Time Flies

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梗 概

Time Flies

「松原の師匠によろしくな」
 高座を終えた落語家、並木亭文は、そう声をかけてくれる師匠連中に頭を下げると、松原にある並木亭小文治宅へと急いだ。文が前座から二つ目に昇進したばかりの頃、小文治が足を悪くした。それから、身寄りのない小文治の面倒を一人きりの弟子の文がみている。
 小文治は、一年ほど前から徐々に高座でとちることが増え、近頃はそれに客が笑いだす始末。それでも高座に上がる姿が、芸にしがみついているようで文には浅ましく見えた。無性に腹が立って、自分も老いてこうなるのかと思うと、たまらない気持ちになり、師匠小文治の存在が心底煩わしかった。
 
 数ヶ月後、小文治が認知症を患っていることがわかった。1人で面倒をみつづけることは難しく、文は小文治を入所させるため特別養護老人ホームへ申し込みをした。
 ホームを下見に尋ねたとき、入所している寝たきりの祖母の世話をしている青年、崎山と出会う。崎山と祖母は二人きりで暮らしており、両親とは疎遠だった。
「かゆかったね」
 祖母の張り付いた髪の毛を、崎山は嫌な顔ひとつせずに、水のいらないシャンプーで洗う。崎山はいずれくる老いを受け入れたさびしい目をしていた。
「散っちゃうからって咲かないのかい」
 前座だった頃、才能がないと自棄になった文に、小文治が夜桜の下で言った言葉が文の頭の中に蘇った。
 
 文は、小文治の入所の順番が回ってくるまで、崎山にアルバイトとして介護の手伝いを頼んだ。そして、折に触れて外に連れ出した
 池袋の火鍋、花園神社、上野のうまいせんべろの店。
 文は崎山に小文治との思い出を語りながら、小文治が認知病を患いながらも芸への情熱を燃やし続けていたことに気づく。崎山も祖母との思い出を話した。そして祖母の介護をする限り叶わない夢だが、高校時代の友人が働く北海道の農場に行きたいと言った。老いや死、胸にしまってきたこともお互いには言えた。

 文は小文治と向き合った。病の淵で芸を磨きたいという小文治の葛藤に寄り添い、一緒に芸を磨く。
 崎山は、徐々に弱っていく祖母の死と向き合いながら、小文治の介護を手伝い続けた。

 その年の冬、崎山の祖母が肺炎で死んだ。
 すぐに小文治の入所が決まる。小文治の入所を待たず、文に背中を押されて崎山は北海道へ旅立った。 

 入所の朝。小文治が一番多く高座に上がった末廣亭を訪ねるため、二人は新宿へ向った。乗り換えに降りた渋谷駅。「これの前で一席やってみたいもんだね」と通る度に言っていた、壁画「明日への神話」の前に、小文治はおぼつかない足取りで座り込んだ。
 羽織もない、着物でもない、皺だらけのポロシャツとズボン姿で、しゃんと背筋をはった、小文治の最後の一席がはじまった。雑踏のなか、文は師匠を見つめていた。

 数年後、文は真打ちになった。独演会、最後の一席。
「本日は新しいお噺に一席お付き合い願います。落語には粗忽者、女狂いに、酒狂い、変わったお人が出て参ります。私の師匠並木亭小文治は、生粋の落語狂いでございます」
 文は並木亭小文治の生涯を落語にする。

文字数:1262

内容に関するアピール

 老いた祖母の世話をしながら、自分の夢を忘れて生きる青年「崎山」、老いていく師匠を受け入れられない壮年の落語家「文」、認知症を患い記憶を失っていってもなお芸を磨こうともがく老落語家「小文治」のお話です。
 小文治が老いと病とどう向き合って、落語家としてして生きるのか。
 急激に変わっていく師匠の姿を見続ける文は、どうやって己の気持ちに折り合いをつけるのか。
 いつか老いて死ぬことにをおだやかに受け入れようとする崎山は、自分の未来にどんな意味を見出すのか。

 書いていきます。

文字数:235

課題提出者一覧