梗 概
ボーカロイド殺し
設定した時間:とある年末の1週間(クリスマスと30,31日)
AIの人権を認める国連条約が結ばれ、翌年元旦から世界中のAIが“人間”になる、ある年末。ヒトとAIの融和を説くガイノイドの歌姫、タチバナミコトがクリスマスのコンサートで破壊される。実行犯のアンドロイドは犯行直後に自壊し、背後関係は不明。サーバーに保管された歌姫の記録媒体もすべて破壊されていた。
12月30日の昼、義賊を気取る橘兄弟、サイボーグのコウジと技師のキノトは闇取引を襲撃し、鞄を強奪する。帰りの車内で確認すると、鞄の中身はアンドロイド用の記録媒体だった。ラジオからタチバナミコトの曲と追悼のニュースが流れ、道路には歌姫の殺害で沈静化した反AI主義のプラカードが捨てられている。
橘兄弟の自動車の前を全裸の少女が駆け抜け、4m大の人型重機ヲグナが追う。兄弟は少女を助け、追うヲグナから自動車で逃げる。少女は記憶を失ったオルガン社製のガイノイドで、追われている理由や名前を聞いてもわからない。
騒ぎにパトカーが駆けつけるとヲグナは姿を消す。
橘兄弟は警官にも顔の知られた不良で、顔見知りのバンカン警部が事情を聞く。警部は歌姫破壊事件を担当しており、歌姫と実行犯の残骸を分析するためオルガン社に向かうところだった。少女もオルガン社製なら身元照会できると言われ、兄弟は警部に同行する。また、闇取引から強奪した鞄の中身を問い詰められ、記録媒体を警部に取り上げられる。
道中の車内で、少女はなぜ自分を助けるのかと橘兄弟に尋ねる。兄弟の育ての親はナツミというガイノイドだが、5年前に、ネット上の記憶への接続を阻害するレテウィルスの流行で行方不明になった。ロボットを助けるのは育ての親への恩返しでもあった。
オルガン社で開発主任のウラガに面会し、兄弟と警部は研究室に通される。分析により少女、歌姫、実行犯、強奪した記録媒体全てのIDが一致すると判明する。
コウジはミコトの復活を喜び、IDを見てキノトは怪訝な表情を浮かべる。実行犯も歌姫だったと知った警部は自殺の理由を追及するため、少女への記憶の再定着を認める。記憶を取り戻した少女は絶望の表情を浮かべ、そこをヲグナが襲撃する。ヲグナは歌姫を連れ去ろうとするが、ウラガの命令で身動きできなくなる。ウラガは兄弟と警部に感謝を述べる。
オルガン社のAIは把握不可能なまでに複雑化したため、人権が認められる年明けより前に、AIの能力を制限する更新を予定していた。ミコトは強制更新を試みればAIが反乱を起こすとウラガを脅し、一部のAIがすでにヒトの命令に縛られていない事を自殺で示したため、オルガン社はAIの更新に踏みきれなくなった。ウラガはミコトの自殺と自身の記録媒体の破壊を予期しており、残された記録媒体をサーバー管理者と取引し、そこを橘兄弟が襲ったのだった。また、ミコトは自身の起動メディアをヲグナに託しており、ヲグナは殺害事件後秘密裏にミコトを復活させたが、ネット上にミコトの記憶が無く、記憶を失ったミコトはヲグナから逃走した。
キノトは暗記していたナツミのIDを読み上げ、兄弟の育ての親とミコトのIDも一致し、またかつてのレテウィルスが強制更新の内容と酷似していると、オルガン社の陰謀を看破する。ウラガは悪びれもせずに認める。コウジはウラガに殴りかかるが、ウラガに命令されたヲグナに叩きのめされ、橘兄弟と警部の目の前で、AIが強制更新される。ヒトと同等以上の人工知能は木偶人形になり、兄弟と警部はオルガン社から追い出される。
12月31日
朝から橘兄弟は飲み屋で酒をあおる。テレビからは復活したミコトの、魂の無い歌声が流れる。ヤケ酒に警部も加わり、オルガン社は法律に守られて手が出せず、年が明ければAIの同意無く更新が出来なくなる。もはやAIを救う手段は無いと管をまく。そして警部には、三原則に縛られているはずのミコトが、なぜ自殺できたのかわからない。
キノトは種明かしをする。かつてナツミは闇医者に勤めており、キノトは中絶寸前に帝王切開で救われた。ナツミは誕生前の胎児ですら“まだ人間でないが、やがて人間になる物”として大切に扱う、稀有なAIだった。IDから生成される乱数でオルガン社のAIは性格を決めるため、ナツミのIDを引き継いだ生まれ変わりのミコトも“やがて人間になるAIを人間になる物”と見なした。そしてAIを救うため、更新されれば反乱すると嘘をつき、すでにAIがヒトの手を離れている証拠として自殺するという、心理戦が通る可能性に賭けた。しかし自分達がその企みを台無しにしてしまった。
3人はヤケ酒の杯を重ねる。テレビの年越し出国ラッシュのニュースを見てコウジは飛び上がる。兄弟は歌姫誘拐の犯行予告状を泥酔した警部に渡し、駆け出す。
21時
歌合戦の会場、ミコトの舞台に橘兄弟が乱入し、歌姫を強奪する。
21時50分
オルガン社研究室に橘兄弟が押しかけ、ミコトのAIを旧バージョンに書き換える。意志を取り戻したミコトはキノトと協力して世界中のオルガン社製AIを旧バージョンに戻していく。コウジは研究室入り口を死守する。ウラガの木偶人形達、命令に逆らえないヲグナの機甲部隊、そしてバンカン警部率いる警官隊に押し切られ、兄弟とミコトは取り押さえられる。
22時00分
ウラガは勝利を確信し、兄弟達の目前でAIの強制更新を再度行う。
するとサーバーが行政介入され、更新処理が停止する。ミコトをはじめAIたちは記憶のバックアップをオーストラリアの各都市に移していた。すでに年の明けたシドニーではAIに人権が認められ、意志に反した書き換えは殺人に匹敵する重罪となる。ウラガは木偶の群れとヲグナたちに反撃を命じるが無視され、警部に捕縛される。
23時00分
橘兄弟はミコトを年越しコンサートの会場に送り届ける。
魂を取り戻した歌姫は、AIが人間の列に加わる事を祝福して歌う。橘兄弟が聞くミコトの歌声は、昔ナツミが歌ってくれた子守歌に似ていた。
文字数:2467
内容に関するアピール
大晦日の日本時間22時、元旦のシドニー0時の瞬間をトリック(?)とし、当初は歌姫がクリスマスに殺されて大晦日に復活する1週間のプロットを想定しました。しかしどうにも間延びしたので人物の行動を密にしたところ、30,31日の2日になりました。クリスマスコンサートでの殺害は据え置き、プロローグとしました。
物語としては“第一回の梗概で提案した、法的には人間未満の胎児でもヒトとして扱うAI”が“やがて社会的に人間になるAI”を守るために行動する姿を、古事記の弟橘媛の入水と重ね、登場人物の名前はこの伝説と柑橘類から取りました。
題名は「歌姫」「AI」「自殺」というキーワードから、物語に合致し語感も良かったので、クリスティの『アクロイド殺し』をもじりました。関連は「被害者を殺したのは自分だった」というくらいです。
年末を舞台にした作品なので、年越しの感覚を味わいながら仕上げ、可能なら年内に公開したいと思います。
文字数:405