ハウザ、ヨルバ、イボ

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梗 概

ハウザ、ヨルバ、イボ

 鬼ごっこのように相手にタッチすると相手から幸せの半分を採ることができる。相手から採った幸せの分量だけタッチした人間の幸せの量は増える。同じ相手に続けて二度目を触れると相手の幸せはゼロになる。

 

 私は今朝早くから私を探していた。

私の幸せは現在ゼロである。幸せがゼロのまま人探しをした時、探している人が見つかのか?という疑問を持たれるかもしれないが、見つかるのである。24時間に一度、私がもう一人の私を見つけて目視しなければ、もう一人の私は消滅してしまう。私たちは私たちが存在し続けるために、もう一人の私を必要としているのである。

 

 

 

  • この世界には私が二人いる。
  • 私以外の人間からは、私は私の幸せを採ることはできない。
  • 一度のタッチで、タッチした側が私たちの幸せ総量の50%の幸せを採れる。つまり幸せ総量を100とした時、私が持てる幸せは100幸せか、50幸せか、0幸せかの3通りしかない。
  • 私は24時間に一度は、もう一人の私に会わなければならない。ここで会うとは、相手をチラッと目視することも含まれる。見ている側は見ているという意識(注意)が必要だが、見られている側は見られているという意識(注意)がなくても見るということは成立する。私の視線がなければ、もう一人の私は消滅し、もう一人の私が消滅すると自動的に24時間以内に、私はもう一人の私の視線がないことで消滅する。つまり、一日に一度、どこかで私たちは会い続けることになるのである。

 

 

今日はまだ、私はもう一人の私に見られていない。ここ3週間ずっと幸福である。私が持てる幸福総量の総てが手元にあるためだと思うが、参加している小説スクールの課題である梗概の構想もどんどん浮かんでくる。今回は実作を書いてから、それを要約するという本来の梗概スタイルで書けそうだ。順調だ。ただ、このまま部屋でSF小説を書き続けていていたら私は消滅するのである。どこかからもう一人の私は私を見ているだろうか。ここは19階だ。窓のカーテンを開けていない。私はそろそろもう一人の私を探しにいかなければいけないようである。

 

 アルバイトで興信所の調査員をしている私は、さきほどから調査対象である女性の仕草が気になっていた。ここ三週間まったく実りのない張り込み調査をしている。おそらく幸せ総量がゼロのため私が幸せを感じるような結果は得られない。それにしても嫌な予感がする。

この調査対象の女性をハウサという。細長い手足と黒く長い髪の毛。そして大きな目の黒い瞳。まだあどけなさがある表情。ハウサはヨルバという女性に会うことになっている。三週間前からそれを待っているのだがヨルバは現れない。

 

 私は執筆を中止してマンションの外に出て仕事に向かうことにした。小説を書く傍ら、私は白いキャンディを運ぶ仕事をしている。このキャンディは食べると痛みも悲しみも減る。どんなに辛いことがあってもキャンディを食べるとすべてはハッピーだと思える(だけで、実際の状況は変わっていない)という魔法のキャンディだ。甘いあまい魔法のキャンディだが、ファンダジーの仕掛けもSFの仕掛けも何もない、ただのキャンディだ。魔法もファンタジーもSFもないからこのキャンディは凄いのだが、凄いということは、凄く多くの人の欲を引き付けるので、注意が必要だ。

メールにはイボと名乗る髪を後ろに束ね、深い紺色に黒の模様が入ったマルジェラのワンピースを着ているヒスパニック系の女から紙袋を受け取れと書いてある。電車に乗り五反田の駅に向かうことにした。

 

文字数:1456

内容に関するアピール

全身全霊、一心不乱に遊ぶことが遊びの醍醐味である。

それは熱中と言い換えてもいい。熱中して遊ぶということは、熱中して遊んでいることさえ気づいていないことだ。なりふり構わず全身全霊でプレーしている。

普遍的な大人が熱中して遊ぶための仕掛けは、思っているより少ないのではないか。仕掛けと言っているが、代償といったほうがいいかもしれない。熱中のための代償は、命と金である。不感症になり遊びそのものの仕掛けだけでは熱中できないのである。熱中するための仕掛けとして、代償という仕掛けを使う。

命と金の代償は非常に分かりやすく面白い物が多いが使い古されている。そこで生きることそのもの、人生そのもの、生活そのものを取り合うという設定にしてみた。生きることにプラスに働くものを真剣に採りあうということでお話を作ろうと思う。自由主義経済のメタファとして、他人同士で幸せや幸せに相当する数値を取り合う話も考えてみたが、今回は二人の私が取り合うことでより分かりやすく取り合いゲームを魅せれるものに出来ると思っている。

文字数:445

課題提出者一覧