おっしゃる通りに

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梗 概

おっしゃる通りに

ほら、僕の田舎は随分物騒なとこなの知ってるだろ? 中学高校と、同級生が何人か命を落としてる。
 一人くらいならさ、交通事故や不治の病でってこともあるけど、違うんだ。刑事事件にはされてないけど、多分三人殺されてる気がすで死んでさ。最初行方不明だ家出だって騒いでたらテトラポットの間から見つかったんだ。

いなくなった晩に同級生みんなのケータイに、一斉送信が入ってさ、覚えてるよ。
「遊ぼ。誰か来てくれなきゃ死ぬ。来てくれる人だけ居る。それからもう一人。

中学の時、学校中の目立つオトコと次々付き合ってた子が海岸場所を教えたげる」
 いかにもあの子らしかった。でも即座に、優等生の女の子が返信した。
「私は行かないよ。でも帰るんだったらお迎えに行ってあげる」
 やっぱり一斉送信。みんなに見せて落ち着かせるつもりだっんだな。その後、誰も返信しなかったらしい。あの子に任せるのが一番だなんて、なんか思わせる子だったわけ。
 そんであの子が亡くなったから、ショックだったんだろうな。
 その後、すごい優等生だから遠くの難関高校に行くと思ってたのに、地元のヤン高に、っていうか僕と同じ高校に入って、三年間同じクラスだった。
 高校はさ、三年間で三人死んだね。
 大体さ、教室で死ねの殺すの死んだの、日常会話だよね。
 それがあの子にはよっぽど辛かったらしくて。
 いや、死んだのはあの子じゃないよ。まずは。
 高一の定期テストの時、
「俺死んだー、てか死ぬー、もう殺して」って叫んだ奴がいて、みんなニヤニヤするか取り合わないんだけど、あの子だけ目ん玉ひん剥くようにそいつを見てたから、そいつ、
「こ・ろ・し・て・下さいよ」って顔をこう、三十センチ位近づけて言ってた。脅しじゃなかったんだけどな。脅しの時は二十センチは顔を寄せる。本人は楽しい悪ふざけだったと思う。
「嫌だけど、でもどうしてもっていうなら、どんな方法がいいの?」
 そんな返答が来ると思わなかったんだろうな。そいつ、その日の帰り道で、バイク自爆事故。絶対おかしいの。見晴らしも路面もいい場所なのに。
 優等生は死神ってあだ名になった。
 で、ウチの高校は暇でしょうがないヤツがいるからさ、ふざけて、というか肝試しね、
「自分、もう死にたいっすよ」ってわざわざ言いに行くチャレンジャーが続出して、でもさすがに死人は出ないぞってみんなあたりまえだよなって納得してた。
 そしたら二年の時、授業中にみんなあんまり騒ぐもんだから先生が、
「お前たち、俺を殺す気か。いっそもう、殺せ! 」って叫んだ。
「どのようにですか」すかさず死神の声だよ。先生顔色が赤から黒になって、
「こ、こ、こ」なんかが盛大に切れたって思った。だってあんまり異常だから、
「ニワトリ?」って声が飛んだ。高校生活で一番嫌に思ったのはこれだね。明らかに人が目の前で変になってるのに、何も考えずに道化けてみせる。人の痛みなんか関係ないんだ。
 先生はそのまま倒れた。そして死神伝説復活。みんな近寄らなくなった。
 優等生は偉かったな。三年まで持ちこたえた。で、僕は卒業間近い頃、敬意を伝えるべきだろうなんて思った。
 教室だと人目があって言う機会がなかったけど、とうとう放課後、周りに誰もいなかったから、階段降りる優等生に向かって、「ひどいこと言われても君は強くて偉い」って声を掛けたわけだ。そしたら、こっちを振り返りながら、
「死ぬ気で頑張ってるから」って答えた。でもそれは踊り場の大きな鏡を見ながらの言葉になって。
 優等生は重いリュックを背負ってる。階段を踏み外すと反動が強くなって一番下まで。落ちた。首をやられたって。

