梗 概
灰のように、夢
ジャーム・ドアは負け犬たちの巣窟となったサールナートのなかでも屈指の負け犬だ。
かつて釈迦が悟りを開いた後に初めて教えを説いた、仏教の四大聖地の一つに数えられていたインド北部のサールナートはいまでは、近隣のワーラーナシーに建つ〈マイル・ナラティヴ〉(以下〈MN〉)という巨大な都市を縦に重ねたような超巨大建築物の足元を転がる、無法地帯になり果てていた。
ジャームはサールナートに一人で暮らしている。ガールフレンド・シャリィは〈MN〉で働いていた。二人が会えるのは週末だけだった。ジャームも元は〈MN〉にいたが、〈調和と奉仕〉適正テストで落第して追放された。週末の度にシャリィは、いずれあなたを〈MN〉に連れ戻してみせると言う。だがジャームは現実を見ている。テストで落第した者は〈MN〉の入り口にさえ近づけない。
ジャームは独りだ。だから、彼は少年時代好きだった女の子・ヤサのことを考えて己を慰める。ヤサがいまどうしているかは知らない。だからこそヤサのことを考えた。シャリィのことはなるべく考えない。劣等感で死にたくなる。
ある平日の夜、シャリィが稼いだ金で買ったジャガイモを無心で食べていると、シャリィからの電話が鳴った。何の用かとジャームが問うと彼女は用がなきゃあなたに電話しちゃダメなのと笑う。彼女は酔っていた。奥で知らない男の声が聴こえて、とっさにジャームは電話を切った。
とうとう捨てられたのだとジャームは思い、自棄になって夜の町を歩いた。やがてサールナートでも一等治安の悪い、それゆえに華やかな〈エメンタール〉に辿りついた。売買春、〈ペパーミント〉(以下〈PM〉)の違法ソフト、銃声。
そこ娼館の近くでジャームは一体の〈PM〉と出会う。
それは少年時代に好きだった少女がそのまま成長したような姿をしていた。娼館に消えていく彼女を追いかけてジャームも娼館へと入り、その〈PM〉(名前をカシャといった)と一夜を越した。また来るといって、ジャームは家へ帰る。
ジャームはカシャにハマった。シャリィがいる週末が早く終わるように願い、夜には〈エメンタール〉に駆けた。ソフトを弄り、ジャームの頭のなかの理想像に少しずつ近づけていった。
ある晩、ジャームはカシャに会いに行くと、娼館の主からカシャが失踪したということを告げられる。町では同様に、〈PM〉が失踪する事件が多発していた。ジャームはカシャを探すことを決意、犯人を「恍惚体験」を売る老人ビブハーティだと知り、彼の家へと向かう。ジャームは彼を知っていた。ジャーム自身、彼の客だった。
ビブハーティの家は〈PM〉で埋まっていた。しかしそれらすべての挙動は通常と違い、不気味に映った(これは不気味の谷を見たということ。この時代、不気味の谷は失われている)。ビブハーティはジャームに、人間の脳は予測装置に過ぎないと言い、ジャームがカシャに抱く感情をまやかしだと言う。そして〈PM〉達の疑似脳こそ原現実を見ていると言い、だから人間に奉仕させられている〈PM〉を解放しているのだと主張する。ジャームはそれでも、カシャを取り戻したいとビブハーティに詰め寄る。
その時、ビブハーティの家を〈MN〉内の強襲部隊が突入してきた。罪状は「〈PM〉の違法改造」。サールナートの〈PM〉の一部が、〈MN〉が送りこんだ監視だったことがわかる。ビブハーティはその場で射殺され、ジャームは〈MN〉出身だったために〈MN〉近郊の刑務所に収監され、そこで働くシャリィの浮気相手と出会う。男は感じがよかった。それがジャームを蝕んだ。男はすぐにここを出られるようにすると約束までした。
カシャはどうなったのか、とジャームは男に尋ね、まだビブハーティの家を転がっていると男は応えた。
刑務所を出たジャームはその足でビブハーティの家に向かった。カシャは銃弾で頭を穿たれ、疑似脳が剥き出しになっている状態だった。疑似脳も損傷し、修復は叶わない。ジャームはカシャを抱き上げ、帰ろうとしたが思いとどまった。少年時代の記憶が蘇った。ヤサは教えてくれた。ワーラーナシーの別名が「大いなる火葬場」であること。その由来。ジャームはカシャを火葬しないといけない気がした。脳裏にビブハーティの、その感情は幻想にすぎないという言葉が張りついていた。それでも、と川辺を目指した。
川辺で火が熾され、カシャが燃えていった。ジャームはそれを静かに眺める。
文字数:1840
内容に関するアピール
用語
〈調和と奉仕〉適正テスト:〈マイル・ナラティヴ〉内は一個の社会システムが成り立っており、そのなかでどのような職業に就くのがよいか、どのような生活をすればよいかという適正をみるテスト。〈マイル・ナラティヴ〉内の秩序を乱すおそれがあると追放される。
「恍惚体験」を売る老人:シロシビンやメスカリンを売っている。これにより恍惚体験を服用者に与えている。
梗概を読むと一体何がしたいのかと思わる気がしたので、ここで補足をしようと思います。書きたかったことは、夢を失った男が夜の世界で一体のアンドロイドにかつて好きだった人の夢を見る、ということ。もう一つが、人間の脳が予測装置であり、原現実を人間が見ることができないのとは対照的に、疑似脳を持つアンドロイドなら原現実を常に観測しているということです。物語の情動の部分を前者が担い、後者が思想的な核を担う予定ですが、いかんせん後者の作りこみが甘いのでその辺りを指摘していただきたいなと考えています。
また、カシャの元となったヤサがどうなったか、ということも最終的には入れなければいけないと感じています。
一年間講座に通い、毎月何かしらのものを得ることができたのではないかと感じています。しかし、実作提出がひとつだけということは大変大きな反省点となりました。今後もSFを書いていきたいと考えていますし、今後は出来上がったものを編集者の方に送りたいです。……送ってもいいんですか? いいんですよね? どうかよろしくお願いします。
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