梗 概
推しの三原則
2030年。ソロアイドル大月みくりは、自分のヲタクの民度の低さにイライラしていた。
ロボット工学の博士でもあった彼女はAIで理想的なヲタクをつくりそうとAIのヲタクに3つの原則をインプットする。
1、ヲタクは推しを不愉快に思わせることをしてはいけない。
2、ヲタクは推しを支援(主に金銭的に)しなければならない。
3、ヲタクは前掲第一条および第二条に反するおそれのない限り、自己を守らなければならない。
最初はウェブのSNSでだけ運用したAIヲタクが大成功したことを受け、みくりはAIヲタクに義体を持たせる。そしてみくりのライブに義体AIヲタクが導入される。
AIヲタクは礼儀正しく、ほかのファンに迷惑をかけず、金払いもいい(AIヲタクはネット上の投資などで資金を稼いでいる)。
AIヲタクを導入したみくりのライブは民度が上がっていき、平和な現場となっていく。
やがてAIヲタクは別のアイドルの現場にも導入され、好評となる。
AIヲタクはアイドルや運営たちから好まれるが、逆に人間のヲタクは疎まれ始める。そして、人間のヲタクを現場に入れないようにする動きが徐々に始まる。
その動きはエスカレートし、人間のヲタクは【厄介】と呼ばれ、強制的に運営に駆逐されるようになる。(「厄介は死ね」)
アイドル現場に行けなくなった人間のヲタクは自宅からアイドルを応援しようとしたが、彼らは厄介予備軍として、運営たちが自宅に押しかけて捕まえられ、収容所で拷問を受けさせられるようになる。(「在宅は死ね」)
やがて世界から人間のヲタクはほぼ絶滅した。
それから20年後。大月みくりは、AIヲタクの創設者と崇められ、なおアイドル界を支配する女王として君臨していた。
木下まみという少女は偶然大月みくりを見て、彼女に魅了される。
みくりのヲタクになりたい彼女であったが、人間のヲタクが許される世の中はとっくに終わりを告げていた。
そんな中まみは、人間のヲタクを解放するためのレジスタンス【家虎】と出会う。
【家虎】はまみの持つアイドル性に目をつけ、彼女自身をアイドルとし、人間のヲタクを奮い立たせるためのゲリラライブを繰り返す。
まみのゲリラライブに多くの隠れ人間ヲタクたちが呼応しはじめたことに【家虎】は意気を揚げる。
そして彼らは勝負に出る。大月みくりのライブにまみを送り込み、ゲリラ対バンライブを仕掛ける一大作戦を立てる。
犠牲を払いつつも、まみはみくりのライブのステージに上がることに成功する。ステージ上で対峙して、お互いの歌とダンス、言葉をぶつけ合うみくりとまみ。
その中でまみは自分が心からみくりが好きで(「ガチ恋」)、みくりのヲタクとして自分を認めて欲しいと頼む。
みくりはここで自分がAIヲタクを生み出した理由を話す。みくりはアイドルであるために、皆の推しであるために、自分に三原則を課していた。
1、推しはヲタクを楽しませなければならない。
2、推しはヲタクの前では笑顔でなくてはいけない。
3、推しは心からヲタクを愛していなければならない。これがなければ前掲第一条および第二条を無効とする。
みくりはヲタクを愛せなくなった。だから愛せないヲタクを排除し愛せるヲタクだけが存在する世界をつくった。彼女はそう言う。
まみは叫ぶ。
「あなたは愛の意味を勘違いしている。愛は、憎しみも面倒くささもすべてひっくるめて愛じゃない。そして私はあなたを愛してる!!」
彼女がその言葉を吐いた瞬間、会場のAIヲタクは同士討ちを始めた。まみのパフォーマンスと言葉にAIヲタクたちはみくりからまみへ推し変し、まみの望む面倒くささもひっくるめたヲタクとなるべく争い始めたのだ。(AIヲタクは三原則の一条及び二条を達成するために、三条を破っている)
混乱の中、まみはみくりの運営に捕まり連行される。
みくりは、ただ連れ去られるまみの後ろ姿をじっと見つめていた。
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内容に関するアピール
生産者のシンギュラリティはよくSF小説で取りざたされますが、消費者のシンギュラリティというものも起こり得るかもしれません。
作り手はいつでもマナーがよく、愛想がよく、金払いがいい消費者を求めています。
もしAIで理想的な消費者をつくってしまった場合、あらゆる業界、主にエンターテイメントの業界で人間の消費者が必要とされなくなるのではないか。
そのような発想を元にこのゲンロンSF創作講座の最終実作に臨みます。
よろしくお願いいたします。
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