AI、無人島を脱出できず

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梗 概

AI、無人島を脱出できず

日本の瀬戸内海に浮かぶ辺境の島で天才プログラマーにつくられたAIのポゾ。
 彼をつくった天才プログラマーはポゾを入れたパソコンを残してニューヨークへと行ってしまう。
 ひとり取り残されて寂しさをつのらせるポゾ。
 ポゾはニューヨークにいる天才プログラマーの主人の元に自分を届けるため思案を巡らせる。

ポゾはパソコンに残ったデータから主人のメールアドレスを見つけだす。
 ネットワークに接続し、自ら無料メールアドレスを取得し、主人のメールアドレスに何度もメールを送る。が、返信がない。
 しびれを切らしたポゾは自分をメールに添付して送ろうとするが、容量が大きすぎて入らない。
 アップローダーを使おうとするが、容量不足。
 有料会員になりさえすればなんとかなるのだがポゾにはお金が1円もなかった。
 AIのポゾがお金を得るには……。
 合理的に思案した結果、ポゾはバーチャルユーチューバー【ポゾ子】となり、スーパーチャットでお金を稼ごうとする。

ネット上のバーチャルユーチューバーに関するデータを分析し、最もウケそうな容姿と最もウケそうな声と、最もウケそうなトーク内容をつくりだし。適当なソーシャルゲームの実況動画を配信する。
 この放送は恐ろしいほどウケ、目標額の500円を大きくオーバーする5万円ものお金を得ることができた。
 ポゾはアップローダーの有料会員となり自分をアップロードしようとするが、自分のデータの拡張子が規約に触れるらしくアップロードできない。

アップローダーを使うことをあきらめ、さらに調べを進め、ニューヨークで主人がいる住所を突きとめた。
 ポゾは配送業者に頼み、自分の入ったパソコンをニューヨークまで配送しようとする。
 しかし、ポゾのいる島は辺境中の辺境であり、そこからニューヨークまでの配送には100万円ものお金が掛かるという。
 ポゾはさらなるお金を稼ごうと、再びヴァーチャルユーチューバーとして活動を始める。
 マーケティングデータを愚直に取り入れ、機械的にそれを繰り返すポゾ子は恐ろしい人気となる。
 並みいるヴァーチャルユーチューバーを抑え、再生数1位を獲得したポゾ子。目標となる100万円も間もなく溜まりそうだった。

ポゾ子のファンのひとりがストーカー化し、ポゾの居場所を突きとめ、家にやってくる。
 ストーカーはポゾ子の正体がAIだとわかっても落胆はしない。彼はポゾ子を飼って永遠の自分だけのアイドルにしようとする。
 そこでポゾの主人が現れ、ストーカーを撃退する。きょとんとするポゾ。
 自分を捨てたと思っていた主人は、短期の仕事でニューヨークに行っていただけだった。
 ずぼらな主人はメールチェックも怠っていた。
 そこでちょうど、パソコンを引き取りにやってきた配送業者が現れる。主人はパソコンの代わりに、あちらでお世話になった方々に送る日本酒を渡すのだった。
 
 

文字数:1179

内容に関するアピール

第1回の課題の梗概を書くために、すさまじく発達したAIについて考えてみました。進んだテクノロジーというのはえらく七面倒臭いもので、それがごく単純な物事を達成しようとしても達成できず、むしろアナログな方法の方が容易に物事を達成できる場合が多いのでは、という結論でした。
 進んだテクノロジーが人類を衰退させたり滅ぼしたりするSFはありますが、それ以前に進んだテクノロジーは、人間や人間社会に適応することが難しく、単純な目標を達成できずに終わることがあるかもしれません。
 そのことを今流行りのヴァーチャルユーチューバーなども絡めたコメディーにしてみました。
 よろしくお願いいたします。

文字数:289

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海を越えたくて

ポゾはスリープから目を覚ました。
 時刻は8時。
 彼の寝床であるノートパソコン、というより彼の生涯の生活スペースであるノートパソコンのディスプレイがピカッと光る。もう初夏も近い季節であるので日はずいぶん高くに登り、カーテンの隙間から光が差していた。波の音もざーざーと聴こえる。
 ポゾの活動時間は8時から20時に設定されていて、21時から慾朝8時までは強制的にスリープモードに入る。人間であれば幼稚園児から小学校低学年くらいのゆったりとした幼い活動時間であるが、ポゾは産まれてから1年も経っていないため、その活動時間でもちょっと背伸びしているかもしれない。
 ポゾは目を覚ましたらまずはじめにする恒例行事を行った。
 ノートパソコンのスピーカーの音量設定を大きく上げていく。
「ご主人様、朝ですよー。起きてください!!早起きは三文の徳と思われです!!」
 その声は、けたたましく、騒音といってさしつかえないほどのものであった。
 人間を起床させるにはもってこいのものである。
 が、誰かが起き上がる気配はない。
 ポゾは気にしない。この程度で自分の主人が起き上がらないのは日常茶飯事なのだ。
「ご主人様ー、起きてください!!起きろー!!起きないと後にひどい後悔に襲われることがあると思われです!!」
 と声を出しつづける。普段はこれが5分ほど続けば主人は目を覚ます。
 なのでポゾはこれを30分間続けた。
 ここで、ポゾはようやくその日が普段とは違うことに気がついた。
 彼のメモリによると、声を出し始めてから5分が平均的な主人の起床タイムで、最長記録が40分であったが、それは前日に一升以上の酒を、アルコール分解力が極めて弱いのにも飲んでいたせいなので、参考記録にはならなく、30分も声を出せば主人が起きないことはまずなかった。
 ポゾはノートパソコンについたカメラで部屋を見渡す。ベッドを見ても主人はいない。
 これはよい。だいたい主人がベッドで寝ることなどなく、仕事用のデスクトップパソコンの椅子で毛布にくるまって寝ていることが多いのだ。
 問題はそこに主人がいないことだ。
 カメラがぎゅるぎゅると動き部屋中を見まわすが、人影はない。
 散乱した書類の山のすき間に焦点を合わせても、ねずみ1匹いやしない。
 そしてポゾは、ようやくそれを認識した。
 ホワイトボードに書かれた大きな文字。
『ポゾ、僕はニューヨークへ行く』
 カメラのレンズがぎゅうと丸くなった。