あの子優等生だったから、遺体を無制限献体希望してた。で、保護者も本人の意思を尊重するってことで、優秀な有機コンピュータに転用されたってわけ。ここ一帯の夜間警備は、あの子の視覚聴覚判断を反映した体制になってる。
 有名だからね。このあたりで悪さする奴はいなくなったよ。平和だね。
 肝試しする奴は、細心の注意で会話することにしてるんだ。そろそろ暗いだろ。教えた通りちゃんとやれば安全だよ。話しても聞かれない方法があるんだ。ちょっと小腹も空いたし。
「こ」(ここにいらっしゃい)
「な?」(何?)
「く?」(食うかい)
「く」(食います)
「け」(食いなさい)
「ん」(うん)
「ど」(どうだい味は)
「ま」(うまい)

文字数:1785

内容に関するアピール

死を茶化したナンセンスホラーを書いてみたいと思いました。
地方の殺伐とした風俗はリアルに書き、閉塞的な世界の中で、死に関わる会話が次々と実現してしまう状況を描きます。
実作では皮膚感覚的な恐怖を盛り込みます。

文字数:102

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おっしゃる通りに

 ほら、僕の田舎はさ、ずいぶん物騒なとこなの。知ってるでしょ? 中学高校 と、同級生が何人か       ね。
 一人ならさ、交通事故や不治の病でってこともあるけど、違うんだよね。
 事件にはなってないけど、多分三人。それから、もう一人。

この街は海沿いにあるからさ。海があるって羨ましがられるけれど、海の分地面が無い。家から半径十kmの内、半分の面積は経済活動が無いんだ。寂れるわけだ。
 どれほど寂れているか、想像もできないだろうな。それとも君の家も、僕とは違うにしろ、寂れた街にあるかな。
 海沿いの道路がひび割れて補修もされない。ろくな港もない。そんなのにみんな、ここは良い土地だって言う人ばかり。みんな本当は知ってるんだ。
 ここは最低の土地だ。
 なぜ全員出て行かないんだろう。
 僕は全員がここから出て行って、一人で住む想像をする。とても静かで、寂しくて、醜く荒れた景色だろう。
 今よりずっと。

とにかく僕の世界はこの土地だ。それは三歳の誕生日に動き出した。
 三歳の誕生日から、僕は杏奈と一緒に暮らすことになった。その日が来るまで僕の親は入院を先延ばしにしていたから。
「三歳までは親が手をかけて育てなきゃいけないって言うから」
 そう言っていた気がするけれど、多分後から、誰かから聞かされただけの言葉だ。僕が心の中で再現するその言葉は、声音こわねが女になったり男になったりするから。
 それから半年せずにスキルス性の癌患者は亡くなり、僕は保険金を相続して、そのまま杏奈の父である叔父の家で育った。

僕は三歳まで自分を育てたのが、母なのか父なのか覚えていない。写真はあるけど、父にも母にも実感がない。先に事故死したのがどちらか、後から病没したのがどちらか、周り中の誰も気を使って言わなかった。そして僕も絶対に尋ねなかったから、両親の記憶は空白になった。
 わからないことは、わからないからこそ心の中に大きな領域を占める。知らないからといって無いことにはならない。
 けれどそれは空白の領域。
 その広大さを埋めるために、僕は父も母も両方が、僕に食べられたのだと想像する。一人は自分を庇って車に轢かれ、一人は自分と過ごすために死病を進行させた。
 僕が食ったからだ。
 残酷な想像は僕に、みじめな幸福を与える。

惨めな幸福を知らないという人は、多分信頼できる人間だろうな。たまにそんな人間を見る。自分に嘘つかないで生きて来た人間。誠実で健康な人だ。
  知ってる。小さな頃からそれに浸ってる。
 小さな頃から、自分は十全な幸福を手に入れることがないだろうと気づいていた。

杏奈はずっと、信頼できる人間だったし、途中までは幸福な人間だった。子供時代の全力をかけて、同い年の僕を守ってくれた気がする。同い年なのに、なんだか自分と違うかわいそうな、何とかして助けたい子として僕は世話された。
 杏奈は全能だったね。杏奈が言うことはいつも実現した。
 全能って言っても、人に向かって言う言葉だけだよ。
「宝くじ当たれ」なんて言っても当たらない。
「お母さん今日カレーにして」って言っても鰈の煮付けになったりする。でも「晶はぐっすり眠れるよ」とか、「晶の風邪はすぐ治る」なんて言葉は必ず実現した。
 そして大抵の場合、人に頼むことが必ず実現するって、怖いんだ。
 仲がいい子が持ってるおもちゃを「欲しいなあ」って言ったら、泣きながら「あげる」って言われたりするんだ。ほかの子がもらうはずだったお菓子をなぜか貰えて、横取りした気分になる。だから杏奈はお願いや命令はほとんどしない子になった。そして大人たちは杏奈を、「しっかりもののいいお姉さん」と言った。僕はまず兄には見えなかったしね。
 二人はいい関係だったと思う。僕が一方的に守られていたとしても。

