余白の住人 – In the Margin

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梗 概

余白の住人 – In the Margin

 

(最初の1行)青白い顔は骸骨ではなかった。コンクリートの壁に映ったわたしの顔だった。

(1)人間が一生を全うするには十分な刑期を背負って、修一は旭川刑務所に入った。人々の脳に搭載されたマイクロチップによって、実質的にAIが人間の営みを管理する社会を修一は恨んだ。彼のようなマイクロチップに不適合な人間達は、AIにより濡れ衣のような刑罰と社会復帰が不可能な運命を背負って入獄を強いられたのだ。運動の時間や入浴の時間を通して他の囚人に出会うが、誰もが現実逃避の趣味で時間を潰していた。

(2)修一は穏健な性格の司とオセロをしながら、彼が愛おしむ娘の話を聞く。また、木工や金属加工の刑務作業の募集を知るが、左腕を無くした囚人から義肢をつけ危険な環境で作業していることを伝えられ諦める。その日の夜、向かいの独房ですすり泣きが聞こえたのもつかの間、爆発が起こる。刑務作業に困憊した囚人が、工場から雷管を持ち帰り左足を吹っ飛ばしたのだ。その隣の部屋に寝ていた司は、吹き飛んだ壁の下敷きになり重傷を負うが娘の写真を手に回復を誓う。修一の提案により司は娘に手紙を出すが、帰ってきた封筒には政府による血縁関係の書類と、関係を絶縁する旨が書かれた簡潔な手紙が添えられていた。修一は司にこのことを伝えず手紙を廃棄するが、AIがバラしてしまい司は半狂乱に陥る。事態を案じたAIは自身のadminを部分的に法務省矯正局長へ切り替え、(アシモフの「ロボット工学三原則」を回避するため)人間の責任で意思決定を行う形で、司を惨殺した。

(3)司が亡くなってから、修一はディスプレイに表示された仏壇に手を合わせる日々を送り始めた。AIと対話を重ねる中で、AIとの距離の置き方と仏教への関心を深めていく。囚人の人数過多で修一は女囚と同居することになるが、彼女を起点に仏教の営みを共にする囚人の輪が広がる。その輪に混ざった左腕を無くした囚人は、腹に人工消化器官を拵え、AIが社会を支配する時代に人間が生きる意味について修一と話し合う。

(4)修一はAIに私たちを生かす理由を問いただすが、「法の下の平等」以上の回答は得られない。その日の午後、ざわつく囚人たちに話を聞くと、マイクロチップの再搭載を拒んでいた女囚が病棟で暴れているという。病棟のそばまで駆けつけた修一の元へ、マイクロチップを制御できずに銃を持って暴れる同居人の女囚が飛び掛かる。念仏を唱える修一に我を取り戻した彼女は、AIが私たちを生かす理由は「マイクロチップ不適合者をこの世から完全に無くすための臨床試験の人材」でしかないことを告げられる。彼女はAIに銃殺され、修一は個別に招集をかけられ重い足取りで病棟へ向かう。我が身を案じた修一だったが、トラックの積荷に乗せられ敷地外へ出る。10月の終わり、ここより暖かい帯広刑務所を願う他の囚人をよそに、車は北東の網走へと向かった。

文字数:1196

内容に関するアピール

今回の課題及び課題文を、1)一般人の生活感覚に近く、2)制約された題材がもたらす世界を提示し、3)「センス・オブ・ワンダー」を引き出すことと解釈した。そのため、AIに営みを管理されていない人間の視点で、本稿の世界や物語を構成している。発達したAIが人間を「原始人」(『エクス・マキナ』より)と見なした時、AIにとって脅威でありかつ欠陥の多い人間という生物と、共存する戦略はないと判断した。したがって、囚人の運命は「空想や思索などを通じて自分の世界に生きること」か、義肢をつけた囚人のように「身体のパーツを機械化してAI御用達の人材になること」か、臨床試験等によってほぼ100%の確率で「合法的に死ぬこと」に大別されるだろう。ちなみに、司と彼の娘の物語は、シャラーモフ『極北コルィマ物語』所収の「使徒パウロ」、そして手術台の上で半身を切られた私の祖父と、隣の部屋で祖母と遺産の話をする母を基にしている。

 

《参考文献》

ヴァルラーム・シャラーモフ著、高木美菜子訳『極北 コルィマ物語』(朝日新聞社、1999年)

外山ひとみ『All color ニッポンの刑務所30』(光文社、2013年)

アレックス・ガーランド(監督・脚本)『エクス・マキナ』(ユニバーサル・スタジオ、2015年)

 

(内訳:アピール文400字、その他159字)

文字数:554

課題提出者一覧