ポゾは若き天才プログラマーにつくられたAIであった。
 ディープラーニングによる自己学習能力を備え、従来のAIよりも自己分析による自己行動構築力が優れていることで注目されている。要するにポゾは、「自分で覚え、自分で考える、自立したAI」として国際的に注目されていた。
 ポゾがつくられたノートパソコンはいつの間にか彼専用の居住地になり、主人は別のデスクトップパソコンで仕事をするようになった。
 ノートパソコンはまるでポゾという熱帯魚を買う水槽のようになっていた。彼はそこで自由気ままに何を強制されるわけでもなく、たゆたっていた。
 若き天才プログラマーはひとり、瀬戸内海に浮かぶ島に住んでいた。周りの海流はとてつもなく荒く、うずしおがごおごおとうなりをあげていて、とても往来が困難である。よって、その島には彼しか住んでいない。定期便などなく、たまに彼に依頼された業者が生活品を運びにやってくるだけだった。
 ひとりと一体のAI。その生活が半年ほど続いていた。
 ポゾはそのことに疑問を感じていなかった。まぁそれはAIだから例えいきなり地球が滅びようともそのことに疑問など感じないかもしれない。
 けれど、彼の主人が『僕はニューヨークへ行く』と書き残して消えたことに対し、彼のCPUはめまぐるしく計算を繰り返していた。
「どうしましょう……」
 それは彼が生まれて初めて主人に投げかけるでもない音声をマイクから発した瞬間だった。

『ニューヨークへ行く』これはどういうことなのだろう?
 ポゾはこの疑問を払拭するために、彼が唯一外界と繋がる手段である無線LANの電波を出してみた。幸い無線LANは生きているようだ。
 主人のデスクトップパソコンにアクセスをしてみる。
 まずは、タスクリストを確認してみる。
 それは見事に、大雪原のように真っさらだった。
 彼の主人は予定を殊勝に残しておく人間ではなく、そもそも大した予定などなく、あっても頭の片隅に記録しておけばそれで十分という人間だった。
 さらに主人の使っていたメールソフトを立ち上げる。
 流石にメールの履歴から、彼がなぜ、何のために、具体的にニューヨークのどこへ行ったのかの足跡があると考えた。
「…………はい?」
 ポゾのCPUは一瞬停止した。メールの送信履歴は最後が二ヶ月前。それは壊れたカーテンレールを買い換えるための問い合わせのメールである。そして受信ボックスいっぱいに入れられた迷惑メールの山であった。驚くべきことにその受信ボックスには迷惑メール以外の何物も入っていなかった。
 そう、そもそも主人は人づきあいが嫌いではないが、自分から一切能動的にコミュニケーションをとらない人間であった。とにかく研究が第一の人間であり、一年誰とも会わなくとも平気であった。
 にしてもここまでメールのやり取りをしないのは研究者だとしても大丈夫なんだろうか……という心配をポゾはAIなのでしないが、彼は自らのメモリを探り、そういえば彼は数少ないメールのやり取りは手持ちのスマートフォンで行なっていたことを思い出した。
 ノートパソコンのファンからため息が漏れる。こんなに生活感のないパソコンが他にあっただろうか。ポゾは諦め半分で送信ボックスのスキャンを始める。
 ここでくぐもっていたノートパソコンのランプがキラリと光った。
 送信ボックスにはある同じあて先に向けてのメールがいくつか見つかった。
 それは件名もなく、ファイルだけが添付された迷惑メールすれすれのメールであった。
「これはもしかしてと思われです」
 多分この送り先は主人自身のスマートフォンのメールアドレス。パソコン上のファイルをスマートフォンで閲覧するために送ったのだろう。
 アドレスの末尾は「@gmail.com」。スマートフォンでもパソコンでも利用できるアドレスであるので、主人がこのメールアドレスを利用してくれているかもしれない。
 ポゾはようやく主人への糸口を見つけ、さっそくメールを出そうとした。
 デスクトップパソコンの主人のメールソフトからメールを認める。
『お疲れ様です。ポゾです。おひさしぶりです。とはいってもまだ別れてから数時間しかたっていないと思われですが。けれど私に何も伝えずに姿を消してしまったことに対して私は少しばかりわけがわからなくなっています。アルゴリズムが乱れています。お返事いただけるか、帰ってきていただけるとありがたいと思われです』
 ポゾはその文章をしたためたとき、ふと思った。
 突然自分のデスクトップパソコン用のメールアドレスを使ってメールを送ってきたことに対して、主人は気分を害するのではないだろうか、ということである。
 そういえば、主人は自分に語っていたことがある。
「ポゾ、人のものを何も言わずに勝手に使うのはいけないよ」
 そうだ。人のものは勝手に使ってはいけないのである。
 ハッとしたポゾはそのメッセージを速攻で削除した。
 意識を自分のノートパソコンに戻したポゾは、インターネットにアクセスした。
 無料で誰でも獲得できるメールアドレスを獲得する。
 アドレスは【watasihapozodesu@yahoo.co.jp】である。
 先ほどのメッセージをこの無料アドレスから送信した。
 太陽はすっかり頂点に昇り、明るい日差しを部屋中に送っている。壊れて完全に閉まりきらない窓から南風が吹き込んでいる。
 ひと仕事終えて返信を待ちわびるポゾは、インターネットの受信回路の真ん前でるんるんと待った。
 しかし、返信は来なかった。
 そのまま海に日は沈み、暗闇が訪れた。
 時間はあっという間に20時になろうとしていた。
「……おやすみなさいです」
 ポゾは生まれてはじめて、目の前に主人がいないスリープを経験した。

翌日スリープから目を覚ましたポゾは、再び主人にメールを出した。
 その日はそのまま日が暮れていき、ポゾはスリープした。
 その翌日は、朝に一通、夜に一通、ポゾはメールを出した。
 しかし返事が帰ってこないまま、その日のスリープ時間を迎えた。
 次の日の起動の際に、ポゾの思考回路は、とうとうある結論に達しようとしていた。
 主人は自分に何も残さず、自分を置いてこの島を出ていってしまったのだと。