小学校でさ、雨上がりの運動場で突き飛ばされて泣いたことがある。泥だらけになった。そしたら杏奈が走ってきて、相手に、
「あんたなんか、池にでも落ちちゃえ! 」そう言った。
 その通りにはならなかった。そいつは下校中、田んぼに落ちて泥だらけになった。まあ「池にでも」だね。
 それから、杏奈の親もちよっと操られた。
「こわいからもう、人に命令しない」
 そう杏奈が言ったのは何歳だったろう。
「僕には命令していいよ」
 それは本心だった。

杏奈は成長するにつれて人に命令も願い事もしなくなったけれど、もうそれは不安からじゃなかった。他人がかわいそうだからだ。
「他人から利益を得てはいけません」そう言ってたよ。「そんなことしたら、自分が卑しくなる」杏奈はしっかり者のお姉さんらしく育った。
 僕は成長するにつれて、自分が怖かった。

誰かを食べてしまうって妄想があったから。

そのせいかな、中学校に入った途端に気づいたよ。ここは、狩り場だって。
 あそこは狩り場だったとと同時に、なんだろ。安らぐ場所だった。
 もう気兼ねしなくていいんだって思えた。食べてるのは自分じゃなく他の奴らだ。
 ほとんどの生徒はただ草を食べているだけだ。そして肉食獣も一緒に水場で水を飲む。肉食獣は腹が空けば獲物を狙う。みんなは草を反芻しながらただ眺める。その中には、気づいている奴もいれば気づかない奴もいるんだ。自分と同じ種類の生き物が、かじられているのに。
 みんな怖くて黙認しているんだと思う? そんな奴もいるけど、大方おおかたは気がついていないだけだ。気がつかないんだ。ただ草を反芻してるだけで、となりで同じ生き物が襲いかかられて倒されてるのに、一番柔らかいところから食われているのに、気づかない。
 あれは不思議だな。

そう。僕は黙認してる奴に見えたろうな。気づいていたからね。でも僕は草を食べる生き物じゃない。

良く仕掛けたよ。暴力衝動を抑えてるような子がいれば一番簡単だった。授業中が一番良かった。そんな奴は懸命に我慢してるもんなんだ。だけど、好き勝手やってるように見える。授業中まともに振る舞えないから先生は大抵ちょっとたしなめる。で、そんな時に僕はすかさず「迷惑してます」って顔をする。先生に見えるように。
 そうすれば先生は、見逃そうとしていた面倒な奴に、きつく当たるようになる。ほかの生徒の手前厳しくしなくちゃって。
 で、授業中教師から目をつけられっぱなしだった奴は、休み時間になると爆発する。
 唸る、怒鳴る、叫ぶ。
 壁を蹴る、人の机を蹴る、人を蹴る。
 その段階では手は使わないね、何でか足が先なんだ。ずっと両手はポケットに入れたままってパターンが多いなあって僕は観察していた。不自然に手を隠してるのはどんな意味があるんだろって。
 蹴られない位置から観察だけ。

荒れてる奴を観察するのは、サッカーのコース取りみたいな能力が要る。
 ボールが絶対通らない位置から観察するんだ。間に盾になる人間がいれば、まず自分は安全だ。
 教室の中央で獣が机を蹴る。
 その時、相手と自分の距離よりも大事なのは、間に人間がいるかどうかだ。間にいる人間がこっち向きで、顔をあげていれば僕は安全だ。二番目に大事なのは速度。観察していた獣の周辺視野に補足された瞬間の動きが勝負を決める。
 瞬きの間に僕は曖昧な表情になり、獣から視線を逸らして、顔の見えない誰かさんにアイコンタクトする。(僕はこっちの子と交流してたんで、あなたを見てたんじゃありません)
 で、「あのさ、数学って宿題出てたっけ?」とか言う。
 教室では誰に言っても通る言葉が無数にある。「今日はいいお天気ですね」より通る言葉。
 僕はプレイヤーだったから、そんな言葉をたくさん集めていた。

