きつねの市へおいで

印刷

梗 概

きつねの市へおいで

今年妻と共に還暦を迎えることになった栗間(ぐりま)は、妻の容(いるる)のために何か結婚記念日のプレゼントを買いたいと思っていた。ぐりまはずっと大学の総務部に勤めてきた。趣味の山野草を育てている小さいけれどりっぱな庭を持っていること、無事に子ども二人を独立させた他には誇ることはほとんど無い。いるるへの贈り物について悩みながら庭仕事をしていると、見知らぬ子どもが話しかけてくる。子どもは庭で育っているカラスウリを『どんぐり』二つで売ってくれ、という。ぐりまは最初、きつねが化かしに来たのかと勘違いする。

『どんぐり』は主に福祉を目的として考案された仮想通貨だった。プロジェクトに賛同する複数のNGOによって運用され、子ども・女性を中心とする利用者、賛同者によって利用されている。取引可能な商品はきびしく制限されているが、地域経済の保護も目的の一部とされているため手工業品の取引はフリーとなっている。ぐりまは寄付活動に賛同することによってどんぐりでの商取引に参加できることを聞き、『狐市』という場所でどんぐり取引が行われている、という説明を受ける。

『狐市』と呼ばれているのは、どんぐりを通貨とした取引が行われている定期開催のマーケットだった。普段は何も無い空き地に出展者が集まり、衣類から革製品、家具、食器、それらの材料などが出品されていた。ぐりまがカラスウリを売った子どもは、母親のブースでカラスウリで作った灯りを売っていた。ぐりまが目を止めたのは、一枚のショールだった。ぐりまは何故かいるるを思い出す。ショールを購入しようとするが、店主はどんぐりでの決済しか受け付けないという。後日どんぐりを集めてくることを約束し、店主に取りおきを依頼する。店主は「もし買えるのなら」売ってくれると約束する。

翌日、ぐりまは『どんぐり』を円で購入しようとするが、仮想通貨市場でどんぐりの値段が高騰していることを知る。ぐりまが驚いていると、資産運用を趣味にしている同僚が、現在では買い注文が相次いでいるのだと教える。元々発行額が限定されているどんぐりは購入すること自体が困難になっていた。そこでぐりまは自力で『どんぐり』を稼ぎ、ショールの購入費用に宛てなければならないのだと悟る。
ぐりまが販売しようと思いついたのは、植物に感染させることで変異を起こさせる菌類、その培地がセットになったキットだった。園芸品種のF1作物は雄性不稔が一般的だが、『おしべ』を発生させることが出来れば、園芸作物同士の間に交雑種を作ることが可能になる。ぐりまは大学時代に発表した同キットで評判を得たが、発表後、研究職からの内定が取り下げられたことを思い出す。

ぐりまは最初にカラスウリを買いに来た子どもを探し、庭で取れたものを出展代分のどんぐりと交換してもらう。狐市にブースを出し、売り出したキットは他の出展者の評判を集め、購入者間で話が盛り上がる。麻や綿を交配し、個性的な素材を得たいと提案したのは、狐市に来ていたいるるだった。いるるは夫に黙って数年前から狐市で布作品を出展していたことを明かす。いるるはかつてぐりまの販売したキットを使い、繊維からテキスタイルの自作を行っていた。プレゼントにしようとしたショールに見覚えがあったのは、かつて、いるるが夫に贈ったものと同じ素材で作られていたからだった。ぐりまはキットの売り上げでショールを購入しいるるに贈る。

その後ぐりまは、投資目的でどんぐりを購入していた同僚に、どんぐりの暴落で大損をしたのだと聞かされる。ぐりまは落ち込む同僚を狐市に誘う。狐に化かされたと思って来てみれば、きっと良いことがあると。

文字数:1500

内容に関するアピール

動物がどんぐりで買い物をするのはメルヘンの世界です。でも『どんぐり』が通貨の要件を満たしていた場合は? 市場原理とは異なる振る舞いをする仮想通貨が成立したとき、現実に重なるレイヤが出現するのではないでしょうか。異なるモラルの上に成立する市場は、別世界のように見えないでしょうか?

文字数:139

課題提出者一覧