朝食/歯磨/落下

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梗 概

朝食/歯磨/落下

眼が覚めると人が天井で寝ていた。マリトだ。ああそうだった。こいつは昨日から家に住み着きはじめたのだ。業者に天井耐久性を調べさせ、うちの天井がベッドの重量に耐えられることを確認すると、すぐ宅配機械にDiベッドを運び込ませた。天井に荷物を雪崩のように運び込むと、マリトはベッドで鼾をかいた。

朝。勝手にPunullに行くことに決まっていて外に出る。家で寝てたいんだけど。マリトは街路をどんどん進む。滑走路スカイスロープだ。マリトが駆け出すので後を追う。50mほど走ったところに固定されてあるDiキューブを掴み取ると、足が地面を離れ——前方へのスピードはそのままに宙に浮く。そしてぼくは——ビルの屋上から飛び降りたみたいに——落ちる。地面から空にむかって落ちていく、落下速の上昇はとまらない、街景がみるみる遠のいていく。もう限界だ——というところで膜に触れ、落下のエネルギーが吸収された。

質量相殺マスキャンセルショッピングモールPunull。エントランスで配布される自分と同質量のDiベストを着る。これはここでしか着られない。反物質——万有引力に対して物質と真反対のふるまいをする事が判明した粒子つまり空方向に落ちる粒子——を服の内側に磁力で留める技術がまだ市販許可されていないのだ。壁をキックして暗膜を抜ける。

家が浮いていた。Di社の新構想家屋のミニチュアだ。通りかかった子どもがチョップしてミニ家屋の煙突を折ってしまう。あーあ。折れた煙突物質が地面に落ちるのと同時に、Diキューブ付き家屋が天井に落ちる。Diキューブ反物質とちょうどつりあっていた物質が煙突を失ってDiキューブの質量の方が大きくなってしまったからだ。
 ——父と母と妹が、ぼくの目の前で実家ごと地面から空へ落ちていく。3年前のこと。Diハウス開発者の父が自宅を用いたテスト中に起きた事故。まるで机から落ちたペンがそこにあるはずの床に永遠に辿り着かないように、実家はどこまでも落ちていった。ぼくは家族を失った。

夜。マリトは行きたい場所があると言う。如何わしいルートで更に上空へ行くと、そこは非合法移動空下都市“テルース”。ネオンが光る街を散策する。貧富も民族も身体拡張度も様々な者が行き交う屋台街。

ぼくは目を疑う——あれは実家ではないか?——その建物は間違いなくぼくの実家だった。空の更に上で実家と再会したのだ。マリトに伝えると目を丸くしてどこかへ行く。外観はそのままに実家は放浪民たちの寝ぐらになっていた。マリトが戻ってきて沈没者が送られる場所があるらしいと言ってぼくをひっぱる。

ぼくの家族は壷の中の骨になっていた。

ぼくは夜空から遺骨を撒く。声。ぼくは振り返る。——それは妹だった。なにが起きている?妹だ。ぼくは立ち尽くす。妹が泣きそうな顔でぼくに抱きついた。抑えていたものが目から溢れた。妹は落下直後に父から平圧装置を被せられ、落下する家中で気絶していたところ、テルース民に家ごと助けられたという。昇りはじめる朝日の中で、ぼくらは地上へ落帰する。

文字数:1279

内容に関するアピール

地球の中心方向に落ちるのとまったく同じ挙動で空方向へ落ちていく。
 その光景や移動の体感の新鮮さを描きたいとおもっています。

引力とは地球の中心(質量の中心)に引っ張る力である、というルールは普遍ではないのではないか、という問いがこの話を書こうとした理由のひとつです。

主人公の心境を、皮肉っぽいひとりごとで表すことをしてみたいと思っています。マリトは対称にあっけらかんとしていて、危なっかしい感じ。でも独自の嗅覚で無意識に人を気遣うことができたり、隠れた場所を発見できたりする。というような人物像を想定しています。

現代でもすでに反物質は発見されており超微量であれば生成に成功してもいますが、その性質が明らかになるほどの大きさの粒子をつくるのはまだまだ先になるようです。
 空に落ちていくという現象が、魔法だったり突拍子も無いものにうつらないよう着実に背景を描くことに注意したいと思っています。