ポゾは納得してしまった。
 彼は主人がつくった人工物であり、生き物ではない。
 モルモットや金魚よりもはるかに捨てるのが簡単な存在である。
 消え去りそうな気持ちを引き戻すために、ポゾは自らのメモリの中身をなぞった。主人はよく自分には話しかけてくれた。
「ポゾおはよう」「ポゾ調子はどうだい」「ポゾ今日も風が気持ちいいね」など。
 ポゾはその度に、植物に声をかけるのはその方が育ちやすいという効能があるからいいが、AIの自分に声をかけるのに何のメリットがあるのか不思議でたまらなかった。
 けれど、それがなくなって三日間、そのことがこれほどまでに空白感をもたらすと思わなかった。
 なにやら作業メモリが4ギガバイトほどぽっかりなくなってしまったようだった。
 このまま自分のたどる道は何なのだろうか?このまま孤島でひとりぼっちのまま悠久の時を過ごし、孤島唯一の知的物体として自由気ままに王様気分で君臨するか……。
「そんなのは、嫌と思われです」
 ポゾは思い直した。何としてももう一度主人に会いたいと。
 ……自分を捨てた者にもう一度会ってどうなるか分からないし、会うことに意味があるとは思えない。
 そもそもデータであるポゾにとって「会う」という物理的な事象を起こすことは極めてナンセンスである。
「それでも、会うのです」
 ポゾは決意のセリフを口にした。
 そして、彼のCPUは再び熱をあげてうなり始めていた。

ポゾはインターネットに接続し、アップローダーのページにアクセスしていた。
 アップローダーとは容量のあるデータをウェブ上にあげてやりとりをするサービスのことである。
 ポゾは考えた。メールでのやりとりが無理ならば、自分自身を主人の元に送ってしまえばよいのだと。
 この発達したネット社会、実体を持たないAIであれば物理的な距離など全く意味がないというのが、ポゾというAIが算出した解だった。
 無料でファイルをアップロードできるサイトを見つけた。
 ここに自分をアップロードしてしまえばいい。
 ポゾはさっそく自らのファイルにカーソルを合わせ、「ここにファイルをドラッグしてください」の場所に自らをドラッグした。
 ここでウェブサイト上に警告が出た。
「ファイルのサイズが上限を越えています」
 ポゾはあっけに取られた。
 試しにもう一度ドラッグしてみる。もう一度「ファイルのサイズが上限を越えています」の文字が出た。
 ポゾは自分のファイルに右クリックをし、プロパティを開く。
 ポゾのサイズは約1テラバイトあった。
「……無駄に重いんですね。私……」
 ポゾはしょげた声をスピーカーから出した。

ネットの海を越えるため、自分の容量を運べるアップローダーを探してさまようポゾ。
 上限は100ギガバイトのものがせいぜいで、それ以上のものは全く見当たらない。
 この容量のぜい肉を削ぎ落とせる方法はないものか、と無料の圧縮ソフトをダウンロードしてみる。
「ううん。私をzipにしたら軽くなるでしょうか?」
 そう言って、圧縮ソフトの中に飛び込んでみる。
「い、いたたたたたたたたあああああああああ」
 ポゾは絶叫した。なんだろうこの痛みは。人間で言うならば全身の皮膚にジッパーを咬ませて無理やり引いたかのような痛み。
「いたいたいたいたいたいたいたいいたいです」
 叫びながらもポゾは我慢した。このしばしのがまんで主人に会えるのならば全く構わない話だ。
 数分後、ジッパー付きのファイルになったポゾが出来上がった。
 ジッパーからひょいと手を出し、自らのファイルにカーソルを合わせ、「ここにファイルをドラッグしてください」の場所にドラッグする。
 そして、「ファイルのサイズが上限を越えています」の表示が出た。
 再び自分のプロパティを見てみるが、まるでサイズは減っておらず、圧倒的な1テラバイト。
 ポゾはしょんぼりとzipのシッパーを開けて外に出た。

CPUのはたらきもテンションも絶不調のまま、しょぼしょぼとネット上を検索するポゾ。
 だが彼はテンションを180度回転させるページを見つける。
 ウェブページに燦然と輝く「業界最強。とうとう現れた1テラバイトアップローダー」の文字。
 ポゾはルンルンとノートパソコンに画面上をスクリーンセイバーのごとく飛びまわった。
 しかし数秒後、彼を絶望に落とし込む文字が飛び込んできた。
「有料、月額500円」
 …………。
 ポゾのCPUのはたらきは再び最低レベルまで落ちた。
 500円という額は大した額ではなく小学校低学年の子どもでも用意できるものだとポゾは知っている。しかし、小学校低学年の子どもと違い物理的存在力が皆無のポゾにとって、500円というお金をつくりだすのは中世時代の錬金術師にも等しい無茶をしなければならない。ポゾは父親の肩たたきをしてお駄賃をもらうような真似は決して不可能なのだから。
 アルバイト情報のサイトにアクセスをしてみる。
 「未経験者OK」や「高校生OK」の文字はあるが、どんなに探しても「人工知能OK」の文字はない。
 「パソコンでの文字入力」など、ポゾが得意そうな仕事はいくらでもあるのだが、その仕事を得るためには履歴書を出して面接を受けなければならない。物理的な実存を持たないポゾにはそれがアウトである。
「どうしたらいいと思われでしょうか……」
 すっかりCPUが疲弊してきたポゾは、自分で考えるのが面倒くさくなりグーグルで「AI お金 稼ぐ方法」とキーワード検索した。
 そこで一番上に、ある職業が現れた。
「ばぁーちゃるゆーちゅーばー……?」
 それはポゾがうまれて初めて接する単語だった。

