ドッグラン・デッドドッグ

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梗 概

ドッグラン・デッドドッグ

通称〈廃棄区画〉と呼ばれる、高い塀に囲まれた半径30kmの地域。
そこで暮らす人々は、それぞれ「徴」と呼ばれる特異な身体的特徴を備えていた。
廃棄区画の住人たちは、塀の外にいる〈徴なし〉と呼ばれる人々の支配を受けていた。
〈徴あり〉は決して塀の外には出られない。

廃棄区画には、〈ゲーム〉と呼ばれる伝統の文化があった。
支配者である徴なしによって執り行われるそれは、命の危険があったり、個人の尊厳を踏みにじるような困難を徴ありの人々に強制した。
だが同時に、それを勝ち抜いた者には数々の特権が与えられた。

主人公イザナギは数々のゲームで優勝してきた有力プレイヤーだ。
彼のたった一人の肉親である姉・イザナミは廃棄区画では非常に珍しい徴なしであった。
聡明で美しい姉であったが身体が弱く、その状態は生まれてから今日に至るまで日に日に悪くなる一方だ。
イザナギは、姉を助けるために自ら望んでゲームへと参加していた。

廃棄区画で最も歴史が古く、危険度が高く、そして勝者への報酬が最も大きい〈神託者〉と呼ばれるゲームが開催される。
神託者は、その参加者しか立ち入ることが許されない廃棄区画の中枢にある危険地域〈ヒビキラ〉に入り、〈神殿〉と呼ばれる場所から〈神の爪〉を持ち帰る。
無事に神の爪を持ち帰ったものが勝者となり、このゲームのみで得られる特権〈神託〉と引き換えることができる。

神託者に参加したイザナギは、見たこともない怪物が多数存在するヒビキラを突破、神殿への侵入に成功し、最深部で神の爪を手に入れる。
ヒビキラの中心には朽ちた原子力発電所が存在し、神殿とは併設された研究施設のことであった。
廃棄区画とは、かつてメルトダウンを起こした原子力発電所と、その周囲30kmを封鎖した空間だったのだ。
神の爪とは、この時代には失われた放射能中和剤であった。
だが、イザナギにそれらの文明は理解できなかった。

優勝者となって神の爪を持ち帰ったイザナギは、徴なしと対面する。
彼らは、代々徴ありを使って回収した神の爪を用いて、放射能から身を守ってきた。

彼らの生命線である神の爪をもたらしたイザナギへの特権は「仮に『塀の外へ出たければそれも特赦する』ほど、彼の自由意志を聞き入れる」という破格のものであった。
それを行使し、徴なしであるがゆえ放射能耐性が弱い姉を塀の外に出せれば。もしかしたら、中和剤を彼女に与えれば──

だが、イザナギはその選択をしなかった。できなかった。
今まで彼らを支配してきた徴なし達を瞬く間に塀の中へと引きずり込み、高らかに〈ゲーム〉の開始を宣言する。

「──廃棄区画の住人よ、我々を支配した『徴なし』がついにこの地に降り立った。
彼らを探しだせ、彼らを追え、彼らを殺せ。
『徴なし』にも知らしめよ、味あわせよ、思い知らせよ!我々の人生を、『犬のように走り、犬のように死ぬ』人生を!」

イザナギは愛する姉を助けられたはずの道を捨て、支配者への復讐という選択をしてしまった。
彼女を助けられる”方法”をその手に掴んでいたこと、そしてそれを自ら捨ててしまったことには、最後まで気づかなかった。

文字数:1273

内容に関するアピール

作中後半で〈徴あり〉や〈徴なし〉、〈廃棄区画〉、〈神の爪〉といった固有名詞の本当の意味が明かされます。
この場面から”読者は世界観を理解したけど、主人公はそれらの意味を理解できない”まま話が進むことで、読者と主人公の視点がだんだん乖離し、悲しい結末に向かって一直線へと転がっていきます。
そんな悲劇を、傍観者である読者はただ見ていることしかできない…という仕掛けが本作のポイントとなっています。

知識がないものは、与えられたチャンスに遭遇してもそれと気付かず、活かすことが出来ないまま終わってしまうのです。

文字数:249

課題提出者一覧