いたくて、いてもたってもいられずにちょっと様子だけ覗くつもりで、来てしまいました。まずはお礼をしないといけないところなのに、大変申し訳ありません。」
大人のような口調で言った後、礼儀正しく少女は頭を下げる。男性の声も慌てて付け加える。
「あの子の言うとおり、クジャクのことが心配で。クジャクの無事を確認するだけで、一旦帰るつもりが、扉が開いていたもので、ご不在の様でもありましたし、クジャクが可哀そうで、ついこのまま連れて帰ろうかと。お金は置いて行くつもりでした。申し訳ありません。」
男性の声は、的確に言葉を選んで、男性側の状況だけを述べる。しかし、男性の声は、大きな戸惑いに震えていた。
小島が察するに、この状況での問題は、クジャクの引き渡しや不法侵入のことではない。もはや声の主の男性の方に事情があるようだ。男性が透明人間であると、小島が明言する事を遮ったのだ。少女に知られたくない様だ。少女は男性が透明人間である事を知らないのだろうか。男性の声は若く聞こえるが、2人の関係性もわからない。不用意な事を言うことが、2人の関係性を壊す事になるのだろうか。それをこちらはどこまで慮る事が出来るのだろうか。
一時だけ流れた沈黙に、またクジャクが鳴く。今度は本物の身体から出た声だった。
「ジャックは本当に元気なのね。よかったわ。」
少女の言葉に小島はある推測が浮かぶ。考えた末、小島はできるだけ穏やかな声で言う。
「そう言うご事情でしたか。こちらも急な事で部屋を散らけております。普段はもっと片付いているのです。クジャクもこんな汚い場所にずっといては、掃き溜めに鶴ですね。それにお二人にとっても寒いでしょう。どうぞ早く連れて帰ってあげてください。報酬はそのガラステーブルの上に置いておいてくだされば結構ですので。また困った事があれば、いつでもご依頼ください。それまでには部屋を片付けておきましょう。」
事務所らしく応接用のテーブルを置いてみたが、利用したのは今日が初めてだった。
小島は3人の客が帰った後、今日は一日掃除でもしようと思った。年末も近い。何年分の埃だろう。
「ニャー」
いなくなったはずのクジャクの声がした。小島が振り返ると、部屋には開いた窓から入ってきたらしい白い猫がいて、小島の方を見ていた。
「先客万来の日だな」
部屋が綺麗になれば、自分もそのうちなにか、例えば猫でも住まわせてみようか、と小島は考え始めている。
午前8時:
ベランダで洗濯物を干しながら、いつも見ている景色とどこかが違う、と思った。
夫が出掛けた後に洗濯機を回して、次はお弁当を詰めている内に子供がやっと起きてきて、ガチャガチャと言いながらご飯を食べて、学校に行くのを見送る。食器をチャチャッと片付けて、時報代わりに点けていたテレビは不要になったのでパチっと消す。その後丁度洗面所の隣に置いてある洗濯機がピー、ピー、ピー、と音がなった。潰れないまま使っている年季の入った洗濯機は、どこか古い音がする。かといって、新しい音がどんなものなのかまだ知らない。冬は汗をかかない分、洗濯物の数は少なくて済むが、嵩張るので、結局籠いっぱいになる。その洗濯物を干しながら、思った。
3階のベランダからの眺めは、他の住宅よりも少しだけ高いのでその分だけ遠くまで見え、地面からそれほど離れていないので、近所の様子がよく見えた。
窓の扉を閉める時に、いつも見ている景色とどこが違うのかに気が付いた。視界に広がる景色のうち、ある雑居ビルの窓が、今日は珍しく開いていた。古いビルは取り立てて特徴もないが、見慣れているものが少し違うと、視界に傷がついた様な気持ちになる。窓の中の暗い穴に見えない不安と目が合う。
それから、もう少し視線を下げて焦点を合わすと、その少し離れた所にある神社の境内にある深い緑色の繁みに、いくつも白い点、赤い点、ピンクの点、斑入りの点があり、とりどりに色が映える。冬の樹木の色には濃さがある。緑や白やピンク赤などの色の中を、小さな薄いオリーブ色が跳ねる。留鳥のメジロは寒くなっても遠く離れた暖かい場所に移動することなく、街の中の樹にやって来ては、冬でも咲く花を探し飛び回る。