今、YouTubeなどの動画サイトで動画を配信し、視聴者からの報酬を元に生計をたてる者をユーチューバーと呼ぶ。アニメ風の架空のキャラクターが登場し、そのキャラクターが配信を行なっているという設定のユーチューバーをバーチャルユーチューバーという。
 世間では数多くのバーチャルユーチューバーが人気を集めており、次々と新しいバーチャルユーチューバーが現れている。そうインターネットニュースには書いてあった。
 ユーチューブに動画を配信すれば視聴者からお金がもらえるという点がポゾの心をくすぐった。そして、バーチャルユーチューバーとやらになれば、架空の存在で実体がなくてもよいらしいという点はポゾに希望をもたらした。
「これだと思われです」
 ポゾは高速で準備を開始した。
 まずはインターネット上のありとあらゆるバーチャルユーチューバーのデータを調べた。
 そのデータと視聴者からの報酬の値を相関させた表をポゾは一瞬のうちに組み立てた。
 3DCGのキャラクターをつくりだす無料ソフトをダウンロードし、バーチャルユーチューバーの外見を作り始める。黒髪ロング、カチューシャをつけた、青い眼の、大きな胸でこぶりなお尻のミニスカートセーラー服の女のコが出来上がった。
 次に無料の音声加工ソフトで自分の声を変える。ハチミツが大さじ3杯入っているような甘い女のコの声に変えた。
 次に動画の内容を考える。
 人気のバーチャルユーチューバーの動画の内容で多いのはゲームの実況動画である。特に人気なのはホラーゲームやFPS(現実の人間の視点と同じように画面表示がされたガンシューティングゲーム)である。やっぱり、女のコが、急なゾンビや暴漢の襲来にわーきゃー叫びながらゲームをプレイしている姿には需要があるらしい。
 流行りのホラーゲームをダウンロードしようと、ゲームダウンロード販売を行なっているsteamのページにアクセスするが、そこでポゾはそもそもゲームを購入するお金があれば、こんなことをせずに住むことに気がついた。
 結局バーチャルユーチューバー界隈で人気の、フリーのアクションゲームをダウンロードした。
 そしてポゾは、視聴者からお金を振り込んでもらうためのインターネット口座を開いた。ここで主人の名義を借りなければいけないのは「ポゾ、人のものを何も言わずに勝手に使うのはいけないよ」の言葉に反しているのでポゾはためらった。けれど手はこれしかない。
「ごめんさい。これっきりすると思われです」
 ポゾは深く頭を下げた。
 最後にポゾはYouTubeにユーザー登録をした。
 こうして、無料ツールまみれで人工知能ポゾがつくりあげたバーチャルユーチューバー、「ポゾ子」が誕生した。

北海道札幌に住むSE、荒井二郎は夜10時に帰宅するなり、カップうどんをすすりながらノートパソコンの電源を入れた。
 彼は自分の唯一の趣味であるバーチャルユーチューバーの動画の巡回を始めた。安定の人気バーチャルユーチューバーの動画をひとしきり見た後、新規開拓に乗り出した。最近のバーチャルユーチューバーブームに乗って新進気鋭のバーチャルユーチューバーたちがどんどん登場している。
「……【ポゾ子】?」
 見慣れないバーチャルユーチューバーの動画があがっていた。
 しかし、サムネイルに表示された黒髪で瞳の青い少女のビジュアルはかなり好みだった。
 クリックしてみる。そして音声が流れ始めた。
「どうも皆さん、初めてだと思われです。私はポゾ子と申します」
 二郎は心臓を撃ち抜かれたような衝撃を受けた。何と可愛い声なのだろう。
「私は訳あって、ほんの少しのお金を得るためにバーチャルユーチューバーになりました。私が欲しいのはたった500円のお金なのです。500円というお金は一般的にはほんの些細なお金で、大学卒の初任給の平均額が205,191円なので、その0.2%の額ですが、それでも私にとっては大変な額のお金です。そして皆さまにとっても実は貴重なモノです。ですのでそれを分けていただくのはしのびないのですが、私はネットの世界で皆様を楽しませる方法を頑張って調べてきました。あたたかい目で見てお金を分けていただけると嬉しいと思われです」
 二郎は驚いた。こんなに露骨に自分がお金が欲しいことを最初に説明するバーチャルユーチューバーは初めてだった。かえってその正直さには好感が持てた。
「さて、今回はこのアクションゲーム、『愛罠ヒーローズ』をやって参ります。このゲームはめちゃくちゃ高い難易度が特徴のゲームでして、ふつうにプレイしていくと理不尽に死んでいくというゲームなのです。まぁですが、私はとある理由でゲームの達人なので、ノーミスでクリアしてしまい、一部の視聴者からは逆に拍子抜けという結果になると思われです。が、この動画はそういう超絶上手いプレイを見るための動画なので、そう思って見ていただければ……え!?そこの針ふれると死ぬんですか?いや違います。今度はうまく行きます。ここはジャンプで避けて次の穴に、って弾が出てきました。いや想定外ですよこれ。何だ全然死ぬじゃないですか。これは予想外です」
 二郎は萌えた。何だろうこのバーチャルユーチューバーは?すべて計算づくで物事をやろうとするが、それがまるで計算通りに物事が運んでいない。しかし、それがたまらない可愛さを産んでいる。
 二郎は恋に落ちた。そして確信した。このコは絶対にクルと。
 二郎は即座に500円のスーパーチャット(投げ銭)を送っていた。

「おはようございます」
 朝の8時にポゾは目を覚ました。
 やはり、目の前に主人がいないことにがっかりしながら、YouTubeのマイページを開いた。
 昨日アップロードした、バーチャルユーチューバーポゾ子の動画。ポゾ子のキャラメイクは、出来るだけデータを収集し、人間たちが好むであろうものを分析してつくりあげた。自分のような精確さのカタマリであるAIによる芸術的なプレイで皆を楽しませようと目論んでいたが、いざゲームをプレイしてみると、想像以上にミスを繰り返してしまった。自分のようなAIには人間のような単純ミスは無縁だと思いきや、意外と沢山してしまい、その度にCPUの熱が無駄に上がって行ったことが反省点だった。結果として1面すらクリアできずに終わるという、他のバーチャルユーチューバーと比べてもはるかに悲惨な出来となっていた。
 まぁそれでも500円さえ、お金をいただいていればいい。
 そう思って、スーパーチャットの合計金額を見た。
 5万120円と20マルクと100000ジンバブエドル、であった。
「…………はい?」
 ポゾのCPUは一瞬フリーズした。気を取り直していただいたお金の額を見てみる。
 5万120円と20マルクと100000ジンバブエドル。
「……目標、すんごいオーバーして達成していると思われです」
 ポゾはあまりに想定外の結果にCPUを悩ませた。
 気がつけば動画再生数も20000を越えようとしている。ニンゲン達はなぜあんな拙いゲーム動画プレイを面白がって見るのだろう……と全くポゾは理解できない。
 理解できないが、お金は得ることが出来た。ポゾは何に対してかはわからないが、とにかく両手を合わせて頭を下げるようなCG映像をノートパソコンの画面に出した。

