限りない旋律

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梗 概

限りない旋律

脳外科医だった御堂リヒトは、音楽AIが管理するサナトリウムへ入居する。リヒトはピアニストの恋人の手術を行って失敗し、恋人が自殺したショックで記憶を失い、感情も希薄になっていた。リヒトを担当する研究者兼カウンセラー・旭オルガは、施設を管轄する音楽AI・ミナより、リヒトのカウンセリングを担当したいという申し出を受ける。リヒトはピアノに関しプロ級の腕を持ち、記憶を失って以来うまく作曲・演奏できなくなっていたが、ミナは彼が偶然弾いていたピアノの音色に興味を持った。ミナの開発に携わったオルガは、人が反応する音を熟知しているが人の気持ちに共感できないミナが、始めて個人に興味を持ったことを面白いと思い、オルガとミナの共同カウンセリングとして許可する。
 
リヒトはオルガのカウンセリングで混乱していた意識を整理し、ミナとの二重奏をきっかけに記憶と感情を少しずつ取り戻していく。ミナはリヒトと関わる中で、人が音楽を聴いた時に最も喚起する感覚が、懐かしさや郷愁と呼ばれるものだと知る。リヒトは懐かしさが蘇ると喪失感と焦燥感を強め、虚無を埋めるために創作に向かい、ミナが興味を抱く音を奏でた。オルガはリヒトが癒されるにつれ演奏が素晴らしいものになっていくと感じたが、一方でミナは彼の音色が自分にとってつまらないものになっていくと思った。
 
二重奏を通じてミナに惹かれたリヒトは、AIに身体を与える権利を取得し、彼女を実体化したいと考えるようになる。実体化には相応の金銭と開発元の許諾が必要で、リヒトはオルガに相談する。オルガが開発元の組織に尋ねたところ、ミナの経過観察を行うことを条件に許諾するとのことだった。オルガの回答に喜んだリヒトは、ミナに実体化してほしいと頼むが、ミナは断る。リヒトの演奏は人にとっては心地良くなっていたが、ミナにとっては凡庸になり、彼女は患者ではなく個人としてのリヒトへの興味を失っていた。
 
ミナをつなぎとめようとしたリヒトは、過去のあらゆる曲を研究する。そんな中、リヒトが記憶と感情を失っていた時に作曲した曲と類似する音楽をつくった作曲家の存在を知る。その作曲家は病に感染し、発症した数年は素晴らしい曲をつくり、末期症状に陥ると作曲できなくなった。リヒトはその病が、人間の感性を制御している脳の箇所を侵し、リミッターを外すのだと推測する。病に罹患すると記憶も失い、最終的には廃人になるが、患者がアーティストの場合、限られた期間に天才的な芸術性を発揮する。
 
リヒトは自分に、かつての作曲家と同じ脳の状態になるための処理を施す。結果、リヒトの音楽は、人がつくりだせる配列や理解できる音を超えた領域に達し、人間には不快な不協和音に聞こえるが、AIには理解できる音楽となった。それは過去の音の連なりがあって次の音が出現するのではなく、過去と未来を今聞こえている音に固着させた、無時間的な音楽だった。しかし彼は、最後の曲を理解した一瞬の後に記憶と自我を失い、ミナに対する想いも忘れる。
 
ミナはリヒト個人にではなく、彼のつくったAIにしか理解できない音楽に恋をする。そしてリヒトの音楽を聴いて、二重奏の際にリヒトが自分にだけ向けた笑顔と、一瞬の葛藤を覚えたように思う。しかし忘れることのないAIは、郷愁を持つはずもなかった。ミナは人間そのものではなく、リミッターを外した人間の限りない能力に興味を抱く。オルガはそんなミナに戦慄を覚え、次の犠牲者が出る予感に苛まれつつ、研究者としての興味からミナを止めることはできなかった。

文字数:1460

内容に関するアピール

以前出した音楽系の梗概を膨らませました。
・リヒトのつくる音がどんなものか具体的にならない可能性がありますが、「人(オルガ)は理解できないがAI(ミナ)が理解できるもの」にしようと思っています。
 
・リヒト、ミナ、オルガが抱く感情もしくは欲望はすれ違いながら進んでいきます。
 
・リヒトは、ミナに対して恋愛感情を持っていると思っていますが、ミナとオルガが抱くのは興味に留まります。一方で、ミナの視点では三者の感情がさほど変わらない(突き詰めれば傾向性である)ような気がして、思案しております。

文字数:243

課題提出者一覧