粘土とバターでできたチューブ

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梗 概

粘土とバターでできたチューブ

この物語は、1.大正時代  2.現代の2部構成。語り手は2050年代に日本文学を専攻する大学院生で、学位取得のための論文に関する断想的なメモとして語られる。

#1 大正

1926年、ソ連の医師セルゲイは、「温血動物の血液循環装置による死後動物の蘇生実験」を行った。頭部が切り離され、首だけとなった犬を数時間蘇生させることに成功したという。同年、「白狗会」のメンバーであった志倉八千代が、セルゲイの実験をモチーフにした奇想小説「首無狗頭伝」を「大冒険界」に発表する。八千代の亡き夫であり、作家の志倉宗達そうたつと交霊した手記という体裁でまとめられたものだ。ホルマリン漬けされた宗達の頭部に人工心肺を繋げて蘇生させ、脳の言語中枢に電極を刺して、交霊する。読み取った脳波を蝋管(エジソンの発明した録音再生媒体。ワックスに溝を彫り記録する)に記録し、特殊な蓄音機で再生。宗達の声が再生され、八千代がそれを口述筆記したというフィクションで「首無狗頭伝」は語られた。小説が発表されると、死者への冒涜である、という批判の声に八千代は晒され、そのためか八千代は執筆を辞める。

#2 首無狗頭伝(1911-1925)

首だけとなった宗達は語る。都々逸の師匠を亡くした男が、全国を放浪しながら、各地で死者を蘇生させる。男は電極を刺して死者に語らせ、三味線に乗せて都々逸を唄う。蘇生する死者は人間の他に、犬、天狗、狸、狐。日本各地で集めた死者の歌を都々逸に乗せ、蝋管に吹き込む。現世で輪郭を失ってしまった死者が恒久的に歌い続ける存在となることを願い、男は死者と交わる。男は各地を放浪する内に、弟子を取り、恋仲となる。

#3 現代(2000-2010)

八千代の三女、弓子が音響科学博物館に369本の蝋管を持ち込む。いずれも弓子の生家より見つかったものだ。八千代の残したと思われる蝋人形の内部に蝋管は隠されており、1から369まで数字が振られている。蝋管には、語り・風景音・BGM・効果音・都々逸が記録されていて、語り(No.1)を再生すると、「これは、私の発表した首無狗頭伝を音声という形でまとめたものです」という八千代の声が吹き込まれている(いつの時代に記録されたかは定かでない)。八千代の蝋人形は計三体、向かい合って配置されており、弓子が言うには、八千代が蓄音機で蝋管を再生しながら、蠟人形を動かす姿をかつて見たという。さも舞台劇のように。

#4 現代(2010-2030)

蝋管音声デジタルデータに変換され、ウェブで公開されると、好事家たちの間でひそかな話題となる。それは八千代の語り(No.1)「いつの日か、首無狗頭伝の真の姿を発見する人が来るのを心待ちにしています」がひどく謎めいていたためだろう。蝋管には数字が振られているが、再生順をランダムに変えると違った物語が立ち現れる仕掛けになっている。蝋管の再生順で様々な解釈が可能だが、現在の一般的な解釈は、「都々逸を歌う男のモデルは宗達であり、弟子と内通していたことを八千代が暴露した」というものだ(不倫の暴露。そのため八千代がひどい批難を受けた)。あるいは逆に、八千代とその弟子が恋仲であったという解釈も存在する。

作品に謎を残すことで後世の人間の手によって様々な解釈が加えられ、物語は変奏されていく。作品が永久に滅びないことが、八千代の真の目的であったといえる

文字数:1394

内容に関するアピール

記録された蝋管レコードの順番を変えると、物語は姿を変え、途端に全容をつかめなくなってしまいます。解釈を一致させ、〆切に間に合えば、面白くなるはずです。

文字数:77

課題提出者一覧