人体設計師の世紀末

印刷

梗 概

人体設計師の世紀末

 
 すべての人間はアトリエで制作され、華やかな装飾のほどこされた肉体を得て誕生する。
 かれらは衣服を着ない。しきりに降りそそぐ小さな隕石のせいで頻繁に怪我をするが痛みは感じず、星に打たれて身体が壊れるたびアトリエへゆき、いっそう華麗に身体を修繕する。生まれてから死ぬまで、色鮮やかな毛やうろこや羽毛、角や牙をつぎつぎ生やし、皮膚や粘膜を張り替え、輪郭や体型、身体のパーツの数や位置を変化させながら過ごす。
 文化は爛熟し、アトリエで働く人体設計師たちは腕によりをかけて耽美的な意匠の人体を造り出す。凋落した政府は頽廃的な人体制作を管理しようと試みるが、巷ではすぐれた設計師の人気は衰えそうにもない。
 
 主人公のイザは、単身でアトリエを構える腕利きの人体設計師である。投げやりな性格で、自身の装いには一切興味がなく、深い紺色の皮で全身を覆い尽くしている。常に仕事に忙殺されているが、夜になると得意客の芸者・リリと街に繰り出して散財し、酒を飲む。
 あるとき新規顧客のフィルがアトリエを訪れ、星に打たれて破損した腕を再制作してほしいと依頼する。フィルには何か只ならぬ魅力があったが、客に愛着をいだけば施術に障ると思い、イザは敢えて詮索しようとしない。
 そのころ医学生時代の友人のトニから連絡があり、アトリエを畳んで肉体の機能増強の先端研究をしないかと誘われる。そうすれば軍部の予算で楽に暮らせる。いつか設計師の仕事が官営化され、ただ子どもを制作し人口を殖やすためだけに国家の末端で飼い殺しにされるかもしれないが、いまなら条件の良い地位が得られる。イザはそれを聞いて逡巡し、返事を先送りにする。
 
 フィルはたびたびアトリエを訪れるようになる。左耳の皮膚を張り替えたうえで削ぎ落としてほしいと注文されイザは訝しむが、素知らぬ顔で施術する。フィルは左耳を大切そうに持ち帰る。
 イザとフィルは次第に親しくなり、フィルは自身が剥製師であることを打ち明ける。表向きには動物の剥製を作成・販売しているが、秘かに人体標本もつくっているのだという。自分が死んだら自分を標本にできないので悲しい、とフィルは言う。
 それを聞いて以来、イザは自分が標本にされている姿をたびたび想像するようになる。紺一色でいることをやめ、自身の身体を少しずつ再制作し始める。街の路傍には怠そうな警官たちの姿が目立つようになるが、トニからの研究の誘いは断り、イザは自身のアトリエを歓楽街の地下深くの部屋に移転する。イザの手による人体意匠の凄味はいや増し、古参客であるリリはその変貌ぶりに驚く。
 
 イザはフィルの仕事場を訪問する機会を得る。隠された倉庫にはイザの制作した左耳の標本も並べられている。ラジオの天気予報が、降星量が多いため今晩は屋外に出ないようにと警告している。イザはその声を聞きながら、星に打たれてもはや修繕不能なまでに損なわれたイザ自身の身体の断片を、フィルがひとつひとつ薬剤に漬けてゆく様を思い浮かべる。

文字数:1234

内容に関するアピール

 
 もしも神や自然ではなく、当たり前のように人間が人間をデザインすることができるとしたらどうなるだろう、という発想から設定を考えました。わたしたちが独善的に身体をデザインした結果どうなるのか、いろいろな方向性がありえるにしても、とにかく美的な身体を追い求めようとした場合の物語を描いてみたいと思いました。
 あらゆる他者を創り出し、その身体にメスをいれて継ぎ接ぎにする人体設計師の仕事は、禁忌や偽善や空虚さと隣り合わせの、あやうくも妖しいものになるに違いないと思います。主人公のイザは、なんとなく医学部を出て適当に人気の仕事に就いたエリートだったはずなのに、次第にその技術の虜になって権威に抗うようにすらなります。
 
 華やかで猥雑で、ひんやりとした欲望に満ちた世界を楽しみながら描き出してゆきたいです。

文字数:350

課題提出者一覧