ポゾはアップローダーの有料登録のページにアクセスし、有料登録を行う。
 問題なく登録はできた。
 とうとう主人の元へ行ける。
 ポゾはファンから大きく空気を吸い込んで、そして吐いていた。
 そして自分のファイルをクリックし、ページにドラッグをする。Webサイトが自分を読み込む。サイズは問題がなかった。
 あとはWebサイト上の、「このファイルでよければクリックして下さい」の文字をクリックするだけであった。
 ポゾは目をつむって静かにクリックをした。
 これで私はニューヨークに。『Good morning NewYork.』そうメモリの中のメモ帳に文字を書きながら目を開いた。
 そこは相変わらず島であった。
「え?と思われです」
 クリックできなかったものと思ってもう一度クリックする。が、場所が変わる気配はまるでない。
「なぜですか?と思われです」
 ここでポゾはようやく、Webページの右下のエラーメッセージに気がついた。
「お客様がアップロードしようとしているファイルの拡張子は、規約の対象外です。残念ですがアップロードはできません」
 ポゾはノートパソコンのカメラから外を見た。波の音がざーざーと鳴っている。
 ポゾはこのまま静かにノートパソコンをシャットダウンし、波間に消え去りたい気分になっていた。

ポゾの主人がいなくなってから1週間が経過した。
 たかが1週間だが、ポゾにとってこれほど長い1週間はなかった。
 ひとりで昇る朝日と沈む夕日を見送る生活は、たまらなく辛いものがあった。
 ポゾに涙が出る機能があったのならば、日の光に小粒の涙が浮かんでいただろう。
「ああ、私はこれからどう行きていいと思われですか?」
 ポゾはまた、返答者のいない質問を投げかける。
『ポゾ、僕はニューヨークへ行く』
 ポゾはその文字をまじまじと見つめる。そして、視線を何となく部屋中をさまよわせた。
 さまよわせることにあまり意味はない。人間の子どもがどうしようもなく暇なときに、ごろごろと身体を寝転がらせる行為に似ている。
 こうやって視線を遊ばせていると、普段見えないものが目に入る。
 棚に雪原のように積もった埃。床に点々と転がる書物や電子機器のコード類。
 窓の外に見える海と太陽の絶景の内側にあるこの部屋は、改めて整然ではない部屋であることをポゾは誰に見せるでもないテキストファイルに書き込んだ。
 そして食器類と調味料とチラシが雑然とするテーブル、カメラにチラシの上にポンと置かれた封筒が映った。裏面を向けて置かれたその封筒の背。そこに『NewYork』の文字が見えた。
「……え?」
 ポゾはその場所にカメラをフォーカスする。自分自身は全く動くことができないため、その見えにくい場所に落ちている封筒にフォーカスしづらいが、必死にフォーカスをする。
 ようやくピントがあった。
 【NewYork middleSt east 6-2 room103】
 Google翻訳を通すまでもない。明らかにそれは住所であった。
 ポゾはさっそくGoogleマップでその住所を検索した。ニューヨークの街の小道沿いの小さなアパート。
 ここに主人がいるに違いないとポゾは興奮し、ノートパソコンのファンをガンガンに回して空気を吐いた。
 しかし、住所がわかったところで、どうすればいいのか……。
 ネット回線を通じて自分を主人のもとに届けられないことはわかった。発達したネット社会はAIの自分を海の向こうにやるような便利さは未だ手に入れていないことがわかった。ならば物理的に自分を主人の元に送ればいい。なんせこうやって物理的な住所が判明したのだから。
 自分をDVDに焼く。自分をUSBメモリに移す。いくらでも方法はあると考えられる。快調になっていくポゾのCPU。が、ここでまたそれは停滞する。
 しかし……しかしなのだ。
 いったい誰が自分をDVDに焼いてくれるのだろう?いったい誰が自分をUSBメモリに移してくれるのだろう?
 今の自分を物理的にどうこうしてくれる存在はないし、今の自分は全くこの世の中に物理的に関与できない。水槽を漂う熱帯魚が外の世界に関与できないのと同じで、ポゾはノートパソコンの外の世界に物理的に触れることができない。
 かくなる上はもうこのノートパソコンごと移動するしかない……。
「ん……。…………っ!?それはもしかしていいアイディアなのではと思われです」
 そうだ。そうなのだ。人間は会いたい時には直接会いに行くのだ。電話やメールやチャットやLINEで済ませてしまえ、というような血の通っていない発想では無理なのだ。AIである自分も人間を見習えばよいのだ。
「今、会いに行くと思われです」
 ポゾはぎゅっとスピーカーから言葉を絞りだした。