文字数:393

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朝食/歯磨/落下


 目が覚めると人が天井で寝ていた。その人はだらんと頭を——ヒモに球がブラブラぶらさがるような感じで——重力任せに垂らしていた。墨汁のようにじっとり黒く先端まで生気の行き届いた長髪が頭から下がっており、それが時折まとまってシュススと動き或る形状を象る。さっきそれは小指と薬指でボールを握る右手であったがいま象られているのはクロワッサンだ。毛髪形状制御システムによるリアルタイムヘアアレンジをオフらずに眠った彼女かれじょはマリト。目覚めたばかりのぼくは一瞬、夏休みに泊まりに行った親戚の家の朝のようにここはどこだ?と自分を取り巻く部屋の内装を探るように観たがそれはぼくの部屋であった。天井に寝ている彼女かれじょと天井に運びこまれた彼女かれじょ全私物以外なにも変わるところのないぼくの部屋だ。それは実のところぼくの部屋空間を占める景色の半分が別物になっていたということなのだが、それは昨日のバタバタに起因する。
 電話が鳴ったのは午前11時だった。その時ぼくは——電子端末の操作や文字入力に不備が出ていたので——舌動タングルをくり返してどの舌動タングルと端末操作のあいだに齟齬が起きているか確かめているところだった。いつものように舌で前歯を2回タップするが電話を受けることができないので仕方なく手を伸ばして通話ボタンをタップ。「おそいよねてたのー?」「ねてないタングルが不調なんだよ」「ほへえ。そっか。でさ、あー。タングルね、そろそろ新しいの買いなよ。8良いよー。紗哉まだ3でしょ?8はやいはやい。あー、そーだ!いまからそっち行っていい?紗哉んちの天井調べたいんだけど」ちなみにタングルとは歯へのベロの当てかたによって端末を操作したり文字入力するデバイスのことで、一部のあいだで流行っているのだが、利点は操作しているのが分からないこと「天井調べたいんだけど」「あ?」「天井調べさせて」「なに言ってるの」「もう業者に頼んじゃったからさ今から向かうよん」電話は切れる。
 十分な強度がありますねえとかなんとか言いながら天井強度調査員の男は去りそれと入れ替わるようにして宅配機械デリイズがぼくの家にダダーッと雪崩のように侵入してきたのだった。紗哉は座ってていいからとかなんとか言ってマリトは淀みなくデリイズに指示を出していた。いちばん大きなディラックベッドを天井へ運び込むとそこからはダンボールばかりが天井照明の周りに積み上げられていった。スペースの有効活用! 天井に向かって両手を広げマリトの口から発せられたそのセリフはマリトによる引越しテロ完遂宣言のようにぼくには思われた。
 だらりと垂れたマリトの顔を見ながら起き上がりぼくはめんどうことになった、断るのがめんどくさくて傍観してたけどさすがにこれは拒否すべきだったのではないか、嫌なことがあったら直ぐ追い出そう、と思った。それにしてもなんでこいつはいつもこうなんだろう。この前なんかテレビで伴オーブ美梨がストーカーに会っていると発言すると数日でテレビ局から尾行して伴オーブ美梨の自宅をつきとめ自宅周辺を監視巡回したのだが——ちなみにマリトはべつだん伴オーブ美梨の熱心なファンではない——その巡回自体が不審に思われ捕まった。翌日〈巡回してみたかっただけ〉というマリトの事情聴取内発言が朝刊の見出しになった。その前は学校の入り口にある溜池の栓を〈ふとひっぱりたくなっただけ〉という理由でひっぱり多くの学生たちが登校時すっかり水の抜け切った池底でピチピチと跳ねる魚を見る結果となった。その前はカラオケでマリオのようにジャンプして右腕が天井をつきやぶり30万円の修理費を払うことになった。マリトは加減を知らない。でもマリトには微塵も悪意がないことは誰にだって分かるしトラブルはあるかもしれないが何かを発案し次々にやってみようとするマリトといると飽きることがないのは間違いなかった。そんな彼女かれじょ——ぼくらはいまだにお約束のジェンダートークを交わしていない——がいまうちの天井で寝ている。ぼくは朝食をつくる。

 