むしゃくしゃして誰でもいいから喧嘩を吹っかけたい人間も、プレイヤーだ。見境を無くしてるようでいて、教室の中で狙っていい人間は誰かわかってやってる。ちょっと気に入らない人間でも、回り道しないとたどり着けない位置にいれば殴らない。
 カッとしてるようでいて、自分がどう見られるかを計算しているんだ。
 教室の中をよろよろと曲がって机や椅子を避けて歩いて、それから目当ての人間をぶん殴ってたら、カッコ悪いことをわかってる。
 何かの順位争いにエントリーしてるんだろうな。人からどう見られるかで決まる何かの順位争いだ。

中学一年の間、僕は様子を見ながら他人の位置取りに干渉していた。
 小競り合いの衝動的な喧嘩くらいはわざと引き起こした。危ない奴がはっきりわかるように。
 先輩にも先生にも親たちにもマークされるとどうなると思う? もっと荒れそう?
 それが、けっこう教室の中で落ち着くんだ。いつも我慢してた顔が、評価されている人間の顔になる。
 悪名も名なりだね。欲しい地位に着けたんだろう。

反対に、周りから無視されるように仕向けることもあった。人の悪口を冗談めかして言う人間は、必ず人気者になろうとしている。そんな願いは潰した。
 その場にいない誰かを馬鹿にして笑わせようとする人間は、間違いなく笑ってくれてそうな子に向けて言う。そんな子は大抵インフルエンサーで、その子の笑いは教室中の雰囲気を決めてしまう。ちょっと意地悪だけど笑っちゃうよね、という雰囲気。
(人の悪口は楽しい)それは真実なのかもしれない。でも隠しておくものだ。
 僕はインフルエンサーが笑う前に、何人かの視線を誘導してその子を見るように仕向ける。普通の子は悪人の悪意を嫌っているから、笑う前なら(あんた何でそんな奴の話聞いてんの)という感情を含んだ視線を向ける。そんな目が二三人分あれば、悪人の下卑た冗談は不発になる。これは笑った後では駄目だった。屈託なく大笑いした人間を非難するのは本能に反するんだろうと思う。
 声が大きくて良く笑うだけで、居場所を作ってる人間ているよね。学校でも、多分職場でも。人間は本能的に   それとも文化的条件付なのかな   笑ってる他人を受け入れてしまうようだ。

僕にはできないけれど。
 僕は他人をおとしめて利益を得ようとする奴は嫌いだ。そんな奴は教室の隅でこっそり生息してくれればいい。気の合う、いじましい仲間もできる。

僕のクラスは、少し荒れてるけど安定していた。何十人もの人間がぎゅう詰めになりながら、何とかやっていける場所になって一年を終えた。
 通知表には担任が手書きで「晶さんはいつも落ち着いて行動できます。人に働きかける勇気を持ち、リーダーシップを発揮してください」とあった。
 つまり臆病で人に働きかけてないように見えてるんだ。僕の中一時代は大成功だ。 

二年生のクラス替えで、また一から交通整理が必要なのかと思った僕は、新しい杏奈に出会った。

杏奈は牧羊犬になっていた。
 おびただしい羊を、犬の何倍も大きく角を生やしている羊たちまでを、いつも安全な場所に導いてやる牧羊犬だ。
 僕は杏奈がすっかり優等生になってることに気づいた時、嬉しかったね。
 僕に少し似てると思ったけど、うぬぼれだな。杏奈は僕と違う。杏奈は僕が知ってる一番上等な人間だ。

ほとんどの人間は人の言葉を聞き流す。他人のことを頭に入れたくないんだろうな。自分でいっぱいで余裕がないんだろう。でも杏奈はいつも人の言う言葉を真剣に聞いて、誰の言うことでも理解しようとしてた。授業で先生が間違ってると真っ先に杏奈が手を挙げて、ちょっと心配そうに確認する。
 気難しい先生は生徒に指摘されると不機嫌になるけど、杏奈の指摘で不機嫌になった大人を見たことが無い。
 ほがらかで親切で自分のこともちゃんとしてる。
 まず大人からの評価が最高なんだなって見て取れた。大人はあんな娘が欲しいんだろうと思ったな。

