印刷

梗 概

私、の思い出話である。
 10代のはじめ、夏になると、私は、かってロケット乗りだった祖父の家で過ごした。祖父は、事業で成功し、かって遊園地のあった谷間を緑の峡谷に再生していた。それを見下ろす大きな張り出しのついた家で、悠々自適の隠居生活を送っていた。
 訪れたはじめの夏、両親が離婚し、いきなり母親に、母と仲の良くないこの祖父の家に放り込まれ、母はそのまま帰っていった。仕方がないなとこぼしつつ、祖父は、私に、その峡谷にのこされたジェットコースターの整備を、ロボットを使って一緒にしようという。整備で退屈になると、さらには、釣りをしようという。
 谷底のジェットコースター発着場へ簡易リフトで降り、祖父に連れられて竿を持ち、谷底の沢を歩く。何も釣れずにいると、祖父は竿をあやつってアマゴを何尾もつりあげる。暗くなって、蛍が漂い始める。そこへ、簡易リフトが作動し、私の父が下りてくる。
 父は、事業がうまくいかず、自分で仕事を見つけてきた母に離婚を言い渡されて、やりなおすために遠い場所に行くので、その前に私に会いに来たのである。祖父は、父を、事業者としてあまり出来が良くないと思っているようだが、歓待する。
 私はいつのまにか寝ていて、夜中に覚めると、祖父と父が、母の話をしている。かってロケット乗りだったころ、母から仕事先に飛んできた、印刷型メールを祖父は見せる。薄い紙に画像が印刷、チップが組み込まれて、オンにすると画像が立ち上がる代物で、祖父と父はそれを繰り返しては、10代の母が挨拶する声を聴いている。
 翌朝目覚めると父はおらず、私はテーブルに出されたメールを手に取って再生してみる。そこで轟音が響いてくる。メールをポケットにねじ込んで出ると、ジェットコースターの車の試験走行している祖父。チェックポイントも全グリーンというので、二人乗りの車にそのまま乗りこむことになってしまう。ジェットコースターでひとまわりして谷底につく拍子にメールが飛び、沢に落ちる。流されながらメールは作動、挨拶しながら母の画像は流れていく。仕方がないといいながら祖父は落ち込んでいる。
 その夕暮れ、谷を見下ろしていると、暗くなるにつれて谷底がぼんやりひかる。蛍である。やがて風に乗って舞い上がって、谷間は宇宙空間のようになる。祖父は、宇宙を飛ぶすばらしさを語る。私は、自分もロケット乗りになれるだろうかというが、それは迎合でしかなかった。
 祖父は、ロケットに乗って家族とのかかわりも薄く、私の祖母に当たる妻も看取ることはできず、娘である私の母ともきついやりとりしかしなくなったが、それでも彼女は自分に似たとつぶやき、私をジェットコースターに乗せた。私は、蛍の星の間を、ロケットに乗るように飛び回った。
 私に宇宙をみせてくれたジェットコースターは、その後使われることなく朽ちて行き、私はその後も何度かその谷で過ごした。私はロケット乗りにはならず、祖父もやがて死に、訪れることもなくなったその谷に巻き上がる蛍を、私は今も思い出す。

文字数:1250

内容に関するアピール

この梗概と同日提出の実作は、物語が動かず、書くのをほとんどあきらめていたのですが、締め切り前日の昼に諸星大二郎を読んでいるうちにやっと話を動かす仕組みを思いついて、なんとか短いながらも仕上げました。前回実作に続く、お役人ものですね。ですが、どうも話の前半だけじゃないのかという気分で、きっちり書くと本当はかなり厚い内容になるべきもので、ひょっとしたら最終実作として作り直すかもしれません。
 とまあ、ろくなもんじゃない宣言したうえで、この梗概です。
 かなり昔に考えたものですが、ちょっと書き直したくなったので、どういわれるかと思ってもって来ました。いつまでも続く夏休みを思いながらつくった話です。あまり長くならない内容ですが、講評いただけたら幸いです。

文字数:325

課題提出者一覧