チュルチュルッチュ、チュルチュルッチュ。
部屋の中に入ると、9時過ぎにパートの仕事に出掛けるまでに、部屋の掃除を済ませて、それから一息、お茶を淹れてのむ。受信機にスイッチを入れる。
臘月になってすでに半ばを過ぎた頃、太郎冠者は青鳥より文を受け取り旅に出る。読むと宴に呼ばれたらしい。出発の事前に太郎冠者は隣宅の侘助を誘ってみる。侘助はそれどころではないという。話を聞くと、蝶の遊びの浮ついた気分で出会ったはずが、雪小町という女に心底惚れ込んで、その年豊作だった田に降りた白鶴を見てまで、雪月華といい重ねる始末。太郎冠者はただ絞り笑顔で後にする。
太郎冠者は独り月光の下、有るか無いかの道標を頼りに曙まで彷徨う。港の曙、開けた視界は美しく、夜に1つになった海と空が再び二分されはじめた。闇を含む海の上を潮を含んだ冷たい風、旭の海には磯千鳥飛ぶ。浜で藻汐を舐めてた紅小雀が、道を引き継ぎ案内し、辿り着いた屋形舟は七福神乗る宝船。促されるまま同乗し、雲龍ごとくつき進む。太郎冠者は揺られるうちに眠りに落ちて、再び気付けば、太陽高し。船降りてすぐ桃園の先、荘厳構える館が見える。門番勤める白獅子に、用事を言えばするりと、門の中通す。長い通路の先の扉が開くと、とうとうそこに西王母現れ、絶世の美に太郎冠者は声無くす。
久寿玉割れて宴は始まり、安見児達が太郎冠者に次から次へと皿を運ぶ。福鼓が鳴り揚羽蝶のごとく緋乙女達舞う。西王母に御膳を運ぶは、大鷲、小鷲。不思議に思った太郎冠者は、青鳥に質問する。そこで宴は突如の佳境、最後の皿にのせられた桃が差し出される。同時に西王母の御美衣に隠れたその真姿、豹の尾が付く獣虎の身に驚く。太郎冠者はすぐさま逃げ出して、追っ手の荒獅子からがら振り切り、月照忍んで辿り着いた赤い灯は、たたら吹きする村下の男。村下の男は火を見過ぎたために目が悪くとも、手元は確かに衰えもせず、丁字車の刃文を作り出す。太郎冠者は村下にこれまでの話を武勇のように得意に話し、それを聞いた村下は、桃は不老長寿の元という。この刀にも敵わない、と言い太郎冠者にて振りかざす。
太郎冠者は再び逃げ出して、ようやく家にたどり着く。隣の侘助尋ねると、太郎冠者が語るより前に、侘助が先に泣き言を言いだす始末。かの雪女は春雨錦になり消えたと言い、銀盃重ねて傾城する。命あっての物種とお互い慰めあって、ひとときの夢に着く。
アー オナカ イッパイ。
そのうち、ごま塩頭と頬に紅をさす、つぶらな茶眼のヒヨドリがやってくる。
そろそそ丁度いい時間になった。受信機のスイッチを切って、出掛ける支度を始める。
午前9時:
落ち葉の全盛期。大通り沿いのビルの4階にあるオフィスはガラス張りの窓になっていて、一面に白いブラインドが下ろされていている。天気が良い日は外からの光が眩しいので、たいていブラインドが下ろされてスクリーンになる。その広がった白い画面に、黒い小さな物影が沢山映り、一斉に渦を巻いていく。渦はそれ全体が生き物の様に、上にも下にも移動したり、離れたりまとまったり、大画面で形を変えて、はみ出す。
舞いながら4階の高さまで登って来た落ち葉は、窓の外のケヤキの街路樹からのもので、枝からひっきりなしにパラパラと葉が落ちる。
営業マンは出払っていて、残された数人の同僚たちで会話をする。
「なにかと思ったら、落ち葉ですね。」
「雀かと思いました。」
書類を手に持ったA子は、会議用の資料をコピーする。請求書を印刷する。A子は子自身を印刷する。
葉と鳥がモノクロにコピー機でコピーされて、何百枚も影になって区別がつかない。外の木枯らしに乗って飛んでいく。
午前10時:
閑古鳥が鳴く。
午前11時:
