偽景ぎけい

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梗 概

偽景ぎけい

2031年、東京の月島一帯は、野生化した建築物で埋め尽くされた

20年代後半から、月島では実証実験として、能動素子アーキ・セルと呼ばれる素子での建造物が試作され始めた。一つ一つは微小な素子セルながら、内部で化学反応系のアトラクターを内蔵し、外部から入力されるプログラムに従って、物性や色を任意に変化させながら複雑に組み合わさり、多彩な建物の構築を可能にした。更には生物の細胞を模倣したシステムによって自己増殖も可能で、そのため低コストで複雑な建築が可能となった
だが、ある時起きた地震による衝撃で、素子同士の反応経路が絡み合った結果、まるでガン細胞のように異常増殖を繰り返され、島全体は覆い尽くされた
橋をすべて爆破することで、被害を島の内部に押し込めたが、素子達は、内部に残ったデータを参照し続け、自発的に建築物を模倣し、独自の建築様式を模索し始めた。その現象は”相転移”と呼ばれ、その一帯は偽景ぎけいと呼ばれるようになった

それから10年後、2041年。立ち入りが制限されてる偽景には、素子で紡がれた建造物で生え茂る、独自の生態系が築かれていた。その土地を23歳の女性、橋本たまきは探索しながら、偽景の今の様子をネットで配信している。その配信で集めた寄付で偽景を解析し、月島を元に戻すのが目的だ。そのために、エンジニアの七瀬と会社を設立し、資金を集めるために偽景管理の下請けなども行っていた
そして、環にはもう一つ目的がある。偽景のどこかにあるはずの、弟の遺体を探すことだ
弟、恭司きょうじは、幼いころに事故で半身不随となり、脳の言語野と視覚野に障害を残した。相転移が起きた時、ふたりは月島の新国立科学館にいたが、混乱によって逸れ、そのまま恭司は消息を絶ち、彼は特別失踪として、災害で唯一の死者となった
大人になった環は、恭司の身体の一部でも発見するために、偽景の探索を繰り返している。その折には、自分が来たことを知らせるために、偽景の一部に毎回、落書きを残した。そのマークは、ふたりの合言葉。恭司は、脳を補助する電脳デバイスで自身の感情を色で表現し、環と意思疎通をとっていた。その際の挨拶に使ってた色と印だ

ある日、環が偽景に入ると、素子達が色めき輝く光景を目の当たりにする。環には、その色に特定の規則があることが理解できた。それが、恭司のとそっくりだったからだ。そこで環は、まだ恭司が偽景にいるのではと考える
その色をヒントに、七瀬による偽景の解析は格段に進み、ついに一帯を元に戻すための方法が見つかる
だが、環は恭司の痕跡が消えるのではと恐れ、その実施を逡巡する。すると、七瀬は過去、自分の書いたコードのバグが、相転移を引き起したと告白し、その禊のため、勝手に偽景の初期化の準備を始める

その事実を知った環は怒り、単独で偽景の科学館を目指す。蠢く素子の中を必死にたどり着くと、中は様々な色彩が点滅を繰り返していた。そして環の目の前に、電脳デバイスが接続された、恭司の脳の姿があった。そこで、環は理解する。偽景の建造物達は、恭司の脳を写像した模倣物ミミクリとして、活動していたのだ

その時、突如、一帯の素子の動きが活発になる。動揺する彼女に七瀬が追いつき、事態収束の提案をする。それは、偽景を翻訳コンパイルすることで、独立したサーバー上に移し、素子を停止させる計画だ。ふたりで協力し、暫定的に事態は収束した
その後、橋本家の檀家の寺で、偽景の一部を燃やし、環は恭司の供養を行う。そして、サーバー上に残った新たな生命の可能性を、恭司の忘れ形見とし、環は育てていこうと心に決めた

文字数:1500

内容に関するアピール

生命の可能性×建築システムがテーマです
エンジニアとしてシステムを開発していると、時々、『こいつ生きているのでは?』と思うようなバグに遭遇します。その場合は当然、必死にそのバグを潰し、そのようなことが二度と起きないように対処しますが、しかし、実際の生物では、むしろそのバグによって突然変異を繰り返し、進化をしてきたわけですから、バグを修正する行いは、開発者によって想定の枠組みに無理やり抑え込もうとしているようにも感じ、システムの進化の可能性を潰しているようにも思います
そこで、『もし、プログラムコードが身体性を持ったら、いったいどういう可能性がありえるんだろうか?』をテーマに小説を書こうと思いました

文字数:300

課題提出者一覧