エンドロールは座る男のてのひらに

印刷

梗 概

エンドロールは座る男のてのひらに

 ターゲットは、かつて美術館があった広場のカフェで、必ず朝食をとる。スナイパーは半月をかけて、その男がターゲットであることを確かめた。気づくと似た背格好の男が隣の席で朝食をとっている。スナイパーは念のため観察を続ける。彼は父親を誤射で喪っていたのだ。翌日、二人ともが現れ、前日と同じ席で朝食をとった。一人は席を立ち、一人はコーヒーを飲みながら一日中、絵を描いていた。次の日も次の日も同じだった。ある日、スナイパーはスコープ越しに絵描きの男が自分を見ていることに気がついた。その目に恐怖を覚えたスナイパーは、思わず引き金を引いた。彼の背後の空が赤黒く巨大な雲に覆われつつあった。

 学芸員は、何らかの研究成果が欲しかったが、狂人と思われるのはごめんだった。だから、夜中に収蔵品庫の木箱の一つが動いていたことを誰にも言えずにいた。臆病な彼は、日の高いうちに木箱の様子を見ようと思った。しかし、箱の蓋は開いており、中には石造りのナイフだけが残されていた。彼は箱を見張ることにした。日が暮れ、閉館時間を過ぎると、近づく足音が聞こえてきた。懐中電灯の先には一人の男がいた。「何をしている」「絵とコーヒーを」脇にはスケッチブックを抱えている。「私を調べてもしょうがない。調べるならそのナイフだよ」男は箱の中に入り、蓋を閉めてしまった。

 教授は科学を否定した。科学は存在を支えないが、神は存在を支えるから。学生は教授が許せなかった。深夜、ナイフを手に教授の部屋に忍び込んだが、教授は起きていた。「僕はあなたを殺します。神があなたの存在を支えているなら死なないでしょう。その時は神を信じます。しかし、もしあなたが死んだら、神の不在を認めてください」しかし教授は絵を描くのに夢中で話を聞いていなかった。隣国から兵士が進軍してくる様子が窓から見えたからだ。怒りを覚えた学生はナイフを教授の胸に突き立てた。しかし、学生はナイフもろとも石になって床に転がった。

 剣闘士は最後の戦いを制し、自由を得た。剣奴としてこの地に連れてこられて八年、多くの友と出会い、そのほとんどを喪った。中に一人、心に残っている男がいる。男は剣奴になったばかりの彼に剣と生きる術を教えてくれたが、やがて自由を勝ち取り、旅立っていった。男の石像を見るたびに、剣闘士は自由への意志を磨き上げてきた。悲願を遂げたこの日、一振りの長剣を背負い、闘技場を奥へと進む。そこには椅子に座って絵を描いている男がいた。「ここは通せないんだ」剣闘士の怒りの咆哮。男は座ったまま剣闘士の一撃を受け、次の瞬間には一体の石像が転がっていた。

 羊飼いは神を愛していた。神は天上にいるというので、この辺で一番高い場所を訪れた。そこには、椅子に座った男がいた。手元には一枚のキャンバスがあり、絵が幾重にも重ねて描かれている。「何の絵ですか」「世界の歴史だよ」「歴史を描いてるんですか」「いや、歴史を消していくんだ。ここにはすべての歴史が描かれている。終わった歴史を消していくのが私の仕事だ」「空にも歴史が」そのキャンバスの上部には、巨大な雲とも煙ともつかないものが描かれていた。「これが何かは知らない。私はただ消していくだけだ」

文字数:1322

内容に関するアピール

 アルベルト・ジャコメッティは、対象とひたすら向き合いながら、時間の中で息づくその姿を、一つの作品に結晶させようとしたという。それを知った時、私はアントニオ・ロペス・ガルシアのことを思い出した。彼もまた、同じ対象と何年、何十年と向き合いながら、それを一つの作品に結晶させていった。
 このようにして、世界を長きにわたって観察し、一枚のタブローへと結晶させた時、そこにはどんな図像が現れるのだろう、というのが私のたどり着きたい「驚き」だった。
 しかし、実際に物語を動かしてみると、全く違う結果が待っていた。そのタブローには、初めから全ての歴史が描かれていたのだ。神は、世界を眺めながら、終わった歴史を消していた。初めからそこには滅びが描かれていたということだ。これには驚いた。
 実作では、私の驚きを追体験してもらうために、個々の物語の時代的繋がりをミステリ的に演出し、一方で絵はモチーフレベルまで後退させようと考えている。

文字数:409

課題提出者一覧