お昼前になると急に雨が降りはじめる。ゆっくり降り出した雨粒は、真っ直ぐ重力に引っ張られて降りてくる。線の軌跡を描いて落ちてくる。
11111111111
イチがたくさん落ちてくる。数字だけでなく、風が吹いたり空気が抵抗したり、間間の微細な雨粒に起きる些細な出来事に、さまざま形を変えて降ってくる。
い|Ⅰ Ⅱ Ⅲ I i!J u し
窓の向こう側、奥行きに降る雨の形と、窓ガラスにぶつかった雨の形は異なって、跳ねた雨の軌跡がレレレと響く。
vwvwv小雨のしぶきとWWVVV大降りになった跳ね返りとXXX土砂降り雨。
雨は雲の上から地上にぶつかる時、それぞれが小さな音を立てている。それぞれの雨音なのだけれど、それがあまりいっぺんに粒が降ってくるので、全部が混ざって単音の変化のない長音になって聞こえてくる。それが全部まとめて一つの雨音と呼ばれる。
111階の高層ビルの高さは東京タワーと同じ333m。その高さから見渡す雨の形と音は、地上よりも遠いところまで見える。地上から遠く離れたが、近づいたはずの灰色の空にはまだ届かない。
1111|ⅠⅠ|||||llllII!!J||||U11111||II11。
正午:
母親が忙しそうにパソコンに向かいながら、「あ、もうこんな時間。お腹も空くはずだわ。夕方の締め切りに間に合うかしら。カナコ、そろそろ0を採って来てくれる?」ちゃぶ台で絵を描いていたカナコは手を止めて、大きな声で返事をする。「はぁい。幾つ?」「オムライスを作るから、三つあるといいわ。だけど、小屋にある分、全部そこの籠に入れて持って来てちょうだい。踏まない様に、よく探してね。」
カナコはオムライスと聞いて嬉しくなる。先日の5歳の誕生日にも母親に言われた通り、台所にある籐の籠を持って、カナコは裏庭のニワトリ小屋に行く。
000000
裏庭の雑草は秋口に刈ったきりだった。真夏程の勢いではないが、その後の残暑で、また伸びてしまっている。それがそのままになって、裏庭を囲み、最近は寒さと朝方の霜で枯れ始めている。日中も陽が照っていると温かいけれど、晴れていると空気が冷たい。カナコがニワトリ小屋の扉を開けると、中の住鳥たちは驚いて、羽をバタつかせてちょっと跳ねる。かなこは乱暴ではなくて大雑把な仕草だけど勘を働かせて0がありそうな所を探す。ニワトリは5羽いるので、だいたい毎日5つ0がある。母親が言っていた3個はすぐに見つかる。なぜなら、几帳面な性格のニワトリ3羽はいつも同じ場所で0を生むからだ。だけど、残りの2羽が問題だ。1羽は他よりも少し年をとっていて、たまにしか0を生まない。そしてもう一羽は、いつも思いがけないところで0を生むので、2つ探すのは、宝探しのような気分になる。
案の定、今日も000はすぐに見つかる。残りを探す。
000000
「もういいかい」
「まーだだよ」
どこかで隠れん坊鬼をする声がする。
「もーいいかい」
「もーいいよ」
カナコは今日はなかなか見つからない残りを探しながら、「もーいいかい」「もーいいよ」と繰り返し言っていると、とうとう1つ、石の陰に見つける。カナコが持ち上げると、くるっとこっちを振り返ったかと思うと、白くて丸の中には目と鼻と口がついた顔があって、そこから手足が飛び出していた。
「わーびっくりした。なんだお前」
と顔がいうので、カナコはびっくりしてしまい、その0を落とす。丁度石にぶつかった。割れた!と思ったカナコは、立て続けにびっくりする。でも、よく似た何かは割れていなかった。
「痛っ何すんだよ」
「あー見つけた」すると、もう1つよく似た0が出てきて、2人は会話をし出す。
「なんだよう。見つかったじゃないか」
「次、オニ交代」
と言って、何もなかったかのように、またどこかに隠れるために、消えていった。その後、いくら探しても、カナコは残りの2つの00を見つける事ができなかった。
午後1時:
再び、閑古鳥。
午後2時:
鳩三景
