踊るつまさきと虹の都市

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梗 概

踊るつまさきと虹の都市

 
 都市はあかかったが、少年は色とりどりだった。身を包む投影外套が電子身体を展開し、少年に幻影が重なっている。羅刹女ラクシャシー、しかも現代風にデフォルメされとびきりの可愛さとおっかなさをそなえた。
 けれどそれが珍しいわけではなく、街ゆく多くの人が電子身体を展開していたし、都市そのものがあかいのも少年と同じ技術だ。なだらかな谷間に密集して林立する積層建造物──僧房は、すべて電子的な情報投影による紅の色彩拡張が施されていた。昔は染料で塗っていたらしいが、高度三千メートルの高地では強烈な日射によって色褪せが早い。青天と紅の僧房とが織りなす情景は、本来は信仰のため──今や観光資源として、この都市を染め続ける。
 チベット高地。都市化された仏教学都で、少年は僧として『虹の身体』を探していた。現在身に纏う羅刹女の電子身体も、その『虹の身体』を求めてのことだ。
 
「『虹の身体』とは、死と生の中有パルドで、僧の使命たる衆生救済の──」目的地たるレッスンスタジオにたどり着いた少年ペーマは、そうチベット仏教を教え、
「人には、あらゆる音からリズムを抜き出す脳領域があって、それに合わせた運動制御つまり踊ることで、個人間の身体的・感情的な協調が――」かわりに師クラーシャからは理論とバレエを教わる。
 なぜバレエかといえば、この地の仏教の開祖へ捧げる仮面舞踏のため訓練でもあったが、ペーマ個人の趣味のほうが理由の割合は高かった。
 そしてレッスンが終わってから、クラーシャはペーマに懺悔した。ペーマの使用している羅刹女の電子身体が、買収され、個人での使用が不可能になってしまったことを。買収したのはオウルという起業家で、クラーシャの恩人だと。この都市の貧困を改善するため――それがオウルの言い分で。収益化こそがオウルの信条だった。バレエ団から解雇され踊れなくなったクラーシャに、バレエ教室の教師と『もう一つ』の収入源をたらしたのもオウルだ。そして、彼の今回の目的は仮面舞踏の収益化だった。複数の電子身体を買い集めて、仮面舞踏自体をショービジネスとして提供すると。
 電子身体を取り戻し、仮面舞踏のビジネス化を阻止する合法的な手段は一つ。仮面舞踏用の電子身体を纏うダンサーのオーディションを勝ち上がり、事実上の主導権を握ること。
 
ペーマは決意も新たにオーディションに参加し、クラーシャの協力を経て勝ち上がっていく。そして最終課題のパートナーとして現れたのは、買収されたペーマの電子身体だ。誰も纏うもののいない電子身体が、ひとりでに踊りだす。クラーシャに教わった、ペーマと瓜二つのダンスを。クラーシャの『もう一つ』の収入源たる、『電子身体用のダンスモーションの作成と販売』の成果だった。付き添いのクラーシャが、自分の胸元で手をくしゃりと握りしめる。
 現代風にデフォルメされとびきりの可愛さとおっかなさをそなえ、師の踊りを完全に再演する、羅刹女ラクシャシー
 それは逆に言えば、師の知らない仏僧の教えを実現すれば、凌駕できるということだった。ペーマはおもむろに体を動かす。
 生と死の中有パルド、使命たる衆生救済――リズムを抜き出す脳領域、拍による個人の協調――踊りはすなわち、他者と生命を共有する形なのではないか。
 そう考え付いたとき、すでに課題は終わっており、つかみかけた『虹の身体』の片鱗はどこかへ消えてしまっていた。
 最終オーディションには落選したが、ほかにも合格者は出ず、仮面舞踏のビジネス化の話は進まずに終わる。
 紅い虹の都市で、クラーシャが、ペーマに手放しの拍手を捧げる。

文字数:1500

内容に関するアピール

チベット仏教VRバレエSF。最初に浮かんだのは、ラルンガルという割と有名な仏学院があって、そこが都市化されて高山地帯にある真紅の九龍城みたいなったら情景として面白い、という話です。次いでチベット仏教について書籍をあさり、虹の身体や幻身という概念を見つけ、そこにVRと身体論をくっつけてできたのがこれ。なんでバレエかといえば、東洋的な身体論と西洋的な身体論の対比を描ければ面白いと思ったのだけど、梗概内には入りきらいないということが発覚した。本当は白鳥の湖をモチーフとして入れ込んでいたのだけれど、それも梗概では没に。これは……あきらかに僕の手に余るとおもうのですが。

文字数:283

課題提出者一覧