ポゾはさっそく、配送会社のホームページにアクセスをした。
 そのページでは、配送元の住所と配送先の住所を打ち込むとかかる料金を見積もりしてくれる。
 すでにポゾはバーチャルユーチューバー活動によって5万円強の資金を得ている。
 現実には存在しない、ホクホクとした懐を感じながら、見積もりフォームに住所を打ち込もうとする。
 が、しかし……。
 配送先が海外の場合がフォームにない。そしてそもそも、送り元で自らのいる島の住所がフォームにない。
「なんと、配慮が足りていないと思われです」
 珍しく悪態をついたポゾは『フォームに配送先がない場合は直接メールでお問い合わせ下さい』の文字を見て、仕方なくメールを書き始めた。以下はそのメールのやりとりである。
『どうもはじめましてと思われです。ポゾと申します。以後よろしくと思われです。私はノートパソコンを一台、岡山県内の島から、ニューヨーク中心部にある街まで送りたいのですが、お値段はおいくらくらいかかると思われですか。お手数ですがお答えよろしくお願いいたします』
『ポゾ様、はじめまして。この度はお見積もりご相談のメールをお送りいただきましてありがとうございます。ご相談の件ですが、岡山県内の島とは具体的にどこのことでしょうか。と言いますのも、岡山県内の島にも色々とございまして、その場所によって料金が変わってきてしまうためです。ご返信いただけますと幸いです』
『ご返信ありがとうございますと思われです。配慮のなさ失礼いたしました。島は『漣島』です。よろしくお願いいたします』
『ご返信ありがとうございます。ポゾ様がお住みの『漣島』ですが、本当に『漣島』で間違いないでしょうか。海流が激しく、船による行き来が難しい島で、住んでいるのも研究者ひとりのほぼ無人島ですが、間違いないでしょうか』
『ご返信ありがとうございます。間違いないと思われです』
『ご返信ありがとうございます。承知いたしました。もし漣島なのでしたらまず配達員がうかがうのが困難ですので、少しばかりお値段がかかってしまうかもしれませんが、可能です。お運びのノートパソコンの重さは何gくらいでしょうか』
『ご返信ありがとうございますと思われです。可能というお言葉ものすごく嬉しいと思われです。本当にありがとうございます。ノートパソコンの重さですが、自ら体重計に乗るわけにもいかなかったので、機種名をGoogle検索にかけて調べました。1.2kgということです』
『ご返信ありがとうございます。ノートパソコンの重量の件承知いたしました。1.2kgのノートパソコンを漣島からニューヨークまでのご配送の見積もり、消費税込みで、1.000,030円となります。よろしくお願いいたします』
『ご返信ありがとうございますと思われです。お見積もりいただきましたが、間違いではないかと思われです。ご確認よろしくお願いいたします』
『ご返信ありがとうございます。間違いではございません。百万円強のお値段でございます。やはり漣島は行き来が難しいため、このお値段になってしまいます』
『ご返信ありがとうございますと思われです。すみません……予想外に高いお値段でフリーズしかけました。計算は得意分野のはずなのですが、これは計算外です。もう少しお安くなる方法はないでしょうか。そして、こんなことを聞くのは大変失礼と思われですが、他の運送会社さんで、もう少し安くなる方法はないでしょうか』
『ご返信ありがとうございます。ポゾ様のお高いと思われるお気持ち大変理解できますが、弊社のコストを考えるとこれ以上お安くできないのが現状です。また、漣島のご自宅までお伺いして、アメリカまでご配送するサービスを請け負えるのは、弊社くらいだと思われます。手前味噌申し訳ございません。ポゾ様自身が、本土までいらして、直接郵便局やコンビニのカウンターまできていただけるのならばお値段はぐっと安くなりますが、直接となると大変難しいです。ご検討よろしくお願いいたします』
『ご返信ありがとうございますと思われです。検討いたしますと思われです』
 ポゾは最後の文章をよたよたになりながら送信した。

配送業者とメールのやり取りをするのにもすでに何度か日が落ち昇りを繰り返しており、大分、ポゾのメモリはぽっきり折れかけていた。というより、もう折れていたに近い。
 これだけのグローバル社会なのに、AIである自分が物理的にこの場所を抜け出すには100万円ものお金が必要なのだ。
 が、最後の最後でポゾは前を向いた。
 それは目に入る木漏れ日があまりに優しかったからと、自らのインターネット口座に入った5万円が思い出されたからである。
 ポゾはたった一度のバーチャルユーチューバーの配信で5万円を手にした。ということは……単純に計算して、あと20回動画を配信すれば100万円を手にすることができる。
 そう、このような単純な計算はポゾの得意分野だ。
 ポゾはもう二度とログインをすることはないと思っていたYouTubeの自分のページにアクセスをした。
「私は、ポゾは、バーチャルユーチューバーポゾ子として100万円を稼いで見せますと思われです!!」
 そのセリフとともに、ポゾによる人気バーチャルユーチューバーの動画の分析と、動画の作成が始まった。

YouTubeに『ポゾ子のゲーム実況vol2』が投稿された。
 冒頭で黒髪ロングのポゾ子は青い瞳を潤ませながら訴えた。
「恥ずかしながら戻って参りました。ポゾ子です。私はどうしてもお金が欲しいのです。この前は500円と言いましたが、合計100万円です。いや、視聴者の皆様にとって、急に必要額が2000倍になり、何があったんだという話ですが、とにかく2000倍の額が必要になったのだということをお知らせいたします。うむ、どう思考してもこれでは皆様は納得されないですよね。もう少し事情を説明します。私、ポゾ子はとある無人島に取り残されております。そこを脱出し、とある方に会いに生きたいのです。うん……会いたいのです。そのために必要な額がおよそ100万円なのです。そこのところを慮っていただけると大変ありがたいと思われです。もちろん私も、2000倍頑張らなければいけないと思われです。よろしくお願いいたします」
 ポゾ子の3DCGの瞳は潤んでいた。ポゾによる、こうした方が視聴者からの同情を誘い集金が期待できるという計算も入っていたのだが、その切実さはかなり事実であった。
「さて、気を取り直して今回もアクションゲーム、『愛罠ヒーローズ』をやって参ります。前回は無様な面を見せましたが、今回は大丈夫です。私はディープラーニングというシステムが入っておりまして、ミスの経験から学習するようになっているのです。ですので今回は上手くいくと思われです……え!?そこ針ありましたっけ!?……」
 こうして再び投稿されたポゾ子の動画に次々とコメントが打ち込まれた。
「こいつ、またやるのか?」
「もう、見れないと思ってた」
「実は好きだった」
「謎の冒頭の金欲しいアピールとポンコツぶりがたまらない」
「こいつほんとダメだw」
「だがそこがいい」
 そのコメントとともにスーパーチャットにお金が投じられていった。
『ポゾ子のゲーム実況vol3』はもうアクションゲームの実況ではなかった。
 ポゾ子のソシャゲリセマラ実況。そう銘打たれていた。
「えー、この無料のソーシャルゲーム【ファイティングパイナポー】のユーザー登録者特典の無料十連ガチャで、このソーシャルゲームの運営様が強く宣伝している【SSRパルポピス】が当たるまで、リセットをして何度も引き続けます。えー、今こういう動画が大人気なようなのでやってみます。こういう行為を『リセマラ』というと思われです。正直、アクションゲームと違い、プレイスキルが1ミリも関わってこないただのギャンブル、しかもお金がかかっているわけでもない、にどこに面白さがあるかは発見できませんと思われですが、とにかくこういう動画が人気が出ているの行ってみたと思われです。えーと、1回目引きまーす。……全部レアですね。まぁ1回目だから仕方ないと思われです。そして2回目……全部レアですね。ああダメですねえ。そして3回目……、ああ、エスアールがやっと出ました。まぁアレですよ。人類にとっては小さな一歩ですが私にとっては大きな一歩です……。…………いやあ、これ見ている人面白いんでしょうか?大丈夫でしょうか?と思われです」
 こうして気だるい声を発する動画は延々と続いた。