公園で小腹を満たすためのお菓子を食べていた。雨上がりで、まだ曇っているような、またいつ降り出すかもしれないような空だった。公園にはベンチがいくつかあったけれど、藤棚の下の御影石の切り落としただけの四角い椅子が藤棚という屋根のおかげで比較的濡れていない様な気がして、そこに座る事にする。
すると、公園ではごくよく見る光景の鳩がいて、それが段々とこちらに近寄ってくる。さっき近所のパン屋で買ったアンパンを食べる。2匹ぐらいの鳩が、一定距離近づいてきて、こっちを見るともせず、しかし、確実にパンを狙っている。その間、こちらは本を読みながら、ビニールで包まれているパンを、出来るだけビニールから外に出さない様にして食べていく。河原でご飯を食べている時に優雅にコロッケを掻っ攫っていく勇敢な鳶。だけど、多分鳩はそんな事は絶対しない。そんな勇気もなく、自分にいつか何かの幸運が訪れるのではないかと期待だけしながら、近寄って来て、自分では行動を起こさずに、幸運をもたらしそうな周りを取り巻いてうろうろする。とても卑怯でやましくやらしい感じに思えてきた。そして、そういう鳩が、そういう人間に思えて来て仕方がなくなってしまった。自分も場合によってはそういう人間になっていて、そういう振る舞いをしている事がある事を思い出し、反省するとともに、やはりそういう鳩がうっとうしいと思った。
読んでいる本はさっきまでの雨で濡れている藤棚から、定期的に無音でそっと落ちてくる雫でたまに濡れた。
公園でお菓子を食べていると、食べているお菓子が1つ落ちる。ビルに囲まれた街の中心地にある公園は、子どものための場所ではなく、誰のためなのか場所なのかわからない、対象年齢が不明な殺風景な空間になっている。半人工的で、地面は赤い素焼きのレンガタイルが敷き詰められていて、その上にどこかから飛んできた砂がパラパラと混ざる。得体がわからない街中の不衛生さが漂う。座る場所もなかったので、そんなところで食べていた。お菓子が落ちた事により、ゴミが1つ発生する。拾うのは、今食べているお菓子を食べきってしまい、他に口に運ぶために抓むものがなくなってから、空になった菓子袋に一枚戻して、家で捨てるのが良い様に思い、しばらく放っておく。その内に、必ずやってくる動物、鳩がやって来る。鳩は嘴で菓子を一突きして、砕く。食べやすい大きさになった菓子を数回に分けてゆっくりと食べる。公園の鳩が狙っていたチャンスについての合点と、ゴミが再び食べ物になったことと、思わぬ相席者が現れた出来事だった。
自転車に乗って大通りを走る。冬はやはり寒いのに、自転車に乗ると全部が吹き飛ぶほど寒くなる。日が差し出した空の下で、日向ぼっこしてる鳩が本当は長い首を引っ込めて、これでもかというくらいに首を短くして、羽とお肉で顔の回りにもふもふしたマフラーを巻いたみたいになって、目を瞑っていた。
午後3時:
公園の池の上に浮かんでいる船の上に、若い男女が向かい合わせに乗っている。それを横でみている白鳥は、会話を盗み聞きしようとしている。池に漂う波の音に混ざって聞こえて来る会話は、白鳥の羽の様に真っ白な会話。純真無垢な白さ。何も考えない白さ。
男女の緊張した面持ちは、おも白さのない重さ。言葉がなくても幸せだと思う女の子。どんな会話をしても相応しくないように思えて、頭の中に浮かんだ言葉をいくつも押し潰していく男の子。どちらも何も言わずに空白の時間だけが過ぎていく。
白鳥の薄情な表情は、白状することのない本音を意地悪に待っている。
午後4時:
「まもなく閉館時間です。お見逃しの動物が内容、ご注意ください。」
冬の動物園は夏よりも30分早く閉館する。閉館15分前のアナウンスが流れる。
広い園内では、寒さも手伝って3時を過ぎるとどんどんと減っていった入園者は、もうすでに疎らだった。残った人たちも、耳にした忠告に従って、帰り道を探し始める。