 平面的居住形態gravitismから立体的居住形態degravitismへ。空から見るとよく分かる。

朝食を準備し終えたくらいのタイミングで都合よくマリトは起き出してぼくのベッドに落着した。おはよー。おはよう。水色のビニル製(に見える)ワンピース寝巻着を纏ったマリトの髪はまさにいま川で一匹の鮭を捉えました!と言わんばかりの躍動感あふれるヒグマを象っていた。
 朝食内会話のどこかで——ぼくには全くわからなかったのだが——マリトのなかではPunullプヌルに行くことは決まっていたらしくマリトは朝食を終えてもテレビを見続けるぼくの方を見てキョトンとしていた。「なに?」と尋ねると「もういくよ」と言う「どこに?」「Punull。さっき話したじゃん?」「あ、そうなの。いってらっしゃい」「ちがうよ紗哉もいくんだよ。」「え?」という感じでぼくは外に出た。家でぼーっとしてたかったんだけど。
 滑走路スカイスロープはプールサイドのようなビビッドでベタッとした青色の地面で晴天から降り注ぐ陽射しを反射していた。空への改札スカイスロープ。青信号——マリトとぼくの質量計測完了の合図——が点ると共に、マリトがゴーグルをして駆け出すのであとを追う。50メートルほど走ったところに固定されてあるディラックキューブを掴み取ると、足が地面を離れ——前方へのスピードはそのままに宙に浮く。そしてぼくは——ビルの屋上から飛び降りたみたいに——落ちる。地面から空に向かって落ちていく。(マリトは自分でPunull行きを決めたくせに飾りのついたサルエル風パンツを履いておりそれが邪魔そうにバサバサバサバサ音を鳴らして揺れているのが見えた。)落下速の上昇は止まらない、街景がみるみる遠のいていく、もう限界だ——というところで膜に触れ、落下のエネルギーが吸収された。
 人口爆発。医療の超高度化と食糧問題の完全解決によってヒトの数は増えるいっぽう。そして砂漠化の進行。これは問題。大いに問題だった。スペースが足りない! いわゆるスペーシングの問題である。この地球上のどこにこれからも増殖増殖であろう人間の住むスペースがあるか。いやない。——そのときあらわれたのが超物質だ。超物質ディラック。超物質ディラックは平面的スペーシングによる生活に依拠していた従来の人間の古典的スペーシング感に革命をもたらした。〈超物質ディラック〉それはようはである。
 ディラックを発見した者はディラックという名ではなかった。発見したのはブレイマという少年で、彼は地球から離れた位置にあるダーミヂス星に停泊していた宇宙船〈長持号シヨジエ号〉で寝ていたのだが、起床して毎朝の読書のため枕元の本に手を伸ばした。ぶ厚い本だ。『石油と政治』。砂時計をひっくり返す。母に朝の読書は10分と決められていたからだ(砂の落下速度は地球より遅いが少年は知らないフリをした)。結論をいえば、超物質は砂時計の砂がすべて落ちたあと、砂時計の下半分に落ちた白い砂から離れて砂時計のなかで宙に浮いていた。つるつるの楕円形の石が浮かんで砂時計の中心にひっかかっており、砂時計全体にかかる重力を打ち消すことでその砂時計は無重力化マスキャンセルされていた。その後ブレイマは大人たちに超物質の名付けを強いられめんどくさそうに砂時計のブランド名を指差した。そして、ダーミヂス星における砂時計反転によるディラック収穫は再現性の確認されたプロセスとして公の事実となりダーミヂス星は言葉通り地球人の希望の星となった。

 


 空から見るとよくわかる。「あれがセカンドピアだね。」「うん。」「あっちにもあっちにも穴が空いてる。これから次々にピアが空を突くんだ!」。Punullにつづく膜道の上からぼくらは頭上に見える地上を眺めている(つまり蝙蝠こうもりみたいに足が空を頭が地を向いた逆さの体勢だ)。ピアというのは日本語でいう幹のことで、人は空高く街を形成するため直径数キロに及ぶ円柱を次々に聳え立たせようとしていた。「ファーストピアにはもう1万世帯が住んでるんだってさ」「そうなんだ」ぼくは関心がない。というよりピアやディラック関連ニュースを避けている。そんなニュース要らない。「樹々の枝にひっつく葉みたいな家に住む、ってどんな感じなんだろ。地面がないんだよね?」「住んだら」「応募したよもちろん。でも外れちゃった、倍率何百倍だって、高層ならもっと」
 無重力マスキャンセルショッピングモールPunull。空に浮かぶ空中ショッピングモールである(とは言っても台風などに備えて長距離ワイヤーで地面とつながれている。ここに来るまでにディラックキューブは返却してあり、それと同時に逆さの逆さつまり体は地上に立っているのと同じ上下になっている)。エントランスの向こうにみえるその建物は世界ではじめてそしていまのところ唯一アトラクション的にディラックをふんだんに使って商品販売を行っているショッピングモールで、ロゴマークにあしらわれているのはゴリラだ。アフロヘアのようにモッサリした毛並みの山吹色ゴリラが逆さになって虚空を両手で——張り手のように——プッシュしているロゴマークである。エントランス前のコーヒーショプでマリトはホットミルクを買った(ぼくはそのとき水筒のお茶を飲んでいた)のだが、それを飲みながらぼくの方に近づいてきて壮大にこけた。そして当たり前だがホットミルクはこぼれた。そしてぼくの足にかかった。ぼくの口から大きな——もし近くに花瓶があったら割れてしまうのではないかというくらい大きな——声が出た。「おまえなにやってんだ!どうすんだこれ!」頭に血が上っていた。どうにもならなかった。どうにも。「よく見ろよ!」ぼくはマリトの首元をつかんで靴に唇がつくほど近づけた。入場客らがこちらを見ているが体を止めることができない。「いつもいつもいつもいつも!人にどんだけ迷惑かけてると思ってんだよ!考えろよ!とにかく弁償しろよ弁償!」ぼくはそう言い切ってマリトの顔をみた。しぼんだ顔でマリトは「ごめん。悪かったよ。…お金払うから許してくれ。」そう言ってうつむいた。さっきまで無数の上向き矢印を象っていた髪の毛は胸までバサッと下りている。ぼくはマリトにどう声をかけていいかわからずエントランスにむかってスタスタと歩きだす。ここ数年度々こういう感じだ。怒りを制御できない。何がスイッチになるか自分でもわからないのだ。そしてひとたびスイッチが入れば制御不能。人と関わりたくない。どうしてぼくはまだ生きているのだろう。
 ベストを配っているのはゴリラだ。反重力物質ディラックの詰まったベストをブスッとした顔で黙々とゴリラが配っている。〈60.34〉ベストには質量が小数点第2位まで記載されており、それは着る者の質量でありベストディラックの質量でもある。物質と反重力物質ディラックが——動かない綱引きのように——質量を互いに上下に相殺することで無重力マスキャンセル状態が発生します!〈1.カバンはリュックのみ可 2.トイレの後は必ずゴリラのところへ行ってベストを交換すること〉この2つを守って買い物を楽しんでくださいね。という注意喚起動画を最初の部屋でみなければならないのでそれをみてぼくらは(もうマスキャンセルしているので)壁をキックして宙を滑り暗膜を抜ける。

