梗 概
深層を這う者
ウェブが誕生した時,そこはリアルな世界とは違った本音を記述できる場所だった。ユーザー数が増えるにつれ,プライベートな場所は狭くなっていった。元々プライベートだった場所はパブリックな場所になった。プライベートビーチに顔が見える範囲を超えた多数の人間が押し寄せる。そこはもうプライベートな場所ではない。裸で過ごすことはできない。一部のユーザーは本音が吐ける空間を求めて排他的な会員制のサイトを作る。そこでようやくプライベートな記述ができるようになる。しかしそこはまた,会員が増えるとパブリックな空間に変わっていく。同じことの繰り返しだった。人々は居心地の良い場所を求めて移動する。
ウェブの世界は海流のようだ。プライバシーが脅かされ海流が上昇し,海の表層部分に押し流されそうになると,プライバシーを求めて下降する。海流が生じる。ユーザーは海流に乗る魚の群れだ。
表層部分は誰もがアクセスできる場所で,深層部分は鍵のかかった場所だ。ある時,誰かがどの鍵も開けられる「魔法の鍵」を作った。歴史は繰り返される。本来はごく限られた人しか知りえない情報が一つだけ拡散した。そのせいでスキャンダルが発覚し,ある国の大統領が失脚した。「魔法の鍵」を作った魔法使いは,鍵を開ける実演を一回しただけで,魔法の鍵自体は公開しなかった。鍵のかかった秘密を解放されると困る人たちはたくさんいる。彼らは魔法使いを探し出そうとした。
魔法使いには,人を困らせようとしたり,正義感で何かをしようとしたりする意図はなかった。単純に魔法の鍵を作ることができてしまい,それを使ってみたくなり,それが実際に使えるものであることを誰かに知って欲しかっただけなのだ。反響は予想できたが,欲求に抗うことはできなかった。魔法使いといえどもただの人間だ。
魔法使いは困った。この世界で逃げられる場所などどこにもないことは彼が一番よくわかっている。一時的な避難場所として「暗闇部分」に身を隠した。暗闇部分は深層部分にある特別な場所だ。特殊な服を纏うことで追跡を逃れ,匿名性が担保される。だが暗闇はいつまでも暗闇ではいられない。いつかは光が当たる。追跡者の探し物が表層部分,深層部分になければ,当然,暗闇部分を探す。
魔法使いは追跡者から逃れるために取引を持ちかけた。「魔法の鍵を渡す。その変わり私は死んだことにして,見逃して欲しい。私が魔法の鍵の情報を知っていることには変わりがないが,魔法の鍵を解析して新しい錠前と鍵を作ればいい」
取引場所は魔法の鍵がないと入れない場所だった。そこから出てきたのは追跡者のみで魔法使いは姿を消した。
魔法の鍵を手にした者たちが新たな暗闇をかたちづくった。
文字数:1119
内容に関するアピール
自主提出した実作1を書き直して最終課題(実作)を提出します。
文字数:30