おねえちゃんのハンマースペース

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梗 概

おねえちゃんのハンマースペース

1.

道哉の姉には不思議な力があった。目に見えないポケットのような空間が背中の後ろにあるらしく、本人の意思で自在にモノを出し入れできるのだ。まるで昔のアニメのキャラクターみたいに。

ごっこ遊びの最中、空想の剣を抜くふりをした姉が紛失したはずのおもちゃの剣を握っていて、そこで初めて姉弟は能力に気づいた。アニメにおけるこのような謎の空間を俗に「ハンマースペース」と呼ぶらしい。姉も、父がたまに折檻に使う金槌をスペースに仕舞った。

実験したところ、姉の手で持てるものならなんでも入り、重さも感じなかった。目当てのモノを思い浮かべればすぐ取り出せた。スペース内で時計は動かず、食べ物が腐ることもなかった。姉は夕食用にスーパーで大量のお菓子を仕舞った。

ある晩、泥酔した父が姉弟に暴力をふるう。姉は金槌を取り出し、道哉をスペース内に匿う。道哉が外に出されたとき(体感では一瞬だった)、父はどこにもいなかった。動けなくされて仕舞われたのだ。こうして姉弟は父から解放された。

祖母の家に引き取られて数ヶ月後。寝ぼけた姉は、目の前にある私物と完全に同じものをスペースから取り出してしまう。実は姉の能力は、一旦モノを仕舞えば分解して読み取り、何度でも無から生成できるというものだった。見えないポケットではなく見えない複製機だったのだ。道哉は自分が再生成された存在だと悟り愕然とする。

 

2.

二十年後。過去の行為を悔いた姉は、自分の力は人々を救うためにあると考え、研究機関に身を捧げていた。

姉はスペースから姉自身を取り出そうとした。身体の一部を切り取りスペースに投入、再生成してまた繋ぎ合わせるのだ。やがて全身が複製可能となり、腕・背中・脳を主材料とした複製機の生産が始まった。大量の腕を用いたロボットアームと拡張された背中により巨大な建築資材を複製できる機種もある。複製機としての姉は世界中に普及し、資源問題は解消された。

人型の姉が帰ってきた。彼女ひとりが人間と見做される代わりに、複製機の姉たちは人間扱いされないのだった。ならば再生成された自分は本物の人間なのかと道哉は思い悩む。「道哉は道哉だよ。生まれに縛られないで」と言われ「お姉ちゃんは役割に縛られてる」と返す。自分も姉という役割を強いていると感じつつ。

懊悩の果てに道哉は永遠にスペースに仕舞われたいと願うが、姉の意思と人道的配慮から、複製機は人体を受け入れないよう造られていた。道哉は独学で姉の神経活動パターンを解析し、機械的に姉の意思を捏造することで複製機をハックしようと試みる。

ついにハックは成功するが、複製機の姉に引き止められる。やはり姉を置いていけないと思い直した道哉は、世界中の人々をスペースに入れて複製するよう方針変更した。誰もが再生成され、増殖していく。これで人間の定義が変わり、すべての姉が人間として認められると確信した道哉は、自分も救われた心地になる。

文字数:1200

内容に関するアピール

(一部の)マンガやアニメでは現実世界とは異なる物理法則に基づくおかしな現象がしばしば起こるということを、冗談めかして「マンガ物理学(Cartoon physics)」と呼ぶそうです。キャラクターが崖の端を通り過ぎてしまっても、当人がそのことに気づくまでは一切重力が働かない、みたいな。このマンガ物理学を使った物語を書いてみたいと思い、今回はハンマースペースを題材にしました。また、最終実作は文字数に余裕があることもあり、前半と後半でガラッと方向性が変わるような話にしてみたいとも思いました。

これまでSF創作講座で書いてきた作品を振り返ると、どうやら自分は「今まで当たり前だと思わされていたものや他人から勝手に押し付けられたものに対していかに抗うか」という話が好きなようです。あとは人間が人間じゃなくなる話や、単純にへんてこな話が好きです。最終実作でも、自分の好きなものを目一杯詰め込みたいと思います。

文字数:399

課題提出者一覧