神様の人形遊び

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梗 概

神様の人形遊び

十四歳の少女イレナは山奥の邸で一人きりで暮らしている。邸に入れるのは使用人の少年エミルだけだ。

村の人々からは悪魔と怖れられている。なぜなら、イレナは〝人形作家〟だからだ。

 

かつて神は〝己の体から紡いだ糸〟で人形を作った。それが人間だ。だから人形を作っていいのは神だけで、人間が人形を作るのは神の領分を侵犯する罪だ。

そのため、人形作家は忌み嫌われている。

 

母も人形作家だった。常軌を逸した天才で、狂ったように寝食も忘れ人形を作っていた。そしてある日、人形もろとも焼身自殺した。机の上には「私たちが神様を殺した」という謎のメモが残されていた。

 

大好きな母を失ったイレナはその日、自分の体に〝ほつれ〟があるのに気付く。

その日から人形遊びは始まる。一日中人形を作り、人形に囲まれて過ごす。人形たちは意志を持ち、動き、しゃべる。イレナの孤独は癒され、毎日は幸せだった。

 

使用人エミルは、イレナの様子がおかしいことに気付く。そのうえ人形たちが生きているように思えて仕方がない。エミルは注意深くイレナの観察を続ける。

 

人形たちはいつからか、結婚し子を作るようになる。子どもの人形を作っているのはイレナなのだが、もはやイレナの意志ではない。眠りから覚めた時、いつの間にか新しい人形ができている。人形たちはイレナの体を操り、自分の意志で増え始めたのだ。

やがて人形の街ができ、王国ができた。イレナは神と崇められた。

人形たちは人形たち同士で勝手に関係を結び、その中にイレナが入ることはない。イレナはいつの間にか、〝人形を増やす機械〟兼〝信仰対象〟となった。

イレナはまた一人ぼっちになってしまう。体の〝ほつれ〟が少しずつ広がっていた。

 

エミルは、イレナが完全に狂気に取り憑かれていると知った。食事も睡眠もせず人形を作り続けている。しかもイレナの体は少しずつ縮んでいるようだ。逆に人形たちは大きくなっている。なんとかしてイレナを助けなければ。

エミルは、イレナを人形から遠ざけようとする。だがイレナは反発する。

エミルはイレナに言う――

――正気に戻ってくれ。人形作りなんて罪深い行為をしたから、神がイレナのことを罰してるんだ――

イレナは首を振る。

――エミルは何も分かっていない。神はもう死んだわ。かつて神は一人ぼっちで寂しかったから、遊び相手を作るために人形を作ったの。その人形がやがて街を作り、国を作った。人形は勝手に自分たちで増えて、神は自分の体の糸を奪われていく。そうして神は死に、人形が人間になった。「私たちが神様を殺した」のよ。そして私は今、この人形たちの神になったの。もう後戻りはできない――

その直後、イレナの体が一気にほつれていき、邸中にひしめく人形たちに吸い取られていく。エミルがイレナに駆け寄ろうとすると、イレナは自分の体に火を付けた。火は糸を通じ人形たちにも燃え広がる。一瞬にしてあたりは火の海になる。

エミルは必死でイレナを救出しようとするが、途中で気絶する。

 

病院で目覚めたエミルは胸にぽっかりと穴が空いたようだった。イレナが死んだ。イレナに仕えることだけが生きる目的だった。イレナを失うことは、恐ろしい孤独だった。

その時、エミルは自分の体がわずかにほつれていることに気付く。

文字数:1327

内容に関するアピール

母親という庇護してくれる存在を失ったイレナは、現実に向き合える強さを持っていません。そこで人形遊びをし、自分で作った世界に没頭します。それはいわば、心を守るための自前のシェルターです。人形遊びはじめ、ひとり遊びにはシェルターとしての役割があると思います。こういうタイプのひとり遊びは、困難を抱えた子どもが現実に順応するために必要なプロセスだと言えると思います。

ところが、本作では徐々に人形たちが力を持ち始め、イレナが翻弄されるようになってしまいます。ただのシェルターであったはずの世界が暴走して、逆にイレナを狂わせていきます。人間という主体として、人形をモノ扱いして(遊んで)いたはずのイレナが、逆に主体を獲得した(かのように見える)人形たちによってモノとして扱われて(遊ばれて)しまう。ここに、今回の課題に対する僕なりの答えがあります。〝ひとり遊び〟が不合理なまでに突き詰められると、空想された〝世界〟が暴走して、自分という存在が消滅してしまう……そんな感じです。

なお、本作にはイレナとエミルという二人のキャラクターしか出していません。それはあえて作中の幻想と現実とを曖昧なままに保つため、第三者の視点を入れたくなかったというのがあります。しかし幻想小説というわけではなく、ある種の、キャラクターの寓話として書きたいと考えています。

文字数:567

課題提出者一覧