梗 概
白沙の夢
【経過時間 一時間】
「いつか来ると思っていたよ」消え入りそうな声で、且座(シャザ)は末期の言葉を吐く。
こと切れる彼の頭から、廻(メグリ)は無表情でウアキタイト製の刃を引き抜いた。頭殻に空いた穴から、幾条もの白い砂が音もなく落ちる。
裏切者の且座が逃げ込んだ小惑星は、一面を白い砂に覆われていた。それは彼ら『沙詠み』の一族の排泄物であり、身体の一部でもあり、子供でもあった。『沙詠み』は外殻に詰まった沙を神経系として駆動し、認識によって生まれたノイズを砂として排出し、またこの砂を新たな外殻に詰めることによって繁殖する。
且座を殺した廻は、小惑星の居住区を出て、砂の表面へと手をつく。この惑星中に混ざっているはずの砂――かつて廻の恋人であった七式(ナナシキ)の砂を集めてよみがえらせることが、廻の目的だった。
指先の外殻を開くと、小惑星を覆う白砂が内包する情報が、奔流となって自分の体へと流れ込む。それは廻の予想を超えて強く、罠だと気づいたころには、彼の意識は砂の中へと取り込まれた。
仮想外殻を形成し、拡散しようとする意識を繋ぎ留めた廻は、自らがマンションの一室にいることに気づく。ふと見た自分の姿は、灰色の外殻ではなく、黄色じみた、奇妙に柔らかな膜状のものに覆われていた。
「あら、もう帰っていたの」
ドアが開き、自分と同じような奇妙な外殻で覆われた生き物が入り込んでくる。それが探していた七式であることを廻は直感するが、彼女の記憶からは沙詠みの記憶が一切消えていた。
説得を試みようとする廻だが、だんだんと自分のほうが夢を見ており、沙詠みとしての生のほうが夢だったのではと思い始める。数か月が経ち、この世界の暮らしに馴染みはじめたそのとき、町が突如として不定形生物の襲撃を受ける。
七式を守りながら逃げようとする廻を、且座と名乗る青年がそれを助ける。沙詠みとしての記憶が薄れていた廻は、彼を仲間だと思い、ともに逃げるが追い詰められてしまう。
だが、その不定生物がほかならぬ自分自身であることに、廻は気づく。小惑星で且座を殺害した体殻は彼の一部でしかなく、本体の大半は彼が乗ってきた宇宙船の内部にあった。『沙詠み』による異常を感知し、本体が仮想世界へと侵入したのだ。
仮想世界で廻の逃走を助けていた青年・且座は一転して敵意を剥き出し、同時に仮想世界すべてが形を変えて廻たちを襲う。しかし、惑星内の粒子すべてを観測した廻の本体は、仮想世界の時間の流れや因果律を掌握することに成功。廻は小惑星の砂に転写されていた且座の自我を撃退する。
しかし、七式の自我は不完全だった。且座がこの惑星に混ぜた七式の砂は一部でしかなく、廻の記憶を含む他の砂は既に宇宙に廃棄したという。彼女を取り戻す術はないと言い残して消える且座。
惑星の仮想世界から抜けると、現実では一時間もたっていなかった。彼は惑星の中で七式と過ごした記憶を思い出し、決断する。
「彼女の記憶が宇宙すべてに希釈されているというのなら――俺自身がこの宇宙を満たせばいい」
再び沙詠みを行う廻。もはや彼そのものとなった小惑星は、少しずつ膨張を始める。
この宇宙すべてを呑み込むために。
文字数:1300
内容に関するアピール
胡蝶の夢的な感じで、仮想世界に入り浸っていた数か月は現実世界の一時間にすぎませんよ、という物語にしました。
楽しく切なく面白いお話にできればなと思います。
文字数:76