梗 概
あの教室での再演
沙壁アオイは目を覚ますと、自分に足がないことに気がついた。
幽霊になっているのだとすぐにわかった。なにせ、地に足がついていないのだ。吹けば飛ぶような、不安になる身体だった。壁をすり抜けることができて、誰からも視認されなかった。アオイはだんだんと自分がどのように死んだのかを思い出した。それは交通事故だった。大学のまえの道路で轢かれたのだ。自分の身体が冷たくなっていく過程が思い出された。
幽霊になったアオイは、自分がこれからどうすればいいのかわからなかった。そんなことを習った憶えはないし、先達を探そうにも周りに幽霊はいなかった。ひとまず実家に向かった。
向かっている途中、自分が死んで両親が悲しんでいるだろうと考えると胸が痛んだ。だがそれは杞憂に終わった。陽が上ったばかりの時間で、両親は起きたばかりだった。コーヒーを淹れているようだった。違和感を覚えたアオイは二階にある自分の部屋に向かうと、部屋のベッドにはアオイ自身が寝ていた。それも、小学生のアオイだった。小学生のアオイは母親に起こされ、朝食をとり、学校へ行く。アオイはそれをただ眺めた。
アオイは音楽の掛かっていないなかで踊る、高校二年生のアオイを見ていた。放課後使われていない教室でのことだ。高校生アオイの傍らには同じクラスの男子・鷲峰ガクがいた。彼は一年後に交通事故で死んだのだ。だがいまは二人は教室で踊っていた。お互いの身体が触れては離れ、しなり、巨木のような逞しさでシークエンスは進んだ。アオイの高校時代の最大の思い出だった。幽霊のアオイはそれを教室の隅で見ていた。
アオイはだんだんと自分の状況を理解していった。アオイは時間を移動していた。その幅はアオイ自身が生きていた間。時間移動をアオイはコントロールできなかった。気がつけば移動した。そうした受け身の幽霊生活において、アオイは自分が精神的に摩耗していくのを感じて、目標を立てる必要があると考えた。
「高校時代に踊った教室でまた、ガクと二人で踊ること」
その方法はシンプルだった。ダンスの動きはアオイの身体に染みついていたから、その動きを反復してあの教室に戻る時間移動を待った。
教室にアオイとガクがいた。二人は向き合っていて、同時に頷く。幽霊のアオイは高校生のアオイに重なるようにして立っている。高校生のアオイが手を上げると同時に幽霊のアオイも手を上げた。聴こえない音楽が鳴りだすのがわかる。ダンスが始まったのだ。視線が交錯して、二人の身体が連動して動きだす。一つの動作が、必然のように次の動作に繋がる。間隔がない動きの連なりがお互いの身体を揺さぶる。幽霊のアオイもその揺さぶりのなかにいた。ガクがアオイに向ける視線を幽霊のアオイも感じる。アオイの視線にガクが呼応したように強く頷く。このガクは一年後に死んだのだ。アオイも三年後に死んだ。だがこのダンスの間、時間は溶けた。
文字数:1198
内容に関するアピール
最近はもっぱら幽霊に関心が向いています。なので幽霊の身体、幽霊の時間を軸に今回は考えることにしました。なぜ、最後に幽霊が踊ることにしたのか、私の思い浮かべる幽霊がいつも踊っているからです。これは不思議に思っているのですが、私の中で踊ることと幽霊≒死は深く結びついています。
お題の、シーンの切れ目については、幽霊の時間移動を充てました。大いに移動してもらうことにします。梗概ではひとまず、段落の切れ目に時間移動しています。
主人公の目標設定→結末が梗概段階では早すぎると思うので、実作では移動回数を増やしつつ主人公の身の回りの人物も増やしながら、幽霊の身体運用についてじっくりと書きたいです。
文字数:297