梗 概
ヨゴモリ
海辺に面し険峻な山が連なる災害の多い「鹿毛」を開拓した水辺家。地域伝承には、狐狸妖怪を「生死を操る力」で倒したという伝説もある。水辺家には、毎年春にブナ林で一晩を過ごすという儀礼が伝承されていた。
水辺家には不吉な死に見舞われるという言い伝えがあり、水辺家の跡取り「流」の幼い頃には、父親「漁」は「死ななければならない」と叫び海に飛び込んで消えた。祖父「汀」とともに幼少期から儀礼を行っていた流。晩を過ごす際に汀から水辺家の伝説を口伝される。「闇夜に鳴かない烏の声にだけは気をつけろ」と汀。汀の死後、儀礼は流に引き継がれた。流は闇を恐れた。従兄弟で一つ年下の「巽」だけが、流の悩みを理解しようと寄り添っていた。
大学進学を理由に、地元を離れ儀礼を放棄した流。従兄弟の巽が代わりに儀礼を引き継いだ。水辺家の柵から離れた開放感を感じる一方、責務から逃げている罪悪感が流を苦しめた。大学卒業間近の夏、流は入水自殺を試みてしまう。意識を取り戻した流のそばには、1人の男の姿があった。「清水」は遺体引き上げ師で、生き返った流に一度は驚いたものの、「残念だったな」と歯を見せて笑う。流は、清水の仕事を手伝うなかで、清水の笑顔の意味を恐怖心に向き合っているからだと理解する。
流が地元を離れて数十年後。鹿毛で融雪による土砂崩れが起き、何名もの行方不明者が出た。地元に戻った流の元に、行方不明になった巽を救い出すように巽の家族から懇願される。被害のなかった水辺家は住民たちからいやがらせを受けていた。流は、夜を徹して救助活動に参加した。
活動中に、烏のような鳴き声がする。流がその鳴き声をたどっていった先には、災害の起きていない「鹿毛」の街そのものがあった。しかし、川は下流から上流へと流れ、日は西から東へと傾いており、現実とは微妙に異なった世界であることに気づく。流は実家に行く道の途中、呆然と佇む巽を見つける。巽とともに水辺家を訪ねるとそこには汀。汀は、すでに巽が亡くなっていることを流に話す。「救えるのなら救いたい」と流。死者を救うには代償を払わねばならず、父の漁は災害で死んだ鹿毛の人々を救うために死んだことを汀は明かす。「お前にはできない」と汀。
汀から逃げる流たちであったが、道を戻っても元の世界には帰れない。すると、刃物を持った人型の黒い影のようなものが現れ、流を襲う。身を挺して庇った巽も傷を負う。「助けるためら死んでも構わない」と流。「助けたければ全ての理をさかさまにしろ」と影。流の手に刃物を持たせて、影自身を切り込ませた。すると、倒れた影から漁の姿が現れた。怯える巽の胸に刃物を刺す流。二人の血を滴らせる流は、行方不明者たちを殺し、日と川の流れを呪った。太陽は溶け、川は干上がり、世界は闇の中につつまれた。
目が覚めた流は、東から日が登る世界に戻っていた。巽や他の行方不明者が生きていることを確認すると発狂したかのように喜ぶ流。前触れもなく突然地元に帰ってきた流の様子に異変を感じた巽は、「そばを離れるな」と言う。流は「安心しろもう大丈夫だ、あとは俺が死ぬだけさ」と笑いながら手に持っていた刃物で絶命する
文字数:1306
内容に関するアピール
第4回提出課題の提出作です。
大国主やスサノオの貴種流離譚と黄泉平坂・根の国の死後の世界をモチーフに考えました。死後の世界を逆さまに捉える習俗は多くあるそうです。「闇夜になかぬ烏の声聞けば生まれぬ先の父ぞこひしき」は有り得ないことを歌って相手を呪う歌(サカウタ)です。そこから、着想を得ています。貴種流離譚は、偉大な英雄を作り出しますが、それも逆さまにして、ダークな英雄を描きたいと考えています。
第四期から続けてきて、自分の描きたいものは何かを考えて書いてきました。実際に自分が感じたことを根幹に置いて着想を広げています。実際に祭祀を担っている人の悩みを見聞したことがあり、抗いきれない運命にどう向き合うのか考えてみました。
文字数:312