僕の親はさぞがっかりしてるだろう。どこかで。

大人のお気に入りってだけじゃ牧羊犬だとは思わない。
目立ちたいと思ってる子じゃないし、人に命令はしない。でも四月の内に、クラス中が、杏奈は特別だと思うようになっていた。
 クラス替えしたばかりだと、みんな懸命に人間関係づくりをしたがる。同じ部活の人間がいないと死活問題かというくらい焦っている。
 でもこの時期、理科の実験班や社会の話し合いグループを作らされるんだ。出席番号で分けるとまずい場合があるから、「みんな話し合いで決めなさい」とか言われるんだけど、ここで泣き出す子もでてくる。女子も男子もだ。

班を決める前に「俺どこでもいいわあ、話し合いとかめんどくせえ」って言った奴が、誰からも声をかけられずに「余った人の班ね」と言われた時の顔を覚えてる。
 自分のことを知らないんだ。自分は人気者で、友達が放って置くわけがなくて、必ず面倒見てくれるって、中学二年にもなって思ってたわけだ。
 あの顔。圧がかかって、限界まで小さく縮んで、爆発しそうな顔。
“余った人”の中には僕の友達が何人かいたから、小さく手を振って目配せした。
 向こうは頷いた。(お前がこっち来いよ、あいつ面倒だよ)って意味だ。自分の周りにいる班メンバーに小声で、
「僕と交換してよ、あいつ爆発しそうだし」囁きながら持ち上げてた片手でちよっと拝んだ。
「めんどくせえ」これは普段あいつと絡んでたやつの言葉で、声は大きかった。あいつにも聞こえたはずだ。馬鹿かと思った。爆弾を爆発させる気か。
「僕と交換してくんない?」
僕ははっきりと声をかけた。そして「余り物班」に近づいた。
 さっきの馬鹿が大声で、
「あ・の・さあ。入れて下さいって、頼んだらいれてやるわあ」
ぎよっとした。でも普段こんな話し方はしないのに。
 僕は爆弾顔に目をやった。(クラスの交通整理どころか、四月から学級崩壊か?)
「ああん、そっちがスカウトしに来いよぉ、」
顔は、戻っていた。にやにや笑ってる。馬鹿は馬鹿じゃなかった。どんな扱いすれば幼児的にプライド高いあいつのメンツを潰さず、自分も下手に出ないで和解できるかわかってたんだ。芝居がかったヤンキー言葉は、互のいらだちと不満を解消していた。
 僕は感心した。
 去年は小学校を卒業したてだったけど、みんな成長してるんだ。
 自分だけがうまく立ち回れると思ってちゃいけない。

僕は狩り場が変化していることに、やっと気づいた。もう一度観察からやり直しだ。
 その後の休み時間、杏奈がまっすぐ僕の席にやってきて言った。
「晶、すごいねえ。すぐ変わってあげるって言えて。どっちの班にもあっという間に了解とってたでしょ? 私は喧嘩になったらどうしようってオロオロしかできなかったよ」
 本当に感心してる様子で、嬉しそうに言うんだ。
「いや、まあ」僕はまともな話し方もできない。(自分の画策は全部見切られていんだ)焦った。
 僕は中学に入ってから、杏奈と話さなくなっていた。家族だとしても、双子じゃないどころか兄弟でもない、同い年の女の子に対して、話すことが無くなってしまったから。擬似保護者に対する反抗期もあったろう。
 全く恋愛感情は無い。
「それからね」杏奈は言った。
「私のこと、名前呼び捨てでいいから」二年になって同じクラスになって、僕は、“アンナさん”なんて呼んでた。
「うん」つい頷いた。
「私も呼び捨てでいい?」
「うん」あんまりひどい受け答えだから続けた。「晶で」
「杏奈で」杏奈は頷いた。
 思い出してもひどい会話だ。杏奈は途中で僕を怒りたくなったろう。「池にでも落ちちゃえばいいのよ」って。

そんなことは言われなかったけれど、僕は不安になった。
 十二歳でうまく立ち回れたのに、十三歳では他の奴らが上手うわてになってる。
 周りを動物扱いしてるうちに、自分が食われる側に回りそうだった。
 杏奈はいつも、人を褒めたい時には褒める。すごく嬉しそうなんだ。そして人に頼みごとをするようになっていた。頼んでいいかどうか、見切れるようになっていたんだ。
 例えば、本当はやりたいことに尻込みしてる子に頼む。足の速さが自慢なのに体育祭のリレーに出ようとしないとか、歌いたくてしょうがないのに文化祭ステージに出ようとしないのとかは、杏奈が声をかけると途端に引き受けた。杏奈の頼みじゃしょうがないなあって。
 杏奈の頼みごとを誰も断わらなかった。
 女の子たちは個人的な相談もずいぶんしてた様子で、杏奈はクラス中の面倒を見ている感じだった。
 あの日までは。

