梗 概
おもいでの聖地
「私」は、風弦の修理師である。風弦は、各地にある寺院の音楽装置で、これを、定住地もなく旅しながら順番に手入れしていくのが、「私」の仕事である。
化石原材料の枯渇で、大規模エネルギーの生産もできなくなったこの世界では、一般大衆レベルでは、移動に木材等をもやす内燃機関が残存するものの、そのほかは、電力普及以前の時代に退化してしまっている。
船のなかで、「私」は、「思い出の聖地」という場所の話をきく。そこでは、かって別れて、どうしても会いたい人にあうことができるのだという。
ある寺院で、あてがわれた宿にいた娼婦はつよい香をたいていた。その夜、「私」は、若いころに訪れた場所で出会った少女「ディン」を思い出す。その香は、「思い出の聖地」のものなのだという。
別の寺院で、寺僧が、やりとりのある寺院で風弦の応急修理を相談する。「思い出の聖地」と呼ばれる場所であると寺僧は告げる。
「私」はそこへ、乗るものもほとんどいない長距離乗り合いバスに乗って、数日かけていく。山がえぐれて巨大なクレーターになったところに入り込んでいくと、鉢状の内側の、途中から底にかけて、小川が湧きだしてまわりに森がある。森の上辺に集落があり、数十軒の、円筒形の家がある。人はなかからほとんど出てこない。
その聖地の寺僧は、宿泊所のあるじでもある。風弦の応急修理に、森の木の樹皮や樹液が必要である。森には虎とよばれる獣がいるが、こちらから手を出さねば大丈夫という。寺院には、香が濃く漂う。この聖地の特産で、そこそこの金になる。泊まってその夜から、「私」は「ディン」を繰り返し夢に見る。あるじは、森に入ったら思い出に出会うから気をつけるよう告げる。
森のなかで、「私」は、そこにいるはずのない、「ディン」に出会う。「私」は驚いて戻るが、あるじに、それはそこから動くことはないといわれ、あらためてそこにいく。「ディン」とやりとりしているあいだに、時間の感覚もなくなっていく。あるとき森に金粉がふきあがり、「ディン」は「私」をもとめ、「私」は応じる。
翌日から「ディン」は、そのような形の、植物の茂みになってしまう。我に返った「私」は、風弦の修理に戻るが、たびたび「ディン」のいた場所に戻る。やがてその植物から大きな種子ができる。持ち帰ってきくと、近くあるこの聖地の「祭り日」には流すという。その日、気配もなかった円筒の家からひとびとが出てきて、それぞれが、小川に種子を流す。
このころ、都市部から、この聖地に人探しが一人来る。借金のある男を追っているという。拳銃をもって、円筒の家に逃げたものが隠れているのではないかと回るが、相手にされない。
つぎの月がはじまり、通ううちに、茂みがやがて「ディン」に変化していく。何度も森に通う。人探しは、それを追跡し、「私」にとって「ディン」のいる場所で、彼自身の思い出に出会い、拳銃を振り回して自傷する。
人探しからききたくもない経緯をききながら、その植物が、こちらの思い出を実像化するのだと「私」は理解する。しかしすでに、依存状態になっている私は、それでも「ディン」に通う。
ふたたび、まじわることのできる時期。目の前の「ディン」がいきなり獣に変形する。この植物は、そのかいわいでいちばん強い生物のかたちをとるのである。虎があらわれ、「ディン」であったものとまじわる。逃げようとする「私」は、人探しののこしていった拳銃にぶちあたる。怒りに「ディン」だったものが反応し、虎がのしかかってくる。「私」は銃を撃つ。虎は死に、「ディン」がふたたびあらわれる。「私」は、「ディン」に銃を、弾丸が切れるまで撃ち、「ディン」は消え去る。
集落に戻ると、円筒の家の一つでひとが死んだという。老いた男が運び出された家に入ると、中央の庭に、おなじ植物が生えている。まだまじわっていないせいか、植物は一瞬「ディン」の姿をとろうとするが、恐怖の表情とともに植物にもどる。その家を出るとき、入れ違いに、怪我した人探しがその家に入り込む。
「私」は、その夜、若いころにあった実際の「ディン」との別れを夢に見る。遊牧集団の少女で、集団にそとからの血をいれるために「私」の気を引き、孕んだら、本来の相手とどこかにいってしまったのだった。
植物にとって「私」は不適格者になったとあるじはいう。あるじは、小川に流された種子の行方を語る。クレーターの底に池がある。そこに、あの植物がたくさん生えて、近づくとみな思い出の姿をとるという。「私」は、たくさんの「ディン」がおもおいおもいに自分を誘惑挑発する姿を思い浮かべる。それを見ることはもうない。
あるじは、おもいではひとつ胸にあればいいではないかと、「私」をなぐさめる。
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内容に関するアピール
お題と締め切りがあるととてもやりやすい、というのが、この1年の実感です。
締め切りに間に合わなかったりするのが困りものですが、頭を締め上げる口実はあったほうが、私にはいいようです。
今回は、お題がないのでちょっと困りまして、以前に考えていた内容のものをもってきました。
むかしの彼女に再会して、やっぱりだめだった、という話になります。再開ネタは、「天井桟敷の人々」「雨月物語」「黒い瞳」「ストリートオブファイア」など玉石混交ですが映画にもよくあり、たぶん未練がましい私は、一時はまっていました。
私は、視覚的に頭の中で見えないと先に進めないのですが、この話は、サタジット‐レイ監督によるベンガル映画の感じで、パートカラーで書きたいと思います。
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