標高2万mの窓拭き

印刷

梗 概

標高2万mの窓拭き

 人類が太陽系外惑星への植民を開始し、暫くたった頃。人は登山アルピニズムという娯楽を再発見した。2万m級の未踏峰を、二足歩行の<登攀機アルピノイド>で推進剤を一切用いずに踏破していく登山家アルピノートたちは、人々の憧れの的であった。

 宙野そらのナオミは、スペースコロニーの壁外修繕業務を請け負う「窓拭き宙野屋」の長女として生まれた。父は登山家アルピノートで、ナオミはいつか父のように山を登るのが夢だった。が、父はナオミとの「いつか一緒に未踏峰を制する」という夢を果たせぬまま、登山中に事故死。これがキッカケで、家族はナオミを登山から遠ざけるように。ナオミは旧式のお掃除ロボを駆り、回転するコロニー壁にしがみつきながら、窓拭き作業(≒対デブリ用コーティング作業)を続ける日を送る。

 そんなある日、ナオミが18になった頃のこと。老朽化したお掃除ロボの窓拭きセンサー(適正な圧力での窓拭きを可能にするセンサー)が誤作動し、ナオミはコロニー中枢部の天井ガラスを破損させ、家業の窓拭き屋は負債を背負う。

 ここで、コロニー近くの氷の惑星にある2万m級未踏峰<アンナプルナ=ノヴァ>で、登攀機による登山レースが行われることがわかる。賭けられた賞金額は、家族の背負った借金を返して余りあるほど。ナオミは一か八か、お掃除ロボでのレース出場の可能性を探る。

 しかし、最新鋭の登攀機に比べると、数世代も前の人型ロボットである所のお掃除ロボは完全にスペック不足。諦めかけたナオミだったが、ここで祖父のゲンゾウが、昔ナオミの父が使っていた登山道具をくれる。父の思い出を語る祖父。ナオミは父に似てロボット操作の筋がいいという。

 祖父とのトレーニングを経て、ナオミは<アンナプルナ=ノヴァ>のレースに出ることに。しかし案の定、機体のオールドファッションぶりをバカにされる。

 だが、いざレースが始まると、ナオミの意外な速さに周囲が驚愕する。それもそのはず、見た目はボロだが、父の遺した登攀機のエンジンをそのまま換装しているのだった。が、ムリな改造を施しているせいで、機体の損傷は激しい。一刻も早くゴールする必要がある。

 コロニーの壁面によじ登りながら鍛えられた登攀技術が発揮され、ナオミは意外な健闘を見せる。が、ここで惑星の常圧化装置の異常により天気が乱れ、猛吹雪に。これは、自分たちの装備を使っている選手を優勝させたい、大手登山道具メーカーの陰謀。

 猛吹雪の中氷漬けになった、頂上に続く壁面を登っていくナオミ。危険だが、高スペック登攀機を出し抜くにはこの最短ルートを通るしかない。

 だんだん優勝が見えてくるが、ここでお掃除ロボの窓拭きセンサーがまたしても誤作動を起こし、氷の壁面を窓ガラスだと判断。アイスピッケルの刃がつき立てられなくなる。

 ここで、ナオミは「窓を傷つけることなかれ」という窓拭きとしての矜持を思い出し、一か八か、ほとんど道具を使わず、氷壁を傷つけぬよう素手で、命綱なしの登攀を開始する。登山史から長らく忘れられていた、フリークライミングの姿がそこにはあった。

 こうしてナオミは優勝し、アンナプルナ=ノヴァの頂上に「窓拭き宙野屋」の旗が掲げられる。父の想いを乗せたエンジンとともに、彼女はかつて叶えられなかった父との夢を果たす。

文字数:1367

内容に関するアピール

ロボットで宇宙の山を登る話を前々から書きたいと思っていたので、書いてみました。2足歩行のロボットは現実的には色々不便かと思いつつ、登山の場なら、むしろその不便さが良いハードルになるのかと思ったりしています。実作では、もっと宇宙の山ならではのアクシデントや、窓拭きならではの乗り越え方を描きたいです。

ちなみに、かつてはそれなりに登山史で名を残した日本人も、アルピノートの世界ではかなり出遅れていて、日本人のアルピノートはほとんどいない(ゆえにナオミが注目を集める)という設定も考えたのですが、これだけ宇宙に進出してしまっている以上、国という概念などないだろう……という所で、その設定は諦めました。

文字数:297

課題提出者一覧