梗 概
父たちの荒野
ハイラが初めて父と出会ったのは、一面に霜が降りたさむい冬の日のことだった。父は見上げるほどに大きく、二本の枝角を持ち、毛深く熊のような体、六本の足を持っている。いかめしく、荒々しく、言葉を知らず、古く毛深い体はみすぼらしいが、ハイラには父は美しく見える。
ある日子どもたちは村で一番大きな家に集められ、この世には男というものがおり、この中で最も強いものは男に変わらなければいけないのだと告げられる。そして男たちのなかでも最も強いものが群れを持ち、父と呼ばれるようになるのだと。ハイラはやせっぽっちの小さな女の子だったが、しばらくの間、父にあこがれて木の葉をつないだコートを被って過ごす。ハイラは周りからバカにされるが、おさななじみのアイはハイラを慰め、毛皮で尻尾を作ってくれる。
女鹿たちの部族には、男は≪父≫しかいない。女たちはおばあちゃんが中心になったいくつもの家で出来た村に住んでおり、おばさんたちは年頃になるとおばさんたち同士で所帯を持つのが普通だ。ハイラには幼なじみのアイがおり、子どものころからいつも一緒に過ごしている。将来はアイと一緒になることを期待されていると感じつつ、ハイラは、そこに飽き足らない何かを感じていた。
村に寒さが訪れ、食べ物が乏しくなりはじめた頃、ハイラは娘たちの群れに入って狩りに出るようになる。狩りはあらかじめ罠を作っておき、そこに父が夜中のうちに獲物を追い込むことで行われる。ある日、夜中に罠の様子を見に行ったハイラは、年老いた父に襲われる。年老いた父は自分が娘たちにとって代わられることを恐れ、大柄で若い娘を手当たり次第に殺すようになっていた。
そこでハイラを助けてくれたのは、見知らぬ若い父だった。ハイラは金色の毛皮を持った若い父と共に年老いた父と戦い、どうにか、退けることに成功する。
ハイラは一晩、若い父と過ごし、話をする。若い父は自分は男になりたくなかったと語る。けれども自分には双子の妹がおり、どちらかが獣とならなければいけないのだったら、妹を人間のまま残してやりたかった。そう思って妹と争っているうち、気が付いたら男になっていた。そうして一人で彷徨った末にここにたどりついたのだという。ハイラは涙ぐむ若い父を慰め、アイからもらった首飾りをかけてやる。この不幸でうつくしい生き物のために何をしてやれるだろうかと考える。
ひとつの群れに二人の父はいらない。あたらしい父が現れたことを告げるハイラに、けれど、祖母たちは今までにもこの村には何人もの男が訪れたけれども、そのたびに古い父と争って殺し合い、敗れてきたのだと告げられる。
若い父が村の周りに現れてから、妊娠する女たちが増え始めた。アイもまた妊娠し、安心させてやるために所帯をもつようにハイラは勧められる。だがアイと一緒になるには、ハイラも子供を産まなければいけない。それは嫌なのだと告げられたアイは、わかっていたとハイラに応える。ハイラは荒野の生まれで、最初から、男に生まれていたのだと。
再び荒野に戻ったハイラは、若い父を助けて再び年老いた父と戦う。戦ううちにハイラはいつしか獣のような姿、男へと変貌している。やがてハイラは若い父と共に、古い父を打ち倒す。ハイラは若い父を愛している己に気付くが、ひとつの群れに二人の父がいることは叶わない。ハイラは若い父を荒野に放逐するのではなく、己が旅立つことを決める。そして告げる。己もまた荒野に生きるものとなり、お前と孤独を分かつと。共に生きるものになると、父たちの荒野に。
文字数:1452
内容に関するアピール
この作品は『一つの群れのなかで最も大きい個体が牡になる』という生態を持った人間の社会を舞台に、男となることを望んで生きている一人の少女の姿を描くことを目的としています。
この世界では、男=牡=獣となることは、強大な力を得て多数の牝を支配することであるのと同時に、言葉を失って荒野をさまよい、最終的には新たな群れを欲する若い牡に殺されるという運命を与えられることでもあります。ハイラ以外の父たちは望むと望まざるとに関わらず、男であることを強いられた存在です。ハイラはその中で唯一、男となることを望み、すべてのリスクを理解したうえで男として生きることを選ぼうとします。
SF創作講座を通じて創作と向き合った結果、私の作風はテクノロジー小説じゃないなというのと「やっぱり愛の話は書きたいな」と思ったので、最終実作は広義のBLで行こうと思います。
文字数:367