コトトイ塚で、きみを呼ぶ

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梗 概

コトトイ塚で、きみを呼ぶ

ハクはいつだって、言葉になやんでいる。頭のなかではいつもたくさんのことが舞っているのに、いざそれを口に出そうとすると、うまく出てこない。どれだけ言葉を尽くして伝えようとしても、どこか完璧でないような気がしてしまう。

だからハクはきょうも放課後の校舎裏で、うまく形にならなかった「ことば」を吐く。それは唇から、黒く乾いた砂のようにさらさらと落ちて、受け止めたハクの手のひらの中で、見たこともない様々なかたちをとる。

それからハクはそのひとつひとつの形を確かめ、並び替えて、じぶんだけにしか理解できない、じぶんだけの文章をつくる。

それはたとえば、「ともだちと話していてふと自分だけがひとりきりになったときのような気持ち」について的確にあらわす文章だったり「青空にひとつだけ、しみのように小さな雲が浮かんでいるときの美しさ」をとても正確にあらわす文章だったりする。それを確認してから、吐いた「ことば」をすべて地面に埋めるのが、ハクの日課だった。

高校生になってもまだ「ことば」を吐いているのは学年でハクだけだ。ほとんどの人は小学校の高学年、どれだけ遅くても中学校二年生くらいまでには、自分の中にある「ことば」を溜め込まずに処理できるようになる。ハクのようなケースは珍しく、両親はずいぶんハクを心配した。だからハクはこうして、だれもいないところで「ことば」の残骸を処理するようになった。

いじめられたことはない。明るくて優しい友人もいる。だけどそれでもハクはときどき、じぶんがどこか世界から仲間外れにされているような気分になる。誰にも理解できない自分の「ことば」を吐くたび思うのだ。

「このことばを読めるひとが、ほかにたったひとりでもいてくれたら」と。

そんなある日、ハクがいつものように校舎裏に行くと、自分が埋めた「ことば」を素手で掘り返している不審者に出会う。長い髪はボサボサで、ぼろきれのようなコートをまとったその人物は、ハクが埋めた「ことば」を抱えて逃げ出す。思わずそれを追いかけたハクは、街はずれにある、大量に投棄された「ことば」の山――コトトイ塚にたどり着く。

それは、かつて世界を脅かせた「言災(バベルクライシス)」の残滓だった。「言災」は一種の超能力で、その力に目覚めた人間は誰にも理解できない言葉を話し始め、その言葉を使って現実に干渉する力を持っていた。やがて彼らは一斉に消え、あとにはたくさんの「塚」が残された。それらは忌み地として疎まれているが、そこを不法占拠している人々もいた。彼らは言災罹患者のフォロワーとみられており、同じく危険視されていた。

ハクの「ことば」を盗んだ不審者もまたコトトイ塚にあるコミュニティの一員で、名前をトガといった。ハクはほかの住人たちから、トガはコトトイ塚に流れてきた当初から誰よりも「ことば」に没頭していること、そのかわりにだれとも口をきかないことを聞かされる。

ハクは自分の「ことば」を返してもらおうとするが、トガが自分の「ことば」を並べて意味の通る文章を作っているのを見る。

トガは、ハクの吐いた「ことば」の意味を理解していたのだ。

 

 

それからハクは定期的に、コトトイ塚を訪れるようになった。トガもまた、ハクを追い払うようなことはせず、いつしかふたりはハク自身の「ことば」や、塚に堆積している「ことば」を使ってトガと会話するようになる。トガは、かつての言災罹患者が旅立ったという「言理の果て」についてハクに話す。

しかし、ハクがコトトイ塚に行っていることが両親や友人にばれてしまう。両親や友人はハクを心配し、なぜあんなところに行くのかと聞くが、ハクはそれをうまく言葉にできない。結果として両親らはコトトイ塚の住人がなにかよからぬことをしているに違いないと決めつけ、警察に排除してもらおうという話になってしまう。