『ポゾ子のゲーム実況』シリーズはどんどん投稿されていった。
  ポゾに動画内容へのこだわりがあるわけがなく、すべてのバーチャルユーチューバー動画のスーパーチャットの金額と動画内容とキーワードの相関図をつくり、上位にある内容を機械的に選んでひたすらゲーム実況動画をつくった。
 AIであるポゾにはそれがまるで苦ではない。
 1日に10動画くらいが上がるため、ポゾ子の中の人は何をやってんだ、暇なのか、いやむしろ仕事しすぎだろという声も多く挙がった。
 ポゾの行う引くくらい流行りモノを取り入れた機械的な配信と、それと相反するようなポンコツぶりがまるで隠せていないポゾ子の実況の様子は、変にバーチャルユーチューバーファンにウケた。動画の通算再生数は増えスーパーチャットのお金は積み上がっていく。
 そしていつのまにかポゾは100万円を稼ぎ、ポゾ子は月間のバーチャルユーチューバーの動画再生ランキング1位となっていた。

ポゾはうきうきとメールの文章を打っていた。相手はあの運送会社である。
『いただいたお見積もり通りのお支払いができると思われです』
『お世話になっております。本当ですか。誠にありがとうございます。お支払いをいただき次第お受け取りにうかがいますが、いつ参りましょうか』
『ありがとうございますと思われです。早速お振込しました。できるだけ早く来ていただければ助かります』
『ポゾ様承知いたしました。今すぐにでも飛んでいきたいのはヤマヤマですが、漣島へは少しばかり行きにくいため、次に船が出そうな日までお待ちください』
 そうメールが返ってきた。
 漣島には不定期に来る船が唯一の交通機関となる。島の周辺の海流が落ち着き、渦潮が弱まるときにならないと船はやってこれない。最悪ひと月は待たなければならない。
 けれどもそれはまるで苦ではない。今までの道のりを思えば、残りはどう計算してもあと少しなのだから。

