梗 概
国桜
天月の血を引く者は、天賦の才を持って生まれる代わり、決して真の幸せを得られない。
血筋は多くの傑才を輩出してきたが、「呪い」と囁かれるほど彼らの人生は凄惨だった。
現当主・石楠の甥、上国は封建的な家風を嫌い、単身で留学。人間機工学を学び、その才から十九歳で汎用ヒューマノイド・オペレーションシステムの開発を主導、有機少部品ボディを設計し、ユニーカヒューマノイディックス社を創立、財を成した。
二十二歳で結婚し、娘の桜子が生まれるも、生後まもなく余命宣告される。病状は奇跡的に安定し、「他者をつなぐ」才を持つ桜子のおかげで、人材と出資者に恵まれ、上国は「ヒューマノイディックスの革命児」と呼ばれた。だが、桜子が十歳になる頃、妻が事故死。上国は第一線を退いて家庭に従事した。
桜子が中学に入る頃、突如、石楠から天月家の跡継ぎとして娘を養子に求められる。不幸が重なった血統至上主義の天月の血を引く者は、当主以外で上国と桜子のみとなっていた。上国は相続権を放棄しており、直系親族は桜子しかいない。石楠は事業を世界規模に拡大した女傑だが、子に恵まれず、家名に頼らず成功した上国を嫌悪していた。
かつて従姉が養子となり、重圧で自ら命を絶った過去から、人を人とも思わぬ石楠の要求を上国は拒んだ。
同じ頃、桜子の病状が再発し、悪化。その治療法は未だ確立されていなかった。桜子を手放せば、天月家が尽力すると石楠が提案するも、上国は娘の人生を“未来”に賭けた。
桜子が生まれたときに製作した特別仕様のヒューマノイド・トレバーを改造し、理論の段階でしかなかった深眠機能を搭載。天月家の追っ手が迫る中、上国は「一緒に花見をしよう」と約束し、睡眠薬を投与した桜子をトレバーの腹腔内へ。妻の形見のブレスレットを桜子へ付け、トレバーを逃がして自ら家を爆破。娘の死を演出した。
トレバーは桜子を腹に抱いたまま、いつとも知れない治療法が確立される日まで、日本中を逍遥する旅が始まった。
百年後、消耗したトレバーはディープスリープの維持が困難になり、損傷も激しく、治療法の確立を認識できない。この場合、「桜子を起こさない」よう上国に“頼まれて”いたが、トレバーは桜子を覚醒させ、真実を打ち明けた。ダウンするヒューマノイドの傍らで、桜子も体力の消耗から意識を失う。
病院で目覚めた桜子は、病が完治したことを知らされた。上国の賭けは当たった。
上国の遺産でトレバーのボディを修復し、桜子は百年前に父が花見を約束した場所へ。ブレスレットが反応し、木の洞にめり込んだ上国のボイスレコーダーを発見。満開の桜の下、桜子は父の声を聞きながら涙する。
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内容に関するアピール
この一年は自分と作品を見つめ直す貴重なひとときでした。講座を通し、自分が「何を書きたかったのか」、見えた気がします。
人と人ならざる者たちの物語は今、語るべきことがたくさんあると思います。それは間違いなく、我々の次代へ伝えるべきストーリーであり、小説として表現するに相応しい題材です。
そういう“想い”はしかし、我々の思い込みに過ぎないのかもしれません。次の世代にとっては勝手な重荷でしかないかもしれない。ちょうど、桜子のように。
彼女は優しい心を持っているので口にすることはありませんでしたが、たとえ短くとも父との日々を過ごしたかったのです。上国は理解しながら向きあわず、トレバーは桜子の心を察し、創造主へ進言しますが、聞き入られることはありませんでした。
将来、AIやヒューマノイドがトレバーのような“心”を持つことを願い、ここに最終実作として本作を提出します。
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