梗 概
最古にして最新の弔い作法
都市規模の人口を擁し、世代交代を繰り返しながら星を渡る宇宙船の排水浄化プラントにて、シンハはタットヴァの遺体を専用浄化槽に安置する。
シンハが衛生局の特別係に配属されたのは20年前。教育過程を優等で終えたシンハは日誌編纂室か教育局への配属を希望していたが、死んだ乗組員の亡骸を排水の有機物同様に処理する特別係に配属された。
配属初日、シンハは死体処理を生涯の仕事にされ、不満を隠せない。特別係は基本的に二人組みで職務をこなす。新入りのシンハは熟練の特別係であるタットヴァと組まされた。タットヴァは、シンハが特別係に配属されたのは地球の分化に郷愁を抱き、宗教に興味を持っていたからだと言う。シンハは特別係に不満を抱きつつ、職務規定を確認する。
最初の実務。亡くなった老人が遺族の手で浄化室へと運ばれてくる。宗教儀式らしい事は何もなく、遺体は専用浄化槽に寝かせられ、コーヒー牛乳に似た水が浄化槽を満たす。遺族達の帰り際、タットヴァは彼らに耳打ちする。
宇宙船での遺体処理は、リソースを消耗する火葬や土葬ではなく、浄水循環の一部に組み入れられた専用浄化槽で発酵分解させる液葬である。まず嫌気性アルカリ発酵で肉を流し、液のpH値が一定になったら空気を充填して好気性酸発酵をうながし、骨や歯まで残さず溶かす。
シンハは初仕事の手順を繰り返し確認し、嫌気発酵を見守る。特別槽の透明窓から確認すると、にごった水の中で老人の身体は崩れ、骨になっていく。シンハは特別槽に設計にはない予備のタンクがあることに気づく。
酸発酵を開始する当日、タットヴァは処理途中の溶液を予備タンクに送ってしまう。規定から外れた手順をシンハは問い詰める。
老人の遺族がやって来て、タンクの中に散乱した老人の骨を拾い、水をかけて清める。老人の妻が、頭蓋骨を大事そうに抱きしめる。骨の弔いもそれほど時間はかからず、特定の宗教の祈りの言葉もない。清めた骨を浄化槽に戻し、花束を沿え、遺族たちは帰って行く。
好気性発酵手順を始め、洗練された地球の信仰に憧れていたシンハは、いま特別室で行われた弔いの儀式があまりにも原始的に思え、葛藤する。タットヴァは、航路委員会は地球の宗教を捨てたのではなく、地球産の信仰が宇宙旅行の倫理に耐えられなかったのだと説く。その上で、特定の信仰の形ではなく、死者を悼む人間の本能を、我々は助けてやるのだ。そういった仕事をするには、信仰や死への理解が欠かせないと諭される。シンハは自分が特別係に配属された理由を悟る。
20年後、シンハは花束を持って、嫌気性発酵の終わった、タットヴァの入る特別槽を開ける。
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内容に関するアピール
地球から他の恒星を目指し、世代を重ねて航行する宇宙船の中では、水や炭素などの人体の構成物質も水空気の循環サイクルに組み込まれてしまいます。
人体が自然からの借り物だという視点が宇宙船の中では強調され、死と絡ませる事で魂など死後の世界を想定した慰め事も通用しません。
そんな環境では、人間の心を慰める宗教が、ネアンデルタール人が死者に花を供えた時代にまで先祖がえりするのではないかと考えました。
沖縄の洗骨の風習を沿え、しっとりと仕上げたいと思います。
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