私を月まで連れて行って

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梗 概

私を月まで連れて行って

「ムーニーをどうにかする方法を思いついた。手伝って」
 大阪で暮らす姉が東京に妹を車で迎えに来てそう言った。

 世界はムーニーという病で破局した。ムーニーは人格に影響を与えて、発症した二割の人間を反社会的にした。発症者の身体を調べると感染経路は不明だがウィルスに冒されている痕跡がある。発症者は人を選ばず増え続け、世界中の国家を瓦解させた。日本では行政立法が機能を失い、暴力による政変が起きた。
 どうにかする方法って何? 車中で妹は姉に問うが、姉は、準備が出来たら伝えるとだけ言う。車は姉の家に辿り着いた。翌日、姉は準備があるからしばらく家を空けると言って早々に出かけていった。姉は阪大でムーニー研究を進めていた。

久々の故郷に帰ってきて、妹は外に出た。
 市内は人の数はまばらで、駅前は静まり返っていた。行く当てのない足は自然と過去によく家族で遊んだジャスコへ向いた。
 ジャスコは廃墟となっていたが、妹は中に入って、吹き抜け広場の階段に座った。コートに手を入れると会社の後輩から貰ったカードが入れっぱなしだった。妹はカードゲームが好きだった後輩を想う。東京の後輩も多くの人達と同じように外に出れなくなっていた。
 やがてジャスコの吹き抜けに子どもたちが集まってきて、カードゲームで遊び始めた。妹は親しくなった子供からカードをもらう。妹はお返しに後輩のカードを子供に渡した。
 
 数日後、静かに家に帰ってきた姉は妹を万博公園へと連れ出し、太陽の塔の内部まで来た。姉は内部に安置された生命の樹を起動させると、これで向こうの世界の2019年に飛べると言った。
 ウィルスはこの宇宙ではなく別の異なる宇宙に存在している。発症者たちはその並行世界で感染した後、こちらの宇宙へ意図せず移動しているらしい。だからワクチンをどれだけこちらの世界の住民へ投与しても意味がない。起きていることはあくまで2025年の向こうの世界で感染した脳がやってきているということであって、こちらの世界ではそもそもウィルス自体が存在しないからだ。
 姉は研究のなかで東京に保管されていた月の石に隠されていたウィルスを発見した。そのウィルスは太陽の塔の生命の樹で賦活化させるとムーニーのワクチンでありながら世界を越えて時空移動を行うナノ装置になる。ワクチンはムーニーを防ぐコロナ太陽と名付けたという。
 誰かがキャリアになってワクチンを向こうの世界でムーナ感染が始まる前に運べば、抗体が拡がり向こうの世界のムーナ感染を防ぐことになり、そうすればムーニーがやってきて破滅したこちら側の2020年以降の歴史をなかったことにできる。

姉は妹を誘う。一緒に行こう、破滅した世界をもう一度やり直そう。

妹は姉が差し出した手の中の白い錠剤ワクチンを見つめる。ワクチンは向こうの世界で確実に拡げるために病原性を弱めることができていなかった。
 姉には子供と夫がいた。子供は男の子で生きていれば6歳になる。二人は死んでいた。2020年の東京五輪で初めて起きた大規模なムーニーの現われの被害にあったのだ。
 姉は妹に言う。
 世界はもう終わってしまったし、ここに肯定できるようなものはない。留まることを選ぶことは必ずしも正義ではない。
 大阪ではムーニーを発症したものは全員収容施設に入れられた。それは住民投票で決定された。
  妹がポケットに手を入れた拍子に、小学生から貰ったカードが滑り落ちた。妹はカードを手に改めて姉に語る。
 確かにここには肯定できるものはもう何もない。この場所の全てをただ受け入れることはできない。それでもここにいればそれも変えていこうとすることができるはずだし、自分はここにいたい。
 姉は妹の説得を聞き入れない。姉は塔の中の階段を駆け上がる。妹は止めようとするが姉は隙をつき頂上まで昇る。そしてワクチンを飲んで身を投げた。姉の身体は死んだ。意識とワクチンは向こうの世界に行っただろうか。

妹は塔から出る。雨は今にも降り出しそうだ。公園の景色は荒涼としている。それでもこの外の世界に足を踏み出した。

文字数:1677

内容に関するアピール

コロナが流行り始めたころ、引きこもるべきかで友人と言い合いになったことがあります。

「自分は大丈夫かもしれないが、自分の大事な人は大丈夫じゃないかもしれない」。その言葉に悩みました。いろいろ考えましたが、最後はこう考えました。自分の存在は他人にとって確かに危害になるかもしれない。けれども、それを受け入れて生きなければ、他人が自由に生きることにおいて自分に危害を加えるかもしれない可能性を持って生きることを許容することができなくなる。
 それが生きるということだと自分なりに考えました。

言い合いになった友人は引きこもることを選んでもう二年家から出ていないようです。講座ではどの回もまず梗概を書くとその友人にラインで送り、明け方までああだこうだいいながら作りました。(第六回梗概のタイトルは友人のアイデアだったりします)。

小説とSFのこと、世の中と自分のこと、一年間講座ではいろんなことを考えました。最後にそれらを全部余すことなく詰め込めれば! よろしくお願いします!

文字数:431

課題提出者一覧