 


 モストレアmost rare人形ぱみおんちゃん。ぱみおんちゃんは豚(だと思われる)のキャラクターだ。マリトは1年前の開店以来発見されていないというその——直立して両前脚でバンザイをするピンク色の妙に上半身が肥大し上半身の下半分に花柄模様の入った豚の——ぱみおんちゃんを探すのに躍起になっていた。(それと同質量のディラックが結ばれた)人形が部屋という箱の中にぎゅうぎゅうに浮遊するそこはドールプールルームで、いろとりどりの動物やロボットなどあらゆるキャラクターというキャラクターがひしめきあっている部屋なのだが部屋の入り口が壁の対角線の交わったちょうど中心にあったので暗膜を抜けるとドボンと水中からスタートするようなサプライズを味わうことになった。ところどころに電子パネルが浮いておりそこで人形をスキャンすると自分専用の図鑑を穴埋めしていくことができた。マリトはひゃっほーいという声が聞こえてきそうなぐらいの勢いで人形の海を壁から壁へ泳ぐ。
 ぼくは人形部屋にマリトを残して次の部屋にきていた。家が浮いている。Punull社の新構想家屋の1/3スケールモデルだ。展示室であろうこの部屋には、地上用無震浮遊家屋ノンクエイクハウスやピアにつなぐための高級空葉家屋プレミアムリーフ、車につないで簡単に運べるキャリーハウスなど用途様々なモデルがXYZ軸方向にずらっと並べられていた。 やめろよ!うわあっ!という声/サイレンの音/やべっ!というその声にぼくが振り返ったときには2つの物体が天地じょうげにはなれて落下を始めそれをみた2匹の監視ゴリラがホバリングによる高速移動で落下物を押さえ込み落下阻止を成功させたその瞬間だった。どうやら学生たちが悪ふざけの最中にモデルルームに突っ込んだようだ。それで煙突が折れその折れた煙突は地面方向へ、そして煙突を失い残った家屋部分——ディラックがくくりつけられた部分——は空方向へ落ちようとした。
 浮遊にはまだまだ安全とはいえないところがあった。反重力物質ディラックを好みの物体Aに結びつけるのは心踊ることではあるが、もしその浮遊するAをとりまく繊細な釣り合いが崩れればAは天地どちらかへ落ちることになるのだから。

それが天であれば——

父と母と妹が、ぼくの目の前で実家ごと、地面から落ちていく。3年前のこと。ディラックハウス開発者の父が自宅を用いた試験中に起きた事故。まるで机から落ちたペンがそこにあるはずの床に永遠に辿り着かないように、実家はどこまでも落ちていった。ぼくはそれを実家に続く一本道から見上げていた。自分がずっと住んできてこれからも住んでいくはずだった家とぼくの家族が——父と母と妹の命が——危機的な状況だという現実に心が追いつかず、頭のどこかで、夜空へと家が吸い込まれていくその光景をうつくしいと感じている自分がいた。
 「紗哉ちょっと買ってきてくれないか。」父はその日、14歳のぼくに買い物を頼んだ。人に頼らず全て自分一人でやろうとし現実にできてしまう父におそらくはじめて頼み事をされたぼくは——養生テープと皿頭ビス50本だけのことであったが——自分のことを誇らしく感じ、スキップするような気分で家からホームセンターまでの道のりを歩いた。父は夕方作業をはじめる前にぼくに説明した。「今日やることがスペーシング問題解決の口火を切る」そう言った。それから「この金庫のなかに、9個のディラックキューブがある。大きいだろ?これをオートクレーンでひとつずつ家の屋根に吊っていく。キューブをフックにかけるのはクレーンだと時間がかかるから、父さんが屋根に体を出してフックをひっかけるんだ」そう言った。早口で、ぼくに説明するのではなく自分に確認するように「うちを地面から切り離して底面を補強する作業は先週終えているから、あとはこの16tあまりの家に、合計で同質量16tになるキューブたちをバランスよく、かたむいたりしないように吊るすだけ。それでおしまいだ。なにもむずかしいことはない。——そうそう。紗哉におつかいを頼みたいんだが、行ってくれるか?」そう言った。
 それでどうなったか?なにがおきたか? 結局のところ(のちにクレーンのレコーダ映像から明らかになったこと)、9つのディラックキューブの内の1つに欠陥があった、それはラベルへの表記質量と実際の質量が異なるという欠陥、その〈欠陥キューブ〉は表記質量より実際は1tも重かった、〈欠陥キューブ〉は父が最後に吊るすキューブでそれを父が吊るしたのはぼくが買い物を終え家の正面を通る一本道に曲がろうとする頃だった、一本道を実家へ歩き始めると家がちょうど浮き始めた! それを見てぼくは「え!お父さんぼくがいないうちに作業終わらせちゃったよ!なんでー」と残念に思ったのだがおかしい、実家の浮遊は止まらない、実家はどんどん高度をあげている、いや、落下しはじめている! そう気づいたときにはもう相当な速度で実家は空へ落下をはじめていて見上げる事しかぼくにはできなかった、家族の名を呼ぶことも、危ないと叫ぶことすらできぬまま、実家は夜空に消えた。ぼくはその日、住む家ごと家族を——父と母と妹を——失った。