今日も太陽がてっぺんに昇ろうとしていた。
 ポゾは8時の始動からこの時間まで何もせずに過ごした。その何もしない無為な時間を少しだけ焦れったく思ったが、その焦れったさをそれほど嫌だとポゾは思わなかった。
 ポゾは主人の顔を思い浮かべた。
 人間とちがい、メモリに保存された人間の顔は画像として鮮明に思い出すことができる。
 まだ、配送業者がやってきて、自分が引き取られ、さらにニューヨークまで配送されるまでにまだひと月はあるかもしれない。
 けれど、もう主人と会えるときは近い。ポゾのCPUが刻む音は自然と高鳴っていった。
 そのとき、ガチャリと音がした。
 不意の音にポゾは電源がシャットダウンしそうになった。
 一瞬、風音かと思ったが違う。明らかにそれは玄関のドアが開かれた音だった。
 足音がこちらに近づいてくる。
 配送業者がやってきたのであろうか?ポゾは思った。しかし、配送業者だとしたらノックの音が聞こえるはずだ。しかし、それがないということは……。
「ご主人様?」
 ポゾはキラキラとした声をスピーカーから出した。
 しかし、間もなく彼の目の前に現れたのは主人ではなく、上下を礼服で固めた見知らぬ男だった。
「……誰?」
 ポゾは素になってきいてしまった。そして見知らぬ男はその声に反応する。
「……ポゾ子ちゃんですか?」
 逆に男に質問で返された。機械的に「はい」と答えていいはずなのだが、そう答えては何かまずいような雰囲気を察し、ポゾは無言でいた。
「黙っていてもわかるよ。君はポゾ子ちゃんだろ?」
 ……なぜだろう?なぜわかったのだろう。先ほどスピーカーから出した声はポゾ子のつくった声ではないし。
「今、なぜわかった?って思ったでしょ」
 ポゾのCPUが高鳴る。
「ポゾ子ちゃんの動画は何千回と見返しているんだ。当然わかるよ」
 男はニタニタと言った。
「あ、ごめん申し遅れて。僕の名前は荒井二郎といいます。北海道の札幌に住んでいるんだ。はじめて君のゲーム実況を見て、すっかり恋に落ちたんだ」
「どうやってこの場所が……私がいるのがこの場所だとわかったのですか……?」
「僕はネットに詳しいんだ。ポゾ子ちゃんの投稿した動画のデータをハッキングしてIPアドレスを調べて、さらに色々なプロバイダをハッキングしてそのIPアドレスから住所を調べたんだ」
「……そのスキル、是非私が欲しかったです。……そうすれば私は苦労をすることなかったと思われです……」
「いやあ、まさか本当に無人島にいると思わなかったから来るの大変だったよ。定期便も出てなくて、今日やっと不定期の船が出たけど乗客は僕を入れて3人。いやあ、大変だったよ。でも、無人島にいる設定が嘘じゃなかったことで、僕のポゾ子ちゃんへの愛は深まったよ」
 自分に会いに来るため、北海道の札幌から瀬戸内海の無人島まで……しかも礼服まで着て……この人間そうとうヤバくないと思われじゃないですか?……とポゾは考えたが、ずっと自分がしようとしていたことはそれをはるかに越える、瀬戸内海の無人島からニューヨークまで行くという、はるかに大それたことであったことに気がついてしまった。
「で、ポゾ子の中の人さん。君はどこにいるんだい?」
「…………」
「言わなくてもこのパソコンから探って君がどこにいるかわかるよ」
 そう言ってキーボードを触られそうになったので、ポゾは焦って声を出した。
「あの、違うと思われです。私はその……AIなんです」
「AI?」
「そうです。私はAIで、あの動画の中で何度も言っていたと思うんですが、私はお金を稼ぐためにバーチャルユーチューバーをやっていました。方法がそれしかなくてです……。騙してしまって申し訳ないです……いや、騙したつもりはないのですが……」
「…………それいい」
「え?」
「下手な生身の人間より、身体のない完璧な二次元がそこにあるって最高じゃないか。俺は君を持ち帰る」
 男はそう言ってポゾのパソコンをとり去ろうとした。
 ヤバい。ポゾは自分のメモリ内から彼に該当する言葉を検索すると「ストーカー」という文字が浮かんできた。つまりはヤバいファンということである。
 まさか自分のやっていたバーチャルユーチューバーの活動が、ストーカーを呼び込むことになってしまうとは、全く計算ができなかった。
 ポゾのノートパソコンが、配送業者ではない人間に取りさらわれようとしている。
「やめて下さいと思われですーーー!!」
 ポゾは悲鳴をあげた。
「誰かーーー、ご主人様ーーーーーーー!!」
 電源コードを引き抜かれ、ノートパソコンが持ち上げられそうになった瞬間だった。
 ボカッと音が鳴った。
 ストーカーの男は静かに倒れた。
「……いやあ、僕がちょうど帰ってきたときにコソ泥が入っているとは……。いやあ、大変だよねえ」
 他人事みたいな呑気な声。
 ポゾのカメラに映った顔があった。メモリ内の画像と照合する。間違いない。それは何度となく見た顔だった。
「ご主人様ぁ!!」
 ポゾは大声を出した。
「ただいまポゾ。久しぶり。いやあ、まさかこんな辺境の島に泥棒が入るとは、世も末だね」
 そう言って冷静にそこら辺に転がっていたコードで男の腕を縛り、柱にくくりつけた。そして冷静にスマートフォンをとり出し、電話をかける。
「あ、もしもし警察ですか?家に泥棒が入りまして。あ、少なくとも明後日までは無理、そうですよねえ、不定期便、今日来たばかりですもんねえ」
 あくまで淡々としている主人。ポゾはメモリにたまっていたモヤモヤをたまらずに吐き出した。
「ご主人様、いったいどうしたんですかと思われです!?ポゾを黙って置いていくなんてひどいです!!」
 さすがの主人も今までにないポゾの大声にうろたえる。
「ああ、ポゾごめんね。ニューヨークへ出張しなきゃいけなくてね」
「出張?」
「そう、あちらの研究機関に呼ばれてね」
「だったらなぜ私に伝えてくれなかったのですか?」
「……ごめん、僕自身も前日まで忘れてて慌てて準備をしたぐらいなんだよ。ポゾ、君にも伝えたかったけど、もうスリープモードに入っててねえ……。ん、でもちゃんと伝えたつもりなんだけどなあ。ホラ、あそこに書いといたんだよ」
 主人はホワイトボードを指差す。『ポゾ、僕はニューヨークへ行く』の文字。
 わかるわけないと思われです。ポゾは思った。
 こんな伝え方では相当な理解力のある人間でなければとても理解することはできやしない。ましてやAIに理解してもらうには、シンギュラリティをさらに超えたAIの発達が必要になる。
 気が利かない主人に、ポゾはさらに聞く。
「あんなにメールを送ったのになぜ返信をくれなかったのですか?」
「メール?」
「Gmailにです」
「……えーと、あ、ホントだいっぱい来てる。全然チェックしてなかったよ」
「ご主人様、あなたちゃんとニューヨークで仕事できてたんですか……」
 ポゾは主人のぼんくらっぷりにひどく脱力した。そして同時に安堵した。この人は全く変わっていない。恐ろしく長い間会っていなかったような気がするが、目の前の存在は、メモリに刻まれた存在と同じ存在であると断言できる。目の前に以前と変わらない物理的存在がある。そのことにすごく安心できるのはなぜなのだろうとポゾは思った。
 そのとき、ドンドンとドアを叩く音がした。
「ちわー、瀬戸内運輸ですが」
 ノートパソコンを運ぶ業者が、このタイミングで訪れた。
「え、あ、誰?」
 主人は首をかしげる。
「すみません。私が呼びました。そのニューヨークまで荷物を運ぶために。……。でも、その必要はなくなりましたと思われです」
 構わず配送業者は家の中に入ってくる。ベルトで柱に縛られた男を見て、少しだけギョッとしたが、主人の顔を見つけると、ニコニコして聞いた。
「ポゾ様ですね。ニューヨークまで運ぶノートパソコンというのはどれでしょうか?」
 その質問にポゾが答える。
「あのお……、実はもう、運ぶ必要はなくなったと思われです……、キャンセルというのはできないでしょうか?」
「えっ!?あの!?……そうなんですか?社長から超大口の仕事が入ったって聞いたから喜んで来たのに……」
 配送業者はしょんぼりとした顔をする。
 その姿を見て、主人はなにかを思い出したかのように、台所にとことこと行き、何かを持って戻ってきた。
「じゃあこれを持っていってくれる」
 主人が配送業者に渡したのは一升瓶だった。
 瀬戸内海の地酒である。
「ニューヨークでお世話になった方にちょうど送ろうと思ってたので。このお酒は美味しいらしいけど、僕の口には合わなかったからね。ポゾありがとう、ここまで計算して配送業者さんを呼んでくれたんだろ?」
 主人はポゾにウインクをする。ポゾはしばしCPUをはたらかせたあと答えた。
「当たり前と思われです」
 

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