ペンギンを見ている少年の前に、閉館前だというのに、飼育員のおじさんが、青魚をバケツ一杯に入れてやって来た。青魚はつやつやと光り、明らかにこれから何かが始まろうとしている。おじさんにしてみても、ペンギンにしてみても、閉館の時間は関係がないのだ。
そのおじさんがやって来たことに気付いたペンギンたちは、ドンドンと集まって来て、さっきまでいなかった、奥に隠れた個体までが溢れ出て、近寄ってきた。おじさんはバケツをひっくり返して、池の中に魚を落としていくと、ペンギンたちはみんな水中に飛び込んでいって、我先に魚をくちばしで掬い上げて、丸呑みしていく。
その飼育員のおじさんは、丸いお腹を突き出して、足は短く、ひょこひょこあるく。まるでペンギンそっくりだった。
動物は飼い主に似るというけれど、飼い主の方が動物に似ているパターンだ。
動物園では主客が逆になっているのも原因の1つかもしれない。
午後5時:
近所の銭湯も冬至の日は、柚子風呂になっている。古くて小さな銭湯は、湯船は2つしかない。小さいサイズと大きいサイズの湯船だ。大きい方の湯船には、泡風呂の装置がついている。泡風呂は2つあるけれど、いつも1つしか動いていない。はじめは故障したのかと思っていたけれど電気代の節約になるらしい。
柚子の入れ方は、年によって変わる。新幹線で売られているみかんのように大きな赤いネットに、入ったものが湯船に括り付けられている年もあった。どちらの湯船にも均等に浮かんでいる時もあったし、大きな湯船に浮かんでいる年もあった。今年は、一方の湯船に柚子が50個以上浮かんでいた。少しぬるめのお湯で小さいサイズの方だった。大きい方の湯船のお湯は少し熱かった。
一緒に入っていた知らないおばさんに、柚子嬉しいですね、と言われたので、たくさんありますね、というともう一度、嬉しいですね、というので、はい、嬉しいです。と返事をした。
浴槽の側面には泡が出る部分があり、その水圧に押されて柚子は反対の側面に並ぶ。柚子は水に浮かべて遊ぶひよこが並んでいるみたいになっている。おばさんが動くとおばさんについて一緒に動く。おばさんが湯船から上ると、1人分の体積がなくなった水かさが少しだけ低くなる。
しばらく1人で柚子と水面の泡を見ている。ずっと水が流れて泡が湧いている浴槽の水の揺れ方。壁に蛇口が並んだ洗い場で、人が丁寧に体を洗う後ろ姿。
黒くて艶のある長い髪の毛が垂れた若い背中は、肉厚で色白の身体をしている。
かなり高齢のおばあさんがぺたんと床に座って、自分の体をとても丁寧に洗う。時間を掛けて洗われる身体は肌色で、形は年を経た分だけとても不思議な形をしている。
またさっきのおばさんが戻ってくる。柚子風呂なのに、浸かるのがやっぱり一回だけだと勿体無いと言う。
別のおばさんが、手に柚子を持ってやって来た。もう片方の湯船にひとつだけ柚子が浮かんでいた、と言って、たくさんの柚子の中に混ぜた。
風呂から上がって脱衣場で、さっきのおばあさんが他のおばさんと喋っている。銭湯までどれくらい時間が掛かるのかの問いに、
「私の足では銭湯に来るのに20分かかるんだけど、歩いている途中に人に出会うと、それが30分になったりもしますねぇ。」
「えらい時間やっぱりかかりますね。」と質問したおばさんは労う。
続けておばあさんは、それでも、と言う。デイサービスのお風呂よりも、熱くてたっぷりのお湯はお風呂に入った気分があって、断然銭湯がよいと言う。デイサービスのお風呂には、彼女の主人が世話になる時に、体験として入っておいた方がよいのではないか、と言われて入ったそうだ。
古い銭湯の脱衣所の天井に飾られている欄間の意匠は、細かな細工がされている。その中にある飛翔した鶴は、木の色と硬さのある滑らかな質感が、今は服に包まれたおばあさんの身体に似ていた。
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