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梗 概

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 ある匿名のコア開発者ー彼はかなり初期、論文が発表されておそらく最初にビットコインのシステムを実装し始めたコア開発者の一人であり、素性を伏せ続けた人物であるーが決定したビットコインコアのルールは、仮想通貨とは何の関係もなく、物理学上の重要なパラドクスを人為的に引き起こしたようなものだった。そこでは何らかの動作と入れ替わりに<系からの情報の損失>が起こっており、ログの公開により物理学が大幅に更新された。
 その損失について「それはかつて<彼>だったものだ」とある批評家が発言し、炎上した。
 さて実際にそのプログラムは<彼>の理想であり、<彼>がなろうとしたものであり、彼はそれを作り出し残した代わりに失われた。
 その<彼>はかつて一人の画家だった。


 27歳の批評家兼プログラマである僕 常盤 譲は、47歳の天才画家、宇敷丹三郎に三年間インタビューを続け批評家名義で本を出版しようとしていた。
 録音機材を忘れた事に気づいた僕は宇敷の表参道の家に引き返すが彼はおらず、扉を開けると人体から引きずり出された全身の巨大な神経組織が屹立していた。後ろを振り返ると宇敷がいた。
 インタビューは嘘だったと僕は知る。彼は今までこれ(神経組織)で絵を描いてきたのだ。床には彼の内臓が散乱していた。無意識が対象の本当の歪んだ姿(肉)を暴くのだという話も嘘で、内臓を見て内臓を書いていただけだった。
 「変わりたいんだ」宇敷は言った。
 「天才とは一つの生物のようなものなんだ、歪みを持っているが矛盾のない一つの完璧な仕組みだ。僕は絵に対して一つの生き物つまり天才になりたいんだ」 
 「今自分は神経に分子生物学による改変をして絵を描いている。だが私の卓越したプログラミング技術による自己改変の計画がある。協力してくれ」
 偶然性によって完璧な必然性がもたらされるべきものが絵だ。宇敷は自分を矛盾を含まない存在に変質させる必要があると思っていた。それは宇敷の持つ普通であらねばならぬという強迫観念と矛盾しなかった。


 僕の最初の協力は嘘のインタビュー本の出版だった。変質的に筋を通し<天才>としての虚像を作り上げていった。宇敷の絵に対していずれ形成されてしまうだろう、どう作ったかという筋に抗うことを常盤はしてくれる、自分を守ってくれるのだと宇敷は考える。だから常盤に対し「今はこんなだが自分は絶対に本の通りになるから」と許しを請い、自己を虚像と同じ形に改変するよう着手する。
 元コア開発者である宇敷と僕は、僕が会社から盗んだ技術を目的に耐えうる物に改良していった。僕はプログラミングに劣等感を抱いていたが、最後に粒子の状態と衝突表(F行列)の逆算を大量に同時におこなうためのショートカットコードを書く。

 常盤が帰ったあと宇敷は物理学で使われる粒子の衝突の表(F行列)を利用し脳内の荷電性粒子を望む姿にする方法を思いついていた。表からの逆算により衝突を決めていくのだ。荷電性粒子を動かすことにより宇敷はニューロン層の確率ベクトルに<検証が行われない範囲>をつくり出した。<考えることができない範囲>の穴を開けることにより、自分の脳を彫刻のように削り出し、天才の形と同じにするのだ。

 宇敷は自分の脳内に<天才>をつくる。それにより粒子の表は歪曲した。<天才>を作り終えた彼は再度脳とプログラムを同期させその状態で絵を描き始める。彼の頭の中では星が衝突し色々起こってブラックホールになるのと同じ過程が起きていた。重力に相当するデータ上の変数が粒子が衝突してできた核の縮退圧を凌駕するため重力崩壊を続け蒸発し、彼の情報が系から失われるというパラドクスが起きた。彼の脳にあった全ての(天才以外の)情報は失われた。
 常盤が彼の家に帰ると彼と同期された神経の挙動がおかしいことに気づく。倒れ伏している丹三郎を見、ログを読み、何が起こったかを把握する。丹三郎は内臓も神経も失い、彼の理想の<天才>と入れ替えられて決定的に破損してこの系から失われた情報になり、骨だけが残っているのだ。常盤は「いよいよ本人がいなくなった」といい、丹三郎の神経を廃棄し、批評家をやめる。この一件をきっかけに才能を発揮できるようになり、天才プログラマーとして活躍していく。その後丹三郎のことを思い出すことはなかった。