 

あれは冬休みの初日だった。明日はクリスマスイブ。その頃まだスマホじゃなくて、携帯電話、そう、二つ折りの。あれだった。
 あの携帯、今の子供に見せたらなんだかわからないだろうな。僕も、昔の携帯にアンテナが飛び出していたのを覚えているけど、トランシーバーだと思い込んでいた。どんどん変わっちゃうものにみんな頼りきりだと思うと不思議だ。まぁ、それはどうでもいいよね。うん、携帯なんかどうでもいいことだ。
 五時には真っ暗な季節。クラス全員の携帯に一斉メールが入った。
「誰か来てくれなきゃ死ぬ。どこにいるか、来てくれる人だけに教えてあげる」
 校内で目立つ先輩と次々付き合っていた女の子からだった。いかにもらしいメールだなと思ったよ。
 女の子の中には、恐ろしくきれいな子がいる。誰が見たって美人だと思う子。
 でもそんな子が、自分のことを知らないんだ。小学校でも可愛い子は可愛いけど、中学に入ると全く違う特別扱いになって、それが何故だかわからないから、自分の力を試す。
 僕は盗み聞きしたことがある。自分の机で宿題が間に合わない振りをして、一心不乱にノートに書き込んでると、聞いてないと思い込んでしまうんだな。隣の席で無用心に、女の子二人は内緒話をしだした。
     何で次々と男と別れんの? もう三人でしょ。いつも泣かれて嫌だよアタシ。
―――― 違うもん。
―――― 何が。
―――― 四人なの。今五人目と付き合ってるから。今度はね、
―――― 何。誰よ。
―――― 大人の人。でも今までのみんなと変わらないね。
―――― じゃ、もうやめなよ。
―――― でもね。すごーくお願いされるから。私といるだけで幸せだって、みんな言うの。で、付き合ってあげると本当に嬉しそうなの。でもそうじゃなくなっちゃったら、別れるしかないじゃない?
―――― アタシがさ、男に夢を持てなくて将来結婚できなかったらあんたのせいだな。あんたは十回くらい結婚しそう。
―――― それは一回でいい。
―――― きっと頼んで来る男が何人もいるんだよ。

盗み聞きして、楽しかったな。いい友達がいるんだと思った。「男はみんな、自分といるだけで幸せになる」なんて言う女の子とよく友達でいられるもんだと呆れもしたけれど。
 でもその子が付き合った「大人の人」が学校教員となると、友達でいるのは難しかったんだろう。
 夏休み明けから噂が飛んで、十二月に入るとその先生は学校に来なくなって〈 ○○先生は二学期いっぱいでご退職です 〉ってお知らせが全校集会でされたっきり。

まあそういう前振りがあってのメールだった。
それでも、クリスマスイブに学校一の美少女と付き合えるチャンスをもらえる。そう思って色めき立ったヤツもいただろう。そしたら、またすぐに一斉メールが来た。
「私は行かないよ。でも家に帰るならお迎えに行ってあげる」
杏奈だ。クラス一の優等生が、みんなに見せるために一斉メールにしたんだ。揉め事はあの子に任せておけばいい。そう思わせる子だったから、それであの後誰も連絡しなかったんだろうって、みんな話した。

葬儀場で。
 翌日から行方不明だ家出だって騒いでたら、テトラポットの間から見つかったんだ。

ここいらの冬の海は、ことさら人が少ない。海沿いに住んだことのない人と話して驚いたことがある。海岸にはいつも人が大勢詰めかけていると思っているんだ。見渡す限り誰もいない海岸が日本にあるのって驚かれた。そんな景色知らないんだ。
 それとも知らないのが普通なのかな。あの誰もいない海。
 たった一人で、ただ誰かにチヤホヤされたかっただけの子が。
変死扱いで葬式は年内にできなかった。一月八日に葬式。正月祝いが開けると同時に、クラス全員葬儀に出席して、貧血や過呼吸で倒れるす子が何人もいた。

杏奈も取り調べを受けた。
遺骸は残ったけど持ち物は波に浚われて見つからなかったって。当然ケータイも。
びっくりするくらい綺麗で、いい友達がいて、せいぜい十四歳で。
死ななきゃならないとは思えない。

