うつろね

印刷

梗 概

うつろね

 シオンは、琴の奏者。多彩な音色が評価され、琴の名手ミヤコの元で奏法を習いながら日々を過ごしている。ミヤコの元で、長年学んでいるスズシも優れた奏者であった。齢を重ね、容貌にもかげりが見られたスズシ。しかし何事にもとらわれないスズシは、空虚な琴の音色を響かせ、多くの人の心をとらえた。

 シオンには、額に生える角が見えた。シオンは、父君や兄君の角以外に見たことはなかった。しかし、シオンは里から離れ生活するにつれ、ミヤコや琴の使い手で角が生えているものがいることを知る。男宮に奏法を指導するミヤコは、時折その角を鋭利にして帰ってきた。シオンは、琴の鍛錬をしながら、ミヤコのように自分にも角が生えてこないものかと願う。鏡に映る自分の額には角が生えてくる気配はない。

 スズシに角の話をすると、スズシは、夢に角に突き刺される夢をみることがあるという。寝ているスズシの手を貫く、大きな角。闇夜に浮かぶ二つの光が揺れて消える。その角の暗示が、不吉なものの表れかもしれないとスズシは、長く自室で忌みこもってしまう。シオンは変わらず鍛錬にいそしんだ。スズシの部屋から聞こえる琴の音色は、我を忘れるかのように一日中鳴り響いた。

 男宮によって開かれる、春の宴では、琴の演奏が披露される習わしであり、その奏者としてシオンとスズシが選ばれる。シオンが弾けば、つぼみの花は咲き乱れ、スズシが弾けば、花は激しく舞い散った。どちらも優れた演奏であったが、シオンはスズシの音色に心の迷いを感じ取った。

 月夜、シオンの部屋にスズシが訪れる。スズシは今日を最後に立ち去らなければならなくなったことをシオンに伝える。ミヤコに男宮の元で使えるように言われ、なぐさみものとして琴の音色を弾くことはできないと断りを入れたが、それ以後、あの角の夢を忘れることができないこと。何事にもとらわれず弾くことで出せた音色が淀んでいくのを感じていること。泣き崩れるスズシを抱くシオン。

 スズシは今の気持ちを振り落ちる桜を雪に例えて歌を詠んだ。

 しかし、シオンは、詠みかえすことができない。

 しばらくして雲で月が隠れ、闇夜の中、スズシは外に飛び出していった。スズシは鬼にさらわれたと噂され、不吉とされたスズシの琴をシオンは引き取った。

 シオンは、スズシがいなくなり、心が空っぽのように感じられた。長い間忌みこもっている中、スズシの琴を奏でていると、まるで自分の音色がスズシの音色のように感じられる。何事にもとらわれず、うつろな音色。

 忌みを終え、久しぶりに見たミヤコの角に違和感を感じる。シオンは、部屋の鏡に布をかぶせ、自分の額をみないようになる。

 スズシの代わりに男宮の元に行くことになったシオン。春の宴で、スズシへの想いを込めた音色は、咲き乱れた花々をはかなく散らし、天地のもろもろを揺るがした。

文字数:1170

内容に関するアピール

 今回書きたいものは、女性による女性へ抑圧です。

 実際に、年齢や容姿や能力で、自分のやるべきこととは違うことを求められ、潰れていった人を見て、なんともやるせない気持ちになりました。額に生える角は、女性の抑圧・嫌悪の象徴です。活躍すればするほど、男性社会に組み込まれ、角はどんどん鋭利になっていきます。上に立つ女性が、弱い立場にある女性を利用しようとする、そんな実態を描いてみたいです。 

 平安時代のような世界観で、琴の奏者が重んじられ、女性でも名手であれば活躍できるという設定です。「琴」の字を使っていますが、弾いているのは、琴柱のある「箏」をイメージしています。

 音楽を表現するのは難しいと思いますが、古典の比喩表現を参考にしながら書いてみたいと思います。

 シオンとスズシはライバルであり、年も離れて、姉妹のような関係です。

 参考文献 『うつほ物語』 編 室城秀之 角川ソフィア文庫 

文字数:393

課題提出者一覧