文字数:1778

内容に関するアピール

一般の人が考える最先端の技術を題材に書くという課題なので、仮想通貨に携わる技術者の楽しい話をサイバーなイメージをマックスにして考えた。人間が徹底的に分解され最後は消えてしまう話が面白いと思い書いた。  

絵を通して見た論理があるということは、それを持っている<誰か>がいるかもしれないということで、宇敷はずっとその<誰か>に引き寄せられ、その<誰か>を作り出す。作られたプログラムは、宇敷が考えた頭を持つ誰かの形だ。宇敷がそれになろうとしたら(したから)入れ替わりが起き、宇敷は消え、その誰かがポンっと引きずり出されて誕生した。(宇敷にくっついて人間になろうとする何か(人ならぬもの)が、段階を踏んでこっちに近づいてくる。宇敷は逆にそれに近づいていった)

 

宇敷はこの物語において、徹底的に引き千切られ、分解される。宇敷自身によって宇敷の神経と内臓は全て引き出され、常盤によって宇敷のアイデンティティの根幹に関わる問題は常盤の成長譚に必要な要素の一部として消費され、宇敷が愛した宇敷の絵画は(著名な人物の宿命として)守られず、様々な者の手によって限りなく宇敷に近いが宇敷ではない、どうその作品が形成されたかという筋によって分解される。全てのものが彼を殺すように動き、時系列的な矛盾が生じてしまうが、宇敷は全てが引き千切られていくことをなんとなく予感していたので、それをおそれて、予め逃げるために連れて行かれるようにしたのではないかとも思えてくる。

情報(自分の脳の情報で天才以外のところ)を逃すようにした(失われたところが逃げたところ)

 

3 マッドサイエンティスト

「真面目なマッドサイエンティスト」的な人をこれまで書いたことがなかったので、書いてみたかった。作品をどのようにかけばいいのだろうと真面目に考えて、自分の内臓をわざわざ出すようなタイプの人。
彼は自分の神経を引きずり出し、それに分子生物学を応用したプログラミングを行い絵を描いているのですが、神経組織の形状は上の写真のような感じです。

 

4 

全ての要素が本来のところからすり抜けているようなものでできていて、歯車が空回りしていく話。画家である宇敷が絵に対して正しい存在でありたいと考えているのに正しくない方法で絵を描いている。それとは別に正しいことへの強迫観念があり、正しくなろうとして虚像を先につくりはじめる。そして今現在の自分がどうやって絵を書いているかということを全く考えていなくてただの正しくないことと思っている。

作品における全ての要素が捻じ曲がっていて、虚偽に溢れている話にも見える。どちらかと言うと、色んな行動と考えている事に矛盾が有ることで話の筋から逃げようとしているのが楽しいと思った。

 

5(補

・ニューロンの確率ベクトル

各ニューロンは、それぞれの入力に対して重み(実行されるタスクに対する正誤の確率)を割り当てます。そして、最終的な出力がそれらの重みの合計によって決まります。例えばAの属性が細かくわけられ、ニューロンによって「検証」されます。ニューラルネットワークのタスクは、それがAかどうかを割り出し、重みに基づいて「確率ベクトル」を提示します。

・一般的に粒子の衝突の際に使われる行列(一種の表(粒子の衝突を記述する行列))を利用して、ニューロン層の確率ベクトルに、絶対に確率が割り振られず、検証が行われない箇所を作り出す方法を思いつく。     

・ニューロンの検証がおこなわれず、重みに基づいて確率ベクトルが提示されない、範囲をつくりだしていくことで頭の回路を意図したものにつくりあげていく。その手段が表の逆さんから必要な入出力を粒子の衝突によってだすことだったから、ブラックホールができることは粒子が衝突してから起こるあらゆることに含まれるので、プログラムのデータ上でブラックホールに相当するものができ、実際の質量の問題が有るので彼の実際の質量の有る脳みそにはブラックホールはできなかったが、プログラム内で発展したブラックホールが彼の頭を飲み込み、そして他のものを飲み込むより先に蒸発ししてしまったため、彼の情報は失われた。そしてその一部始終はプログラムに記録されていた。

・情報損失のログについて。宇敷はモデリングされた自分の脳とプログラムの同期を完了させた。万が一のためにコア開発者の立場を使い、脳と同義であるプログラムにバグが生じて一定時間経つと、ビットコインのコンセンサスアルゴリズム上のルールに、そのログが書き込まれるようにした。仕様的にコンセンサスアルゴリズムには反映されないものの、自分が死ぬときの脳の様子のプログラム化されたものが皆に晒されるのは忍びないのでビットコインの取引の承認にかかる分数を検証の強度を下げずに短縮するというルールを上書きした。

文字数:1967

課題提出者一覧