でも僕があの死で一番残念なのは、杏奈なんだ。杏奈は自分を痛めつけてすっかり変わってしまった。どれほどショックだったか僕にはわかる。だってあの時「死んだりしないで」って言えば死ななかった。
 極端に依頼心の強い子に命令するのは依存させるようで嫌だったんだろう。女の子たちの中には、杏奈にもたれかかるようになってた子もいたからね。

人をうまく動かせるなんて思うとロクなことがない。それが人を良くしようとするんでもさ。

あの綺麗な子も杏奈も、自分の力を過信してたんだ。
杏奈の言うことを聞かなかった人間を僕は一人も知らないんだから、もっと上手くやれたのは確かだと思うよ。でもあの死んだ子が限界だったのも確かなんだ。
 本当に、全員が上手くやれてたら。
 それから、杏奈は優等生だから遠くの難関高校に行くのが当然だったのに、中学の残り、ほとんど言葉を話さなくなってしまっていたからかな、地元のヤンキー高校に、僕と同じ高校に入った。三年間同じクラスになったのは、きっと中学の先生からの申し送り事項のせいだろう。
 小学生時代は、杏奈は僕の保護者だった。
 高校で僕は、全く上手くやれなかった。

高校時代、三年間で三人死んだ。
そもそもが教室で、死ねの殺すの死んだの、日常会話の環境だったけれど、本当に三人死ぬのは異常だろう。
 杏奈はよっぽど辛かったんだろうな。
 入学したての定期テストで、まず一人目だった。
テストが終わると同時に、
「俺死んだー、てか死ぬー、もう殺して」
そう叫んだ奴がいた。みんなニヤニヤするか取り合わない。
ところが杏奈は、じいっとそいつを見つめた。そいつ、杏奈の視線に気づいた。高校入学以来ほとんど一言も話さない女が自分にガンヅケしてるって。
 そいつは杏奈の席までつかつか近寄って、
「こ・ろ・し・て・下さいよ」って、顔をこう、三十センチ位近づけて言ってた。僕は見ていたのになぜ割って入らなかったかって思うだろう。
そいつにとっては、楽しい悪ふざけをしてるつもりだったからだ。
脅しじゃなかったんだ。脅しの時は二十センチ以下まで顔を寄せる。
クラスメイトとしてそれぐらいの手荒な冗談は受け止めてね、くらいの気持ちでやってたと思う。
「殺されたいならね」
 そんな返答が来ると思わなかったんだろうな。そいつ、その日の帰り道で、バイク自爆事故。杏奈は命令なんかしてないのに。
 絶対おかしい。見晴らしも路面もいい場所なのに。みんなそう噂して、杏奈は死神ってあだ名になった。
 杏奈は命令してない。僕が同じ目に合わされたらさ「死んでくれない?」くらい言いそうだけど、杏奈は死ねなんて言ってないんだから、ただの偶然なんだ。あいつがバイクに殺されたかったっていう可能性なんか、あるわけが……
 でも、高校は暇でしょうがないヤツが多いから、肝試しが始まってしまった。僕は手を打つのが遅れて、杏奈を全く守れなかった。
肝試しに死神詣でとか言い立てて、他の教室から杏奈の席に来ると、
「自分、もう死にたいっすよ」とか言うんだ。するとほかのやつらが
「おー、チャレンジャー」とか囃す。
 僕はどうすればいいかわからなくて、杏奈にすまなくて、でも何もできなかった。
家で杏奈に何度も謝った。
「そのままにしといて」杏奈はそう言って、僕は本当に何もできなくなった。 それでもそのうち、さすがに死人は出ないぞって、みんなあたりまえだよなって納得というか、飽きたんだな。
 杏奈の口数も少しは戻ってきてた。