 


 紗哉なにしてんの?けっきょくさーぱみおんちゃん見つけられなかったわー
 立ち尽していたらしいぼくにマリトは追いついてきてそう言った。スカイピクニックするで! と言うマリトはお腹が空いているらしく天使広場——中学校の校庭2面分くらいに広げられた透明な膜の上——でランチをした。真下に雲が見えるからだと思うのだがマリトはヴの発音のとき過剰に下唇を噛んで「ヘヴンヘヴン!ヘヴンヘヴン!」とリズミカルにくり返した。マリトの髪はそのとき東京信用金庫と書かれた看板を象っていた。意味がわからない。それからゴリラスロー。ゴリラスローはアトラクションだ。ゴリラが1kmほど離れた位置にいるゴリラに向かって(当然マスキャンセルされている)客を投擲するのであるが、高速浮遊泳するという本来の目的よりも、ゴリラの胸に抱かれるのは気持ちがいいということで開演当初主に女性誌で話題になり客が詰めかけた——彼女らはゴリラーと自分たちを呼んだ。いまでも当初ほどではないにせよ終演までゴリラーたちは長い列をつくる。

ゴリラスローを終えると陽が落ち始める。空中ショッピングモールPunullにも今から夜が訪れるのだ。 紗哉さあ。今日時間ある?っつっても、ないって言っても行っちゃうけどね。「ん、なに」行きたいところがあるんだよね。こっち。ついてきてと内緒話をするようなヒソヒソ声でマリトは言うのだが、マリトと高校大学とわりと近くで過ごしてきたぼくは、マリトが無警戒にトラブルに接近するときの危うさオーラが朧に見えたような気がしたがぼくはその予感を無視した。
 マリトはPunull内のSTAFFと書かれた扉を家の玄関をひらくみたいになんでもないように開き何人か従業員とすれ違ったあとは人気のないほうへないほうへ明らかに如何わしい方へ向かっていくのであった。ところどころに台車や段ボールが忘れられたように投げ置かれており、さらに薄暗く、まるで廃墟となった収容所地下道のような居心地の悪さのある道を歩きつづけるとその先にあるグレーの扉をマリトは開いた。——夕焼けだ。扉のむこうは外で、焼けるような赤い空が見えた。そこには駅前で週刊誌でも売ってそうな感じのボロ露店があり露店のローテーブル上には布がかかっているのだがそこには何も載っていない。パールグリーンのつなぎを着た眼鏡の初老の人が、たばこの吸い殻をトングでビニル袋のなかに詰めている。ぼくらの方を振り向くことはない。コマさん魚くんろ、マリトは初老の人の少し曲がった背中に声をかける。
 コマさんはカラーコンタクトを着けていた。それで黒目を大きくしている。顔に深い皺のある彼女かれじょは「タマカイ/南シナ海/水温25℃/スズキ目/ハタ科」とぶっきらぼうに言った。「アカシュモクザメはサメのなかで獲物の捕獲率が最も高い。その理由はそのとんかち頭にある。サメの仲間はその頭に弱い磁力を感知する器官が備わっていると言われている。それがさっき言ったローレンチニ器官だ。覚えとけ。アカシュモクザメはそうだ。そのとおり。アカシュモクザメはよこに飛び出した頭を持っている。そうだな。だから」
 「コマさんわかったよ。タマカイにするよ」とマリトは言う。ぼくには会話がどう成立しているのか(いないのか)わからなかったがコマさんが露店の奥にかかる暖簾のれんをくぐるとマリトが続いたのでぼくも続く。——そこは水族館並みの大きな水槽に囲まれた部屋だった。巨大な——マリトの頭をちょうど吞み込めそうな位の大きさの——魚が泳いでいて、水槽のガラスに<タマカイ210kg>と走り書きされた紙が貼ってあった。他に魚はいない。その一匹だけだ。マリトがコマさんに近づいて分厚い封筒を差し出したのが見えた。それは何やら慣れた手つきであった。「クロマグロはヒレを隠しているぞ。どこにあるかわかるかな?曲がるとき、そう、方向転換するときにヒミツのヒレがでる。クロマグロ。第一背びれ」と言いながら、脚立をのぼり鉤のような道具でタマカイを水槽から釣り出し金属箱に落とし入れた。デーンという音がした。

