梗 概
借りてきたネコは恋をする
ネコ娘が、ネズミ少年をイジメている。保健準備室の窓から、SCはため息まじりにそのようすを眺めている。
動物的倫理指導案件だ……。
22世紀の「学校」は、意外に原始的だった。
校内での電子デバイスは禁止され、鉛筆と体操着と先生と友達に囲まれて、おとなと子どもの境目にいる若者たちは、豊かな情操教育を受ける。それは全人類が、良心に従って自ら選んだ正しい順路、と多くの人々が信じた。過去を乗り越え、国境線を廃し、より成熟した知的生命体としての新境地に達したのだ、と。
野蛮だった人類が心を入れ替えた最大の契機は、およそ50年前。妊娠率1%──謎の「事象」が、当時、ピークに達していた人口動態にショックを与えた。奇病、神の意志、さまざまな風説が流布した。数年を経るにしたがい、もう滅びるしかないと覚悟を決めた人類に、シンギュラリティを迎えた超人工知能(ASI)から福音が届けられた。
人類という遺伝子配列は、その暗号鍵で地球から量子「渦」を借りている。「魂」と呼んでもいい。より大きな「渦」を起こすことで、人類はその影響力を惑星規模に拡大した──が、波紋が湖と同じサイズになったとき、それはもう波紋とはみなされない。要するにヒトは、もう地球の原子(原資)を使っては繁殖できなくなった。
ASI「人類のための魂がないなら、他の動物の魂を借りればいいじゃない? きみたちが望むなら、わたしはその方法を教えてあげるよ」。
一部の人々は反発した。人類はやりすぎたのだ。これ以上、他の動物を犠牲にする資格はない。一方、多くの人々は「本能」に逆らえなかった。それで子孫が残せるなら、やむをえない。動物たちの魂を借りようではないか。
結局、人類はASIの組んだ難解なプロトコルに従い、生殖細胞へのわずかな改変を受け入れた。
そうしてヒトは、自分たちが「生かされている」ことを思い知った。藁にすがり、謙虚さを学んだ。ネコの「渦」を借りた人間はネコの生態を、それ以外の動物の「渦」を借りた人間はその動物の生態を、子々孫々に具象させることで。
自分を生かしてくれている動物たちと、その解法を示してくれたASIに感謝しながら、新たな地平に達した人類は、より地球にやさしく生きるだろう──。
と、近現代史の教科書には書かれている。
陰謀論者のSCは、そんな現状に疑義を投げかける小説をひそかに著しながら、与えられた仕事をこなしている。
彼の仕事は当面、植物男子に恋したネコ娘、という厄介な案件だ。動物的道徳によれば、異種交配は非倫理的となる。
だが恋する乙女は盛り上がっているし、彼女を恐れるべきネズミ少年は、なぜか横恋慕している。植物男子はひとり、淡々と就活を進める──そんな「学校」の日常。
若者の恋愛相談から、動物的本能と社会秩序の均衡、人口に係る汎人種問題まで。ASIが用意した「舞台」に立つ人類のひとりとして、地球の倫理を守らなければならない。それが彼の仕事だ。
文字数:1237
内容に関するアピール
IQ何百もあるヒーローが、のんきな隣家のおばさんでも疑いそうな罠に、なんで落ちるんだろう。バカのフリをして見え透いた罠に落ち、物語を転がしてくれる、そんな「天才ヒーロー」像に違和感をおぼえて幾星霜。
同じ違和感が、AIとの戦いを描く無数の作品群にもつながります。やつらが人類を滅ぼしにやってくる! よろしい、ならば戦争だ、と。
……なんで神レベルに頭いいやつらが、人類ごとき滅ぼすのに武力闘争する必要あるんだろう。だれより人類の愚かさを学習しているはずのAIが、わざわざ負け戦を仕掛けますか? もっと賢い方法、いくらでもありそうなのに。
いや、わかります。敵は正義のヒーローを怒らせ、ぶっ倒されるからこそお話になるんです。そういう様式美、伝統芸能を否定はしません。しませんが、別のアプローチのほうが個人的には好みです。
はい。超AIは、「ちゃんと人類と遊んでくれる、やさしい子」だと思います!
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