そしたら二年になって、二人目になってしまった。
その日は暑くて、みんなだれていた。だれきった日の五時間目の数学。生徒も先生も地獄だ。
授業のはじめから、先生は絶望の面持ちで、でも冗談めかして、前の席にいた杏奈に言った。
「言うことを聞いてくれるのは君だけかね」杏奈が優等生なのは変わらなかったからね。
「はい。先生のおっしゃる通りにします」杏奈は冗談に付き合う口調で答えた。でもさ、みんなあんまり騒ぐもんだから、先生、
「お前たち、俺を殺す気か。いっそもう、殺せ! 」って叫んだ。
 教師としてまずい発言だよ。でも、何だろうと叫びたくなる、理性を失わせる状況になってた。あの場にいた人間には、先生の叫びは異常に聞こえなかった。
 杏奈にだけは異常に聞こえたんだ。
「先生、取り消して! 」
 悲鳴に近かった。杏奈が人を非難するのを始めて見た。僕には始め意味がわからなかった。それから、わかった。「おっしゃる通りにします」「殺せ!」だから取り消してと頼んだんだ。
間に合わなかった。
先生、顔色が赤から黒になって、
「こ、こ、こ」
なんかが盛大に切れた感じ。
さっきの発言とは違う。今度は完全に異常だった。
「ニワトリ?」そう声が飛んだ。高校生活で僕が一番嫌悪感を持ったのはこの時だ。
 僕は中学のすさみ方に、なぜか和んで来た。高校生活でも、どれほどバカをやれるか競争している奴らに悪意は感じなかった。でもこれは違う。明らかに人が目の前で変になってるのに、何も考えずにおどけてみせる。

人の痛みなんか関係ないんだ。
 僕は立ち上がった。でも先生が倒れるのには間に合わなかった。先生の倒れ方は、完全に固い物体に見えた。柔らかい血肉には思えなかった。
 そして、死神伝説復活。みんな杏奈に近寄らなくなった。
 本当に偶然なんだよ。どうしようもない。
 杏奈は偉かったな。三年まで持ちこたえた。
 僕は何度も杏奈に頼んだ。みんなに命令してって。杏奈がいい高校生活送れるようにって。

「人に干渉したくないの」杏奈は毎回そう言った。

で、僕は卒業間近い頃、敬意を伝えるべきだろうと思った。
放課後一緒に帰る時に、周りに誰もいなかったから、階段降りながら言ったんだ。
「杏奈はさ、本当に強いよね。偉いな」そしたら、上の段にいたこっちを振り返りながら、
「頑張ってるから、」って答えた。中学の時と変わらないなと思った。うん、小学生の時とも変わらなかった。
 小学生のランドセルみたいに、大きなリュック背負ってた。
 でも、
「死ぬ気になってね」そう続けた時、振り返りながら言ったその言葉は、踊り場の大きな鏡を見ながらになって。
 自分に向かって「死ぬ気になって」って言ってしまった。
 杏奈は階段を踏み外した。後で自分の体だけなら対処できただろうと聞いた。重いリュックを背負った反動は強くて、階段の一番下まで。
 落ちた。
 首をやられたって。

こんな偶然が続くのはおかしい。
 杏奈の能力じゃなくて、僕がみんなを食べたんじゃないかな。
 杏奈のせいか、僕のせいなのかわからなくなる。
 僕の食欲は、生きてる限り止まらないみたいに感じる。
 杏奈の力か、僕の力か、どっちでもいい。
 杏奈、何か命令してよ。

僕は杏奈にあの後白状することがあったんだ。
 中学二年のクリスマスイブ。僕は杏奈のメールの後、家を出た。公衆電話であの子に電話した。あの子の番号はみんな知ってたからね。人に甘やかされたくて、携帯番号を隠すなんてしなかった。
 で、教えられてあの海に行ったんだよ。
 ごめんね、杏奈はあの子の死に責任感じて不幸に耐えぬいたけど、僕なんだ。
あの子に僕は「君が一緒にいるだけで幸せだから付き合って」って言うつもりだった。
 でも言えなかった。嘘だしね。あの子の呼び出したテトラポットの上に、遠く人影が動いてたけど、僕はあの可愛い子といても、はじめから幸せじゃないなって。僕の幸せは違う。
 僕はあの子と付き合った男より卑劣だな。あのテトラポットの人影を眺めながら、行くのを止めた。
 だからあの子死んだんだと思う。
 人を振り回して弄んで、自分の力を感じたい子が、待ちぼうけを食わされて騙されたんだから。
 次の日もあそこに行って。僕はあの子のバックを見つけた。携帯電話も入ってた。バックは海に放って、携帯は電池を抜いて追跡不能にしてね、今も持ってるんだ。
 うん、携帯なんかどうでもいいことだけどね。
 持ってれば自分があの子を食ったんだって忘れないだろ。
 僕は今に自分のことも食い尽くす。

僕は自分の食欲を忘れない

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