責任を感じたハクは、夜中こっそり家を抜け出し、トガのもとに向かう。トガは悪くないから逃げろというハクだったが、トガはそんなハクを冷たく突き放す。混乱し傷ついて帰るハク。ひとり残されたトガに対し、ほかの住民たちが「あの子は危うい。やるなら早めにしろ」と忠告するが、ハクは苦渋の顔をする。

 

 

翌日、ハクはやはり気になってコトトイ塚に行くと、トガたちが追い立てられていた。トガに罵声をぶつける友人たちを見て、ハクの中に湧いた「ことばにならない怒り」が暴走しかける。トガが近づいてそれをなだめるが、危害をくわえるのかと思った友人の投げた石がトガの頭に直撃し、トガは血を流して倒れる。それを見たハクは、ずっと危うい均衡を保っていた「言災」の力を暴走させてしまう。

ハクのように「ことばにならないことば」を第二次成長期以降も吐き続けるのは言災罹患者の初期症状だった。本来は治療の対象だったのだが、ハクは自分だけの「ことば」が消えるのが嫌で、それをずっと隠していた。ハクの頭の中が誰にも理解できない「ことば」であふれ、通常の思考が失われていく。

 

目覚めたトガはハクの状況を聞かされ、ほかの住人たちから役目を果たすよう言われる。彼らは元「言災」罹患者やその遺族たちで、言災の被害を未然に防ぐ役割を負っていた。トガはかつて恋人と共に言災に罹患したが、恋人だけが「言理の果て」に行ってしまい、同時に言災の力を失っていた。トガが「ことば」を集めていたのは、彼らの吐いた内容を研究することで、「言理の果て」に行った人たちを呼び戻したり、言災の治療を行うためだった。

本当なら、もっとはやくにハクを治療すべきだったが、トガもまたハクと同じように、いなくなった恋人の「ことば」を理解できるハクを治療したくなかったのだ。

あそこまで罹患が進んだ人間を安全に治療するすべはない、という住民たちに言われ、トガは覚悟を決めたように、まだ暴れるハクのもとへ向かう。

「ことば」でトガを排除しようとするハクだが、トガはそれを無効化していく。言災者が操る「ことば」は、世界のあらゆる事象を切り分けて分割することによって存在そのものに干渉する。だがトガは長年にわたる「ことば」の研究により、逆に「ことば」が持つ微細な意味やニュアンスを束ねた文法――いわば「多義語」を作ることによって、その破壊の力を無効とすることに成功していた。

すでにハクの体は「言理の果て」へと消えようとしていた。それでも拒絶の力をどんどん肥大化させてばらまくハク。このままでは、ハクが消える前に街全体を巻き込んだ巨大な破壊がおきてしまう。トガはそれを食い止めるため、全力を振り絞ってハクに肉薄。もう姿が消えかけているハクに向かって、これまで培ってきたあらゆる「ことば」の意味を束ねて、自らの声でその一言を告げる。

 

「いかないで」

 

――それは、トガが失った恋人を呼び戻そうと研究を重ね、だがついにその実現には至らなかった、未完全な「ことば」。

だが、まだ完全に消えていなかったハクは、その一言によって消失を免れる。

「意外と声、細いんだね」と言うハクを、トガは思い切り抱きしめるのだった。

文字数:2865

内容に関するアピール

「自分が言いたいことってマジでぜんぜんうまく伝わんねえなあ」と悩みに悩み続けたこの一年間の思いをブチこみました。

言葉にするってほんま難しいしイヤになることも多いんだけど、でも言葉にしようとする営みそれ自体が尊いよね~というかなんというか、そんな感じです。

恋愛書いたことないんですがド直球でいきます。なお主人公ふたりの性別はまだ決めてません。

問題は……間に合うかどうかだ……!

 

最後になりますが、この一年間ほんとうにお世話になりました。

人と比べられる、評価される、ボコスコに言われる経験はなかなかにしんどかったですが、稀有であったことに変わりありません。

これからもへこんだり浮かれたり悩んだりしながら、でも楽しく小説を書いていきます。

ありがとうございました!

文字数:327

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