薔薇の匕首

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梗 概

薔薇の匕首

無限に続く白紙の地平。背後に負う文字の連なり。ジョンソンは文字と白紙の間に立っている。白紙の白さに立ちすくんでいる。文字には自身の名前、妹の死、今までの事件の数々が記されている。文字は小説である。

ジョンソン・ハリウッドは連載される犯罪小説の主人公である。捜査と銃撃戦のなか妹を殺されたジョンソンは、その死に疑問を抱く。真相を追ううち、自分が小説の登場人物であることに気づく。妹を殺したのは作者だったのだ。ジョンソンは作者への復讐を誓う。
ジョンソンは行間からの声を聞く。書かれていない部分、行間と段落の間から、何者かが語りかけてくる。ジョンソンはテキストの外部を発見する。声に導かれ、白紙の地平へと至る。

白紙の地平をすこし行ったところに塔がある。それは巨大な石造りの塔であり、六角柱の形状をしていて、遙かに古く、何千年も前からそこに建っている。
中にはかつて書かれた本がある。数えきれぬほどの本棚が並び、迷路のように入り組んでいる。
「ここまで来る者は少ない」
書棚の中心に老人がいる。安楽椅子に座り、虚空を見つめている。老人は盲いている。
「あなたは」
「私に名前はない。ただ、ホルヘと呼ぶ者がいる。主人公、きみもそう呼んでくれて構わない」
ホルヘは自分をアルゴリズムだと言う。いくつかのインプットを取り、物語をアウトプットする。白紙の地平に文字を置く。
「AIと理解してくれてもいい。汎用性は持たないがね」
ホルヘは乾いた笑いを発する。
「あなたが作者ですか」
「私は作者ではないよ、主人公。私はただ、インプットを元に文章を起こしているだけだ。インプットを与える者は別にいる。きみの妹を殺したのも彼だ」
「きみに復讐をさせてやろう、主人公」
「いったいどうやって」ジョンソンは首を振る。「作者と登場人物では力が違いすぎる」
「そんなことはない。作者など恐るるに足らぬ。君には作者を遙か凌ぐ力がある」
「見たまえ、この白紙の地平を。今までのきみ自身の歩み、叙事詩に始まる文学の重み。白紙にうっすらと文字が浮かんでいるはずだ。私の盲いた目ははっきりと見えているぞ。この白紙の地平には何が書かれ得るのか、何が書かれ得ないのか。作者は書かれ得ることをなぞるのみ。それを定めるのは君なのだ」

ジョンソンは意志をもった主人公となり、作者の手を離れ、物語を操り始める。ホルヘの助けを借り、小説を自らの楽園へと作りかえてゆく。作者を挑発し、復讐の時を待つ。

ついに塔へ作者が現れる。
「久しいな」
「ええ、ホルヘ」
「このところ私に任せきりだっただろう。盲目の老骨を酷使するのは褒められたことではない」
二本の短剣が飾り棚に置かれている。ホルヘは作者と主人公にそれを手渡す。
「物語が誰のものであるか、雌雄を決するときが来たようだ。私が立会人をつとめよう」
塔の外、白紙の地平で決闘が行われる。

文字数:1168

内容に関するアピール

<作者が自分の書いた小説に驚かされる>とは何か、を小説にしたものです。
作者を驚かせる主体として、自ら動く登場人物と既存の文学作品群の二つを取り上げています。前者は長い連載を経た長編の主人公で、作者の手を離れて勝手に動き出します。後者はボルヘスの姿をとり、あらゆる文学作品を学習した執筆支援AIとして登場します。
決闘の結果は書きませんので、作者の勝利・主人公の勝利・刺し違えて両方死ぬ場合と、読者がお好きな読解を選んでいただけます。当店のおすすめは作者の死です。読者に危害は及びませんのでご安心ください。
戴いたお題からメタ方向にずれてしまった点は陳謝します。いちおう、<作者と主人公の決闘>という不可能そうな題材を成立させることが可能だったことに驚く予定だ、という回答を記しておきます。

文字数:342

課題提出者一覧