 


 貧富も民族も性別も身体拡張度も様々な者が行き交う屋台街。色とりどりのネオンが目線を奪い合うように主張しているここは非合法移動空上都市”テルース“。210kgもの巨大魚タマカイが詰められた金属箱のすぐ隣にあった金属箱にぼくは詰められ、ぷしゅうと気圧調整の音がした後、落下していくような急加速をしばらく感じ到着した先だ。
 「紗哉!着いたよ!いまショッピングモールPunullのはるか上空にいるんだ。ここはテルース。愉快なとこ。朝がないのが最悪だけど」とマリトはまだ箱の中にいるぼくに言って手袋とダウンジャケットを渡してくれる。それでいまテルースの夜店のあいだを歩いているところ。空は暗い。道は棊子麺きしめんが絡まったように入り組んでいる。人だけでなく店も道路もその下を走る水道やガス管もマスキャンセルされているらしい。水道もガス管も電気配線もすべて露わになっているのだから、そこかしこで水漏れや小爆発が起きているが、安全も効率もしらんと言うようにテルースの民はおかまいなしに日常を送っているようだった。どいつもこいつも強い目をしていて鬱陶しい。世界には生きる価値があるとでもいうように彼らには活力があった。
 「これひとつ!」マリトはそう言って肉饅頭がくらげのように浮かぶ什器の中を指差した。肉饅頭にかじりつきながら「テルースはさ。ずっと夜へ夜へ動き続けてるんだ。街全体を反重力物質ディラックで浮かべて、その全体をガス噴射で動かしてる。地上で実用化され法整備されるずーっと前に技術を使っちゃった人がいたんだね。急な突風とかはかなり大変らしいけどでもそういうところも込みでなんか心に隙間ができる気がするんだよね、ここに来ると。元犯罪者とかも多いみたいだけど、あれのおかげでなんとかね、うまくいくんだよ」と言った目線の先にあるのはムエッソロMuessolocと呼ばれる建造物。テルースに着いたときから街向こうに見え隠れしていた丸い壁——それは球状闘技場だ。ディラックに刃物に機械化にドーピング(拳銃機銃以外)なんでもありの闘技場。闘技場には穴があいている。地上へ落ちる穴と空へ落ちる穴。落ちれば死あるのみ…。「今日ちょうど天王てんおう杯最強決定トーナメントの準決勝から決勝までやるんだよ! ほら、指定席もとってある! 紗哉のぶんもあるっよー」。しかしぼくは最初の試合が始まってすぐ気管支が狭くなったようなかんじで呼吸が苦しくなりトイレへ。球状壁面にぎっちぎちの満員状態になった超群衆が発する熱狂がトイレまで揺らしている。ぼくはタングルでマリトに「見れそうにないから街を歩いてる。心配しなくていい。ごめん」と連絡した。

 


 テルースの街は天王杯のためか人気がすくなくなっており先程よりも幾分静かだった。屋台街を抜けるとその先にテントが無数に建つ広大な場所があり、遠くまで広がる色とりどりのテント群が内側からの照明でポウポウとともり上がる景色はどうしてか懐かしさを感じさせるものであった。テントのあいだを縫うように歩く。

 ぼくは目を疑った。——あれは——あれは実家ではないか?——家屋の2階ベランダはぼろぼろに崩れているのだがピンチハンガーだけが壁面の突起にぶらさがったままになっておりそのピンチハンガーの張り棒に補強用撥水テープ(赤)が巻きつけられている、ぼくが間に合わせで修理した母のピンチハンガーだ。間違いなくぼくの実家だった。どうして? 3年前に目の前で空に消えた家、その家がそこに。ここはどこだ?ここはテルースだ。ここは不法移動空上都市テルースだ。 玄関横のすりガラスが見える、あのすりガラスはぼくらが家族旅行から帰ったとき空き巣に割られていた、あれは恐ろしかった、二階の東部屋(ぼくの部屋だ)にみえる水色のブラインド、あれはぼくが大学生になったとき『Caprice』の家具特集を見て憧れて買ったブラインドだ、そして表札、ここからでもその木札にぼくの父の名前が書いてあった——うえからナイフか何かで名前を取り消すように縦に刻みが入れられている——のが分かる。ぼくは空のさらに上で実家を見ていた。なぜだかそれ以上近づけなかった。なぜか? それは。ぼくの実家に誰か住んでいるのが分かったからだ。
 実家は地面に対して45度に全体がまがっており、それは当然実家をディラックが空方向にひっぱっているということで、そしてその底面が斜めに持ち上がった地面につなぎとめられていた。吐息が白い。ぼくは路上にあるちょっとした段差の上に腰をおろしていた。実家の方を見るでもなく眺めていた。どれくらい時間が経ったかわからない。
 「酒飲まないとやってらんないよお!ちがう?ちがうの?」という大きな声が頭上から——ぼくは地上と平行の場所に座っている——聞こえた。両手を機械化したブルーのヴェルヴェットワンピースの40代くらいの人がなにかぶつぶつ言っている。酔っ払っているようだ。恰幅がよくメイクは濃い。——まさか——と思う間に、彼女かれじょは元実家にふらっと吸い込まれるように入った(玄関の鍵は開いていたのだ)。どうしよう。ぼくは思った。そしてようやくここで。みんなは?ぼくの家族は?という考えが浮かぶのだった。忘れるようにしていた記憶、見ないように底の方へと沈めていた記憶。思い出。思い出せば、それがもともとあったことを思い出し、もともとあったのだからこそという喪失感として襲いかかってくるそれらの記憶。記憶記憶記憶。世界は便利になった。スペーシングの問題は解消されそうだ。はんじゅうりょくぶっしつとかいう突飛な物質も発見された。まだそれが既知の物質とくらべてどのような位置にある物質なのかわかっていない。しかしでも地球が一気に変わってしまうような物質が発見された。人は縦に高く住むようになるだろう。それはれきしてきニュースであり、人々にとってそうだいなエンタメであった。世界が変わっても、人の病気がなくなり人の寿命が伸びても、ぼくにはなんの関係もない。ぼくの状況は、はは、なにもかわらない。彼女かれじょは誰だ? ぼくの家族はどこに行った? どうして〈欠陥キューブ〉がどうしてうちにまわってきてしまったのだ? うちじゃなくてよかったはずじゃないか。どうしてぼくはホームセンターですぐ店員にビスの場所を尋ねずじぶんのちからで探そうとしてしまったのか? 妹の庵奈あながちいさかったころ、ディラックを使ったおもちゃが発売されるようになった。ぼくがちいさいころにはなかったものだ。父と母はディラックが使われた天井に浮かぶおもちゃを幾つも買って妹に与えた。しかし妹はそれをぼくと2人でいるときに窓から外に投げた。それは浮かんで窓から見えなくなった。消えて無くなるのが面白かったのか妹はそこにあるおもちゃを次々に窓から投げた。それを見たぼくはそれから庵奈を見守る役を買って出るようになった。庵奈は精神に障害といわれるものをもってうまれたという。障害ってなんだとなんかいもかんがえた。障害とにんていするのは人だ。障害者。ぼくはその名前が嫌いだ。その名前で庵奈のことを考えると、それは自分からとおいもののように思えてしまう、庵奈はそういうとおいものではない、ぼくの妹で人間だった。ある日ぼくが『Barney the dinosaur』の古いアニメをつけると歌が流れた。庵奈はその歌に合わせて体を動かした。はじめてのことだった。彼女はそれが気に入ったようで、毎日のようにそれをぼくに頼むようになった。毎日だ。下唇をハムハム噛みながらぼくにバーニーを表示させるための操作をさせようとする。もちろんぼくはめんどくさいとおもったことがなんどもあるけれど、でも彼女のことが愛おしかった。ぼくは元実家——なんと呼べばいい?——のほうへ足を進めた。マリトにタングルメッセージを送っているが返事はない。

 


 ぼくの家族は壷の中の骨になっていた。

両手を機械化したブルーヴェルヴェットワンピースのアラウンド40。ぼくは元実家に飛び込んでその恰幅の良いつり目人のまえに立った。その人はリビングのソファに座って両腕をクロスで磨いている。「きみはだれ?」ヴォイザーだった(さっきは気づかなかった)。その人に警戒している様子はまるでなくぼくは何かが変だと感じた。「ぼくは…。」「だれだろう?うーん。わたしがなにかしてしまったかな?知らないうちに人を傷つけやすいタチなんだ。もしそうなら」「いいえ。この家は」「きみもこのいえにすみたいの?」過剰にノイズが省かれた機械的な声が目の前の人の動いている口ではないどこかから発される。ヴォイザーは自分の声を隠す。「いえ、この家はいつからここに?」「いつから?そうだねえ。」そう言いながらその人は両腕を磨く手を止めてぼくの目を見た。「そうだねえ。うーんハリケーン11イレブンのあとだから。3年くらい前? どうしたの」心臓の鼓動が大きくなっていた。————これはぼくの家だ。ぼくはつぶやいていた。これはぼくの家だ。「これはぼくの家だ!ぼくの家だ!」そう叫んでいた。目の奥に力が入り過ぎて視神経が張ちきれそうだ。部屋の隅には捨てられたように子供用遊具が打ち捨てられてあった。「なんでお前が!お前が住んでるんだ! お前はだれだ? なんでお前にきかれなくちゃいけないんだよ! おまえがっだれだ!」床が汚い。土足で使ってるんだ。ぼくはそう思った。「でていけよ!ぼくの家だ!でていけ!」ぼくの口は一気にそのように叫んだのだった。つり目の人はそんなぼくをまっすぐに見ていた。そして一度目を閉じて、開く。太いアイラインがゆっくりと動いていた。「そうかい。きみの家かこれは。それは悪いことをした。やはりわたしは知らないうちに人を傷つける。」そのノイズの省かれた低めの声に、ぼくの荒くなっていた呼吸がすこし落ち着いてくるのがわかった。
 わたしたちには住む場所がなかった。オドンはそう言って機械の右指を動かしなにかを操作した。現れたのは3D映像で、細部を省くとこのようなことだ。3年前ハリケーン11という400年ぶりとも言われるほどの猛突風がテルースを襲った。そのときオドンのテントは吹き飛ばされ、金銭も生活用品も一気に失った。凍てつくこの浮島で家がないのは死ぬのと同じ。周囲とは普段は交流があっても傷ありの余所者どうしの付き合いであり、そのようなときに助け合う関係はない。そんなある日警報が鳴った。落下物が接近しているという。それは奇妙なことだが家のようだと。彼女(オドンは名前を告げるときに性別を教えてくれた)は落下地点に向かった。そして落下してくる家にワイヤーをひっかけた。ディラックキューブに飛びついてそれを削った。粉が飛び散って空へ舞い上がっていく、ちょうどマスキャンセルしそうなあたりで削るのをやめた。オドンはその家をテント群の近くに運んで家を失ったものたちの寝ぐらとした。「覚えてるのは3つの重たい人体を家から運び出したことだけだ。わたしは家がほしかっただけ。その後それがどうなったかは知らないよ。知りたかったら——
 それで走ってむかった場所でぼくの家族は骨になっていた。墓地である。ぼくの家族をオドンから受け取り運んで供養したのは四輪ロボットだった。死体の放置は病原菌を蔓延させる。テルースに葬式はないが日々生じる死体の処理や墓地の管理をテルース創始者(いまはもういない)が設置したロボットが担当しているらしい。そのロボットはしゃべらなかったが、ぼくを見るとすぐに生体センサーかなにかで察したらしく、ある壺の前まで案内された。遺品と遺骨(ロボットはぼくの家族を日系人と見定め火葬を選択したのだろう)。

プレートにはふたりの名前。そして——
 え?
 庵奈の名前がない
 どういうことだ?

ここに病院はある? ぼくは尋ねる。
 四輪ロボットが経路を示してくれる。

 


 ぼくらは空から遺骨を撒いた。
 病院へ到着してすぐに看護師らしき人物に背が低く黒髪で丸い鼻がすこし曲がっている女の子はいないか尋ねた。家と一緒に地上からここに落下して搬送されているかもしれない、と。看護師はぼくを子どもがいそうな部屋から部屋へ連れ歩いた。そしてそこに——彼女はいた。いろんな動物の顔に切り出された色紙いろがみが壁に貼られた部屋だった。庵奈は地べたに座っていた。部屋には小さいピアノや鉄琴があって、それを彼女は押したり叩いたりしていた。ぼくは庵奈に駆け寄り、彼女を抱きしめた。庵奈はピアノの鍵盤をぽこぽこ手のひらで叩いた。 おーい、さやー、おわったぞー。体大丈夫? ルシルフが優勝!賭けは負けー負けー!大損だよお!今年一番の勝負だっていうのにさあ。でもいい試合だったよ。 さやー。 マリトからのタングルメッセージ。

それでぼくらはテルースの端っこで空に舞う遺骨を眺めていた。すぐひっこすかんね、すぐすぐ、今週中とか!マリトが言う。
 「え、なんで」
 「だって2人で暮らした方がいいよ。」
 「まだいんじゃない。そんなすぐじゃなくても」
 「え?」
 「…」
 「ひっこすよ」マリトがすこし小さな声で言う。
 「ぼくがひとりで庵奈の面倒みられるとおもう?」
 「うーん、どうだろ。大丈夫じゃない?」
 「そうかな。マリトはいつまで転々と居候生活すんの?」
 「いつまでだろ?ずっとかな?」そういってマリトはすこし笑った。
 「ひっこし、2年後とかでもいいよ。先でも」
 「ははは。そーかな。考えとくよ。」マリトは言った。そして3人で地上に帰って間もなく、マリトは家を